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他者と接する事が無い真田は他人の気持ちを推し量る事が苦手だ。しかし、この時ばかりは少し分かるような気がする。恐らく、状況こそ違うが真田と宮村は似ているのだ。自分の中には思った事や吐き出したい事がいくらでもある。しかし、それを話せる相手がいない。
片や人と触れ合えない者、片や不良として避けられる者。その両者が《魔法》と言う誰にも話せない大きな悩み、秘密を抱えて過ごし始めた。
ならばこうして、その共通の秘密によって初めて出会えた自分に近い人間を相手に想いを吐露し始めても不思議は無いのかもしれない。
「高校からはちょっとはまともに頑張ろうと思ったんだよ、ちょっとした高校デビューみたいなもんだ。そしたら入院だとよ。それは良いんだ、弟は悪くねぇ。ウチに金が無いのも仕方ねぇ。家計を手伝おうと思ってバイトしてたら学校にはろくに行けなくなった。それでまだ不良のままだ。全部、仕方ねぇ! でも納得いかんものは納得いかん!」
「意味分かんないですよ、それはただのワガママです! で? その弟さんの事が願いですか?」
「おうよ! もう一年だぞ? いい加減もう駄目なんじゃねぇかって時にこの腕輪だよ。そりゃ魔法だろうが何だろうが縋るっつーの! だから、俺は何やってでも勝つんだよ!」
互いに疲労は限界に近い。魔法を使うには意志力、精神力を使うのだが、だからと言って体力を使わない事は無い。精神的な疲労は肉体にも表れるのだ。魔法をこれだけ使い続けていれば疲れるのも当然だ。
ここまで連打を続けてきた流石の宮村もペースが落ちている。攻撃を防げば既に次の攻撃が襲って来ていると言ったような絶え間無い連打とは呼べない状況になってきた。それに比べれば先程まで腕輪のアシストだけで体を動かして戦っていた真田にはまだ少しは余裕がある。
元々の体力に差はあるが、それでも有利のはずだ。攻撃をさばき続けて体力の消耗を狙う。もちろん宮村が休もうとすれば一気に懐に飛び込むと決めていた。
「なぁどうよ、面白くねぇか? 喧嘩とか、乱暴な事はしないように、ちゃんとやってこうと思ってたのに……変わってやろうって思ってたのに! 結局はこうやって暴力で解決しようとしてるんだぞ? マジで面白れぇ!」
そこで宮村の手が止まった。この隙を見逃すべきではない、真田は走り出そうとするが、その足はすぐに止まる事になる。宮村は休んでいるのではない。右拳を固く握り締め、既に繰り出そうと動き始めている所なのだ。これから正真正銘、全力の一撃が来る。それに向かって駆け出す事はできない。自殺行為だ。
そして左足が前に出て、地面を強く踏み締めた。ボクシングのストレートとはノーモーションであるべきだ。だが、そんな事は関係無いとばかりに腕を大きく後ろに引いてからの一撃。それによってパンチの威力に大きな変化は無いが、その意志は魔法の力を強化する。
少しでも強い一撃を叩き込もうとする気持ちが、そして同時に口からこぼれた言葉が、ここに来て最高の威力を持った魔法と化する。
「――結局、俺は変われねぇんだよっ!」
避けられない。この言葉で真田の動きは完全に止まってしまった。それほどまでに突き刺さる、そんな一言だ。
約二十メートルの距離を一瞬で詰めて風が髪を揺らす。その直後、轟音が響いた。気合は巨大な風弾となり、もはや真田だけではなく周囲の空間までも強く叩く。風に巻き上げられた、衝撃で飛び散った砂が濃密な砂煙となって真田のいた場所を包む。
「……ど、どうよ。サイッコーの一発だった、カンッペキに当たった。なぁ真田、お前ももう終わりだよ……」
手応えもあった、真田の姿は見えない。最後の一撃で完璧にねじ伏せた。そうとしか思えない。
だがしかし、得てして、このような事を言う時は終わっていないものだ。また、こうしてモヤで姿が見えなくなったこの状況は、場所も相まって真田の初めての戦いを思い出させる。
「甘く、見ないで下さい……」
「あぁ?」
徐々に晴れてきた砂煙の中から、小さく真田の声がする。本当に小さな声だ。自分にも言い聞かせるような声。低く、地の底から聞こえたその声が空気に溶けて消えた時、真田はその姿を完全に現した。
「変わるって事をっ! 甘く! 見ないで下さいっ!」
砂煙を吹き飛ばすかのような大音声。こんな声を出したのは生まれて初めてだ。
真田は自分自身の力や価値を認めていない。自分を甘く見るななどとは口が裂けても言えない。そんな真田が甘く見てほしくないのはこの空間の中でたった一つ、《変わる》と言う言葉の重さだけだ。




