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真田 優介は炎を消した。《交差しないままの》両腕を小さく振り、疲労のあまりに肩を落として深い溜め息を吐き出す。
ふと前を向けば、宮村がそこに立っている。信じられないと言った表情、震える手、その手首には健在のままの腕輪。真田の炎は当たらなかった。当てなかった。
「なんで……」
「宮村君を助けたんじゃないですよ? 弟さんの事を思うとやれなかっただけです。その病気が普通に治るならそれが一番いいですけど、やっぱり可能性として腕輪の願い事も残しておきたいじゃないですか。最低限の暴力……って言うには多くなる気がしますが、まぁ願い事叶えられるように戦ったら良いんじゃないですか? 僕は暴力反対派でもなければ不意打ち反対派でもないですから」
何度でも言うが、真田は正義感で戦ったのではない。ただ自分が不意打ちで負けるのが嫌だったからアプローチを仕掛けて戦っただけだ。その中で宮村の話を聞き、少しばかり熱くなってしまった。それだけの事。
本題は不意打ちで負けたくないという点。その本題から外れた所で言い争い、説教までしたのかと思うと少々顔も熱くなる。
「は、ははは……ははははは……」
死の恐怖からのあまりに唐突な解放。それは宮村をこれほどまでに力無く笑わせるのに充分な緩急だ。どこか虚ろな目で笑いながらフラフラと真田の方へと歩み寄ってくる姿は少し怖い。だが、目の前まで来て口を開いた時には、その顔は何かから解放されたようにやけに晴々としたものになっていた。
「……俺、負けたわ。お前スゲェよ。なーんかよく分かんねぇけど、変にスッキリしてる」
「ふふん、それは良かったです。やっぱり殴り合って悩みを解消するのが不良の醍醐味ってもんですよね」
「だから、俺は不良じゃねぇよ……でもまぁ、俺も頑張る事にしてみるわ。まずは喧嘩は魔法使って戦う時だけ、それ以外はムカついても超我慢する。決めた!」
「いや、それは……最初から変わり過ぎじゃないですか? まずは喧嘩の相手を半殺し程度に止めるくらいからで始めてみたらどうでしょう」
「俺は半殺しにもした事なんかねぇっつーの! テメェ、ふざけんなよ!」
戦いを終えたばかりのグラウンドに怒号が飛ぶ。しかし、その空気はどこまでも和やかで、真田が初めて垣間見る事となる、友達と過ごす時間だ。
「僕は、変われると思うんです。きっと。自分の人生を賭けて走り続ければ叶わない夢なんてないって教えてもらいましたから。思いっきり頑張れば変われないはずがありません」
「叶わない夢なんてない、か……」
「ええ、人生は《魔法》らしいですよ?」
「ふはは、そっかそっか、俺らもこんな事ができるんだから、そんな魔法が使えてもおかしくはないわな」
人間は変わる事ができる。その事を今、真田は強く感じていた。まさしくこの時、自分が変わっている事を実感していたから。
ライフ・イズ・マジック――人生は魔法。変わる事ができると信じて力の限りに走り続ける事、それこそが真田 優介の使えるもう一つの魔法だ。そして、宮村 暁にもその魔法はきっと使えると信じている。
遥か遠くに本物の太陽の姿を感じながら、変わりたいと願う二人の時間はゆっくりと過ぎて行った。




