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「――集中って、そんな長く続かないんですよね。だから、覚悟を決めるんです。痛いぞ、凄く痛いのが来るぞって。その集中もそんな続かないから当たる直前に一瞬だけ。覚悟が決まってれば、案外耐えられちゃうんですよ。アレに比べたら痛くないぞとか、そんな感じで。耐えれたなら気絶もしません。気絶しなけりゃ怪我は回復できます。これ、僕が掴んだ《防御のコツ》です」
「コツって、そりゃお前……」
「痩せ我慢です、気合です、根性です。魔法ってインテリな感じですけど体育会系の発想が鍵ですよ、覚えておいて下さい。魔法は気持ちの力、魔法のコツは気合と根性!」
真田にとっての大きなダメージ。頭が戦闘状態にないタイミングで脇腹に突き刺さった石。そして一瞬だけとは言え両腕を犠牲にした向かい風。ろくに怪我もせずに生きてきた真田には実際の痛みとはまた関係無く最悪の痛みのイメージだ。
「そんなもんで……冗談だろ!」
もう一度、宮村の攻撃。今度は右腕を振るう。弱点の左側へ、曲線を描いて風が飛ぶ。
しかし、それも無傷で乗り切る。正確に言えば無傷ではない。痛みはある、怪我もする。だが痛みは耐え、怪我は一瞬で治すのだ。もはや聞こえなくとも位置は分かる。だからこそ覚悟を決めるタイミングも完璧だ。
「僕は今日まで二回、戦いに巻き込まれました。二人目との戦いで腕輪を使って怪我を治す事と、気合で痛いのを耐えるって事を覚えました。一人目との戦いでは、意識を集中させて魔法の力を強くする事を覚えました。今度はそれを見せてあげます」
「……見せて、もらおうじゃん」
「はい。では……今から僕の手に《魔法》がかかります。風が飛んで来て近付くのが大変なこの距離を一瞬で縮める、そんな《魔法》です。見ていて下さい」
そうして真田は集中を始める。真田の魔法は炎、他の魔法は使えない。だがそれでも、彼は間違いなくできると思っていた。魔法は精神論、意志力によって全ては左右されるのだ。
右手首の腕輪に意識を持って行き、その存在を強く感じる。そこから炎が溢れ出るようなイメージ。炎は両腕を肩まで包むように燃え盛るが、それでは無駄が多過ぎる。指の先から肘まで、そこまでに凝縮すればもっともっと強く大きな炎になるのではないか。いや、強くなれ。大きくなれ。そう信じる。
炎を強くする。その一点だけを考えてイメージを膨らませる。すると、不思議なほどに周囲は明るくなっていた。以前にも暗闇を炎で照らした事はあるが、その比ではない。まるで朝日のような、そんな明るさだ。
「……信じ、らんねぇ」
ポツリと呟いた宮村の言葉も当然だ。巨大な炎にその両手の肘までを包まれた真田は、輝いている。
その炎の大きさときたら、これまでとは次元が違う。凝縮と集中と想像。その全てが重ね合った今、狭い枠組みの中に押し込められた強力な炎が噴火するが如く吹き出している。
先程まで防御に使っていた炎を壁と呼ぶならば、もうこれは層だ。分厚く、強固な層。
その炎は夜の闇を明るくかき消す。いつか聞いた、マイナス26.7等級の輝き。時刻はまだ午前一時。あまりに早すぎる朝焼けが宮村 暁を照らしている。太陽と見紛うばかりの輝きと熱さを持って、真田 優介はそこにいる。
「すっ……げぇ……マジかよ」
驚きのあまりに掠れ切った声。しかし宮村もまだ負けてはいられない。驚きながらでも、負けを認めそうになりながらも、それでも戦わないといけないのだ。
拳を握り、もう一度振り抜く。だがもう通用しない。先程は炎を突き破る事も出来た。今は真田が軽く腕を上げるだけで、風は炎の中を突き進んだとしても途中で力尽き、何とか穿ったその穴もすぐに炎は埋めてしまう。
少なくとも現状、宮村に対して圧倒的な優位性を持ったその層はしかし、絶対的な武器にもなる。距離を足で詰められないのなら、他の要素で詰めてしまえば良い。たったそれだけの簡単な事。
「うあああああああああっ!」
目の前の宙にある空気を抱くように、交差させるように両腕を振る。届かないはずだったその距離、およそ二十メートル。今は届く。圧倒的な厚さと熱さを誇る層は、手の届く距離よりも遥か先を。たった一歩を踏み出すだけで相手を焼き払える巨大な武器だった。
「――ああ……」
炎に遮られる視界の向こうから、宮村の声が聞こえた気がした。その声は疲れているようで、諦めたようで、でも少しだけ笑っていた。