3
すっかり午前二時を回り、もう索敵は諦めるべきだと考える。明日、正確に言えば今日は土曜日。週休二日制の景山高校においては休日だが、それでもこれほど遅くなるのは避けた方が良いだろう。
休憩ついでの会話を終えた後、再び魔法使いでも見付からないかと歩き回っていた二人だったが、言葉を交わさずとも何となく「もう帰ろうか」というような雰囲気が漂う。そんな時、道の先から光が見えてきた。四車線の車道、遅い時間だが車は普通に走っている。車道の向こうには緑色のイメージカラーのコンビニ。まるでゴーストタウンのような人の気配が無い道を抜けると急に普通の町になるのだ。まったくもって、一体どうなっているのだろうか。
「道一本でスラム街、だな……」
「僕はゴーストタウンだと思ってました。と言うか、スラム街には人は居るんですよ?」
「ああそっか。じゃあゴーストタウンの方が良いのかねぇ」
「身の回りにゴーストタウンがあるのを良いとは言いたくないですけど……仮にスラム街だったとして、治安を悪くしてるのは僕達なんですけどね」
「違いねぇわ、魔法使いでも見付けようもんならもうバリバリで暴れ回るつもりだったしな」
それを考えると、この人口差がある環境は悪くないのかもしれない。人が多い場所なら誰にも知られる事無く戦うなどと言う事は難しい。だが人が少ない……と言うよりも居ないに等しい場所なら心配は少ない。
これはなかなかに恵まれた環境だ。人に知られず戦う魔法使い。その舞台には丁度良いのではないだろうか。
「……ああ、そうだ。ごめんなさい。できたらちょっとコンビニに寄ってもらっても良いですか?」
「コンビニぃ? 別に良いけどさ……早めに済ましてくれよ?」
「はいはい、任せて下さいな」
街に人が居ないと言う話題から考え事が始まっていた真田の頭だったが、コンビニの光を見た瞬間にここまでの道すがらでは忘れていた買い物の用事がフッと思い浮かんでいた。
こうして自分の用事に人を付き合わせる事も今まではできない事だった。申し訳ない気持ちで言い出す事ができないだけではなく、付き合わせる相手がいなかった事も理由の一つだが。
入店のチャイムが鳴り終わるよりも早く目的の物が置いてある場所へと向かう。欲しい物は一つだけ、そんな時は余計な買い物をしないように一直線に買うのが真田の買い物の常だ。
「……おおう、マジで早いな」
「そりゃもう、超特急ですよ」
客も居ないためすぐに会計を済ませられた事もあり、雑誌を立ち読みしようとしていた宮村はほとんど中身を見る事もできずに残念そうだ。
「で、何買ったん?」
「あ、はい。これです」
コンビニから出るなりすぐに手にしている袋の中身を訪ねる宮村。それに対して特に隠すような事も無く出されたそれは、一冊の大学ノート。
「ノート? なくなったん?」
「いえ、なくなるほど書きませんし。ちょっと他に新しいのが欲しいなーと」
「書けよ……ま、俺が言うのもアレだけどさ。で、何でまた」
「何と言いますか……まぁ、僕もこの何日かで色々あった訳ですよ、それでほんの少しだけど変われた気がするんです。でですね、これからも戦い続けてたらまだまだ色々あると思うんです」
「だろうなぁ、まだまだ負ける気ねぇし」
「はい、僕もそのつもりです。……で、僕は記憶力は良い方だと思ってるんですけど、もうずっと後になっても、例えば十年や二十年も後になってもまだ覚えてられるってのは流石に無理だと思うんですよ。だから、今からそれを纏めて書いておきたいと思うんです。大人になってからこの時の事をちゃんと思い出せるように」
「……お前さ、変に真面目とか言われね?」
「言ってくれる人がいませんでしたね」
「あ、そう……」
微妙な空気が流れる。こう、空気を凍らせるような事を当たり前のように真顔で言ってのけるのは真田の悪い癖だ。このままでは変な沈黙が訪れてしまうが、それを何とか食い止めたのは宮村だった。思い付いたとばかりにわざとらしく手のひらを拳で打つ。
「あ、じゃあ俺の事は超格好良く書いといてくれよ。金髪碧眼の美青年」
「別人じゃないですか。金髪でも碧眼でも美青年でもじゃないですか。それじゃ意味が無いんです」
「お前、美青年まで否定すんじゃねぇよ……まぁでも、ちょっと面白そうかもな。いつか見してもらって良いか? その、何だ? お前の書いたレポートをさ」
「まぁ、良いですけど……」
微妙な顔は自分の書いた物を人に読まれる事を嫌がった顔だろう。しかし、その言葉を単純に突っぱねる事は真田にとって意外と難しい。何故ならそれが友達の言った事だから。
こうして微妙な顔をしても友達の頼みなら何となく受け入れてしまう。
でもこれは約束とも言える。友達との約束。それはできる限り実現させたい。
だから、真田は付け加えるように口を開いた。
「そのためには読み物になるくらい書き続けられるほど生き残らないと駄目ですからね? だから頑張りましょう、宮村君」
「おう、任しとけよ、真田」
それ以上の言葉を交わす事はなく、無言で歩く二人。
それは、初めて会話をしてから二日目、短いけれどあまりに濃すぎる時間の中で生まれた《絆》とでも呼べるものの表れだった。