表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁降ちを望む  作者: コウ
特に変らぬ生活
44/333

 教室の後ろ側の扉から体を滑り込ませると真田はまるで最初から教室の中にいたような自然さで席に座った。鞄に入れて持って来た今日の昼食を取り出して机に並べると、空いていた前の席に自分の昼食を持って来た宮村が座り後ろを向くのだった。


「……何ナチュラルに一緒に食べようとしてるんですか」

「え? だってつまんないだろ?」

「……あ、はい。そうですか」


 何当たり前の事を聞いてるんだと言わんばかりのキョトン顔。これには流石の真田の心の壁もガラガラと崩れ落ちてしまう。偶然に感謝したばかりの協力者に対して心の壁を築いていた事から間違ってはいるのだが。


 こうしてなし崩し的に一緒に昼食を取る事を受け入れる事となった。受け入れる事となったが、受け入れた事と真田の心境はまた別の話。思わず普段よりもさらに猫背になって肩を縮こませる。


(あー、目立ってる。今すっごい見られてる。嫌だなぁ……)


 これは自意識過剰だろうか。いや、明らかにチラチラとこちらの様子を窺っているクラスメイトがいる。それも何人もだ。それも仕方ないと思わなくもない。服装指導に引っ掛かって呼び出された《あの宮村》と《あの真田》が一緒に食事をしているのだ。それは気になる事だろう。


 宮村はこの一ヶ月の間、休まずに登校していた。滅多に学校に来ないために疎外感で誰とも接していない宮村だったが、元々はこのように非常にフランクな性格だ。クラスでの存在感は良い意味で増している。が、深く刻まれた不良のイメージはなかなか払拭できるものではない。


 まして真田に至ってはクラス内の評価は一切上がっていない。一ヶ月間、やはり誰とも話す事はなかったし、校内では宮村とも行動を共にはしなかった。それもこれも偏に目立ちたくなかったからという理由のためである。


 そのため、多くのクラスメイトにとってこの光景は『みんなから避けられている不良と全力でハブられているぼっちが一緒にメシ食ってる』というものなのだ。

そんなもの、真田だって当事者でさえなかったら様子くらい窺う。


「何食ってん?」


 そんな気持ちも知らず、宮村は普通に話し掛ける。もちろん魔法なんて使えても読心術であるとかテレパシーであるとか、そう言った類のものが使える訳ではない。何を考えているのかなんて分かるはずがない。それは百も承知だ。しかし、やはり溜め息は堪え切れない。


「はあ……チキンカツサンドです。好きなんで」

「何食ってんのかなーって見てみたりした事あるんだけど、お前ってさ、鶏肉好きだよな」

「まぁ、そうですね。牛豚よりかは結構」


 この一ヶ月の間にチキンカツ、照り焼き、唐揚げ、竜田揚げなどなど、鶏肉をひたすら食べ続けていたのだからそう思われても仕方ないだろう。それを否定する理由もない。むしろその通りだと声を大にして肯定しても良いくらいだ。絶対にこんな場所で声を大にする事などないが。

 すると宮村は何か思いついたように手のひらを打つ。


「――そんなのばっかり食ってるから、チキンなんだぜ?」

「良かったですね、ここが銃社会なら零距離で眉間に穴を開けてましたよ」


 言い終わるか終らないかの内に自然と脅し文句が口をついて出てきた。自分も恐ろしい人間になったものだと思ったが、仕方がない。何せ謎のドヤ顔と無駄なイケメンボイスが非常にムカついたのだ。


 私、もとい真田を今思い出すだけでも一瞬で苛立たせる発言(声、表情込み)をしたこの男は当然の事ながら怯む事もなく笑う。


「はっはっは、ここが銃社会じゃないから言ってんのさ」

「今だいぶチキンな事言ってますよ、宮村君」

「ったりまえだろ! 銃マジ怖いだろ。アレはヤバいぞ、遠くからビスビス攻撃してくるんだぜ?」

「……宮村君も大概似たような事やってますけどね」


 サンドイッチを口にくわえたまま小さくツッコミを入れてから飲み込み、ペットボトルの水を一口。そうしてどこにでもありそうな昼休みを過ごしていた所、教室の扉が開く音と共に二人分の声が聞こえてこちらに向かって来た。


「おーっす、暁。説教もう終わったんだ?」

「お前も馬鹿だよなー、そんなん外しときゃ済んだのに」

「へへっ、コイツは外せないのさ。だってこれは友情の証だからな……!」

(何言ってんだろう、この人)


 一体どれだけの人間が持っているのかも分かったものではない腕輪を指して《友情の証》などと呼ぶのだから面の皮が厚い。そして外せないのは友情の証だからではない。もっとも、そんな事を話した事のない人間の前で口にはしないが。


「ショーゴもレージもズルいよなー、お前らだって普段何か着けたりしてんのによ」

「バーカ、上手い事やりゃお咎めなしってのがウチの学校だろ?」

「そうそう、俺達の……っつーか、お前ら以外のみんなの要領が良いんだよ」

「あーあ、悔しいわぁ。何かお前らに負けたと思うとマジで悔しいわぁ」


 などと言ってヘナヘナと机に突っ伏す宮村。そしてそれを見て笑う二人。非常に分かりやすく友人関係と言うものが目の前で繰り広げられている。


 この二人、ショーゴとレージ(真ん中の音を発音せずに伸ばしているようにしか聞こえない)は、この一ヶ月の間にできた宮村の友人だ。その正体はと言えば、つい一ヶ月前に宮村 暁その人に闇討ちをくらった人間。


 真田が魔法使いの通り魔、つまりは宮村の存在に気が付く事となったキッカケの二人。突然痣が残るほどの威力で殴られ、突然有名な不良に呼び出されて土下座をされ、意味不明な釈明をされた末にこうして仲良く話せるような関係を築いているのだ。


(本当にコミュ力高いな、この人……)


 明らかなマイナススタートをこれほどまでに取り戻すのだから、そのコミュニケーション能力は羨ましいと言うよりもむしろ少し気味が悪いまで入ってくる。

 これほどまでの能力があるからこそ真田とも上手くやっていけるのかもしれないが。


 ともかく、そんな目の前の青春劇場を気にする事なく、真田はゴミを纏めてゆっくりと残りの時間を過ごすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ