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真田 優介は歩いていた。長い前髪に隠れた覇気を感じさせない目が視界の端に腕時計の小さな瞬きを捉える。一時間に一度光るこの時計は、日付が変わってから二度目。つまりは午前二時の証だ。
昔から草木も眠るなどと言われているようなそんな時間。つい二十四時間ほど前まで激闘を繰り広げていた真田が欠伸を噛み殺し、目には涙を溜めているのも無理からぬ事だ。
そうして暗闇の道を歩く真田の右側から、自分の物ではない足音が聞こえてくる。いつかもあったような状況だが、今回は後方ではなくすぐ隣。その足音の主は不審者でなければ妄想でもない。確かにすぐそこでは真田の《友達》が一緒に歩いていた。
「そう言えば宮村君、綺麗な土下座でしたね。練習でもしてたんですか?」
「してねぇよ、土下座の練習って何だよ、素振りかよ、鏡の前でひたすらブンブンするのかよ」
ポツリと隣にいる友達、宮村に話し掛けた真田に対して食い気味で言葉が返る。何かを言えば返事が来る。たったそれだけの事ではあるが、それでも彼にとっては得がたい経験だ。
脳裏には今朝の出来事が思い出された。この日、二日ぶりに学校に来た宮村は自らの不意打ちの被害者となった二人のクラスメイトを呼び出し、土下座をして謝罪したのだ。
もちろん、そのような行動に及んだ理由を説明しなければならないとは言え魔法については話せないのでムシャクシャしてやったなどと言う確実に嘘の理由だったが、とにかく謝罪それ自体は心からのものだった。
「許してもらえました?」
「……一応」
「そりゃ噂の不良が急に土下座してきたら何か怖くてとにかく頭上げてくらい言うでしょうね、僕だって上辺だけは許しますよ」
「え、俺ってそんな理由で許されたん?」
「いや、知らないですけど。……まぁ、実際の所、許してはないでしょうね。殴られた所が青くなるくらい痛かったんですから。それを頭下げたくらいで許してもらおうだなんて甘いですよ、砂糖醤油くらい甘いです」
「甘い上にしょっぱいんだな……。いや別にな? 俺だっていきなり許されるとは思ってねぇよ。まずは筋を通すために謝ったんだ。こっから俺なりにけじめをつけていくんだよ」
「……小指、ですか」
「俺そんな気合入ったけじめは無理だぜ?」
真田の話し方には変な緊張が無い。何をどう言うべきか、変に上手く話そうとするあまりに意識し過ぎて逆に不自然になっていた真田だが、おかしな言い方にはなるが、頭を使わずに会話ができるようになっていた。
そんな風に話せるような気の置けない相手がいる。これも真田にとっての小さく、そして大きな進歩だ。
「あの二人には迷惑かけた。んで、お前にも迷惑かけた。その責任は取る。アイツらにはどうやって責任取るか考え中だけど……お前への責任の取り方は決まってる。こうやってお前に協力する事だ。腕輪も残ってるしな。二人で戦って、勝って、そうすりゃ俺の願い事にも近付いて一石二鳥ってヤツよ」
「……まぁ、事情も知ってますし考える事も分かりますし応援しますし協力しますけど、けじめが云々の直後に言うのはどうなんでしょうね……」
「まぁまぁ、細かい事は言いっこなしだって。協力して勝っていくついでにお前にけじめをつけようって事で、他の二人には真面目にやるからさ」
「ん……他の二人には真面目に責任取るってのは良いんですけど、何か凄く腑に落ちないです」
「はっはっは! 気にすんなよ親友、ハゲるぞ」
言いながらバシバシと背中を叩かれ、少しばかり痛みを感じる。魔法のアシストはこれにも作用しているのだろうか。これを続けると腕輪は壊れるのだろうか。色々と思う事はあったが、相手の言う事もきちんと聞いている。正直に言えば少したりとも納得はできていなかったが、親友などと呼ばれてしまうともう言い返す事はできない。
特に頭を使わず陽気に話す宮村は真田にとって相性の良い相手だ。何を言っても気にせず能天気に笑い飛ばすその性格は、頭でフィルタを通さずに言葉を発すると基本的に口が悪くなる上に口が減らない真田を安心させる。
そんな彼をも黙らせるほどに、友達や親友という言葉は大きい。この宮村よりも前の友達と言うと、もはや思い出せないほど過去の話なのだ。下手をすれば、これ以前には友達などいなかった可能性すらある。
この時、真田の人生に大きな転機が訪れていた。




