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右手首に強い違和感。腕輪の反応。間違えようがない。魔法使いがすぐ近くに存在している。二人息を潜めて気配を探る。微かな足音一つ聞き逃さないよう、空気の流れすら感じ取れるよう。
しかし、そんな行為は不要だとすぐに分かる。先程まで歩いていた道の先からこちらの方に向かって来る足音が聞こえてきた。それも気配を殺している様子もなく、普通に、堂々と。腕輪の反応がなければ気付かなかっただろう。そうでなくともこの人通りのない状況でないと判別はできなかっただろう。
そして、その足音の主は立ち止まる。暗闇の中でも姿が見えるほどに近い。白と緑のスニーカー、グレーのスラックス、(暗いので恐らく)紺色のブレザー。いつも通り下から順に相手の姿を確認すると、肩から何かが伸びている事に気付く。何と呼ぶのかは分からないが、剣道部が持っている竹刀を入れる袋を担いでいるのだ。少し寄り道をした後に顔を見てみれば、少し幼く見えるが美少年だ。
その美少年の剣士はこちらの顔を交互に何度か見て、そしてゆっくりと丁寧に頭を下げた。
「こんばんは、魔法使いの方ですね? 僕は風属性の魔法を使います、それでは戦闘をお願いできますか?」
「……はぁ?」
もうこれしか言葉が出ない。真っ直ぐこっちに向かって来て、自分の魔法属性まで言って、挙句に戦闘をお願いできますかときたものだ。態度は慇懃なのだが、端的に言ってしまえばどうかしているのだろうかと思ってしまう。
(面倒くさそうな人だなぁ……あんまり戦いたくないけど、そういう訳にも。こうなったら二人で一気に……って)
アイコンタクトで意思疎通をしようと視線を動かしたのだが、宮村の目はこちらを一切見ていない。それどころか、相手の方を妙にキラキラと輝いた目で見ている。明らかに、やる気だ。
「ちょっと、宮村君……」
「まあまあ、真田はちょっと下がっててくれ」
「はぁ!?」
宮村 暁、大暴走。意思の疎通をしないどころか手で制して少し後ろに下がらせるとは。もうこの男が何を考えているのか分からない。真田はそもそも人の考えのようなものを汲み取るのが苦手なのだ。
すると、そんな気持ちに気付いた訳ではないだろうが、拳を握り締めてプルプルと振るわせ口を開く。
「俺さ、今まで風使いとタイマン張った事はないんだ。俺と同じ風使いと戦ってみたい……もちろん襲って来たり隙を突けそうな時はちゃんとやるけどさ、こうして向こうから挑んできてくれたんだ。俺、マジで戦いたい。一人で戦う時にどう感じるのか、何を気にすれば良いのか、自分の体で知っときたいんだ」
「…………」
もはや言葉もない。よく考えているような、やはりただただ自分勝手なような。非常に微妙な所だ。言っている考えが分からないでもないのがまた少し腹立つ。
しかし、ここで負けでもされると非常に困る。戦力がダダ下がりだ。チラリと敵の方を見てみると呑気に袋から竹刀を出している。どうやら本当に剣士のようである。その余裕のある態度は自信の表れか。それだけ腕に覚えがあるという事だ。
このまま戦わせるべきか否か……。
「……負けそうになったら乱入します。死なれる訳にいかないんで。良いですね、嫌だとは言わせません」
表情筋が固いので上手くできているかは分からないが、全力で睨みつけながら釘を刺す。これが一番ちょうど良い折衷案だろう。何が良いって、どのタイミングで乱入するかは真田が独断で決められる所だ。適当に見守ってから「危ない! と思って」などと言って乱入してしまえば無理をさせない事ができる。
こんな事を考えて、その魂胆をおくびにも出さず言い切るのだからやはり性格は悪人寄りだ。それを感じ取っているのかどうかは分からないが、宮村はグッと親指を立てる。
「サンキュー、真田」
「あ、はぁい」
若干の罪悪感。
「悪いな、話はついた。同じ風使いの俺が相手をさせてもらう」