表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁降ちを望む  作者: コウ
自警団は立ちたくない
331/333

 動揺が走る。彼が何を考えているのか分からない。敵ももちろんだが、日下もまた荒木がどのような人物なのか正確に掴み切れてはいないのだ。


 動揺の次は緊張。よもやこのまま無言を貫き通す訳ではないだろう。荒木が次に何をその口から発するのか、それで今がどんな状況なのかようやく判明する。それを待ち侘びている。今まさに戦っている敵だとしても、何を企んでいるのか分からない以上は手を出しようがない。


「……お察しかもしれませんが、これは降伏を示しているのではありません」


 徹底的に投げられ叩き付けられ、肉体的にも精神的にも疲弊しきっている。その上、荒木はここで命懸けで戦うような義理は無い。正直に言ってしまうと、荒木が降参するというのは非常にあり得る可能性だった。しかし、それは真っ先に否定される。


「僕の能力は簡単に言えば手で触れた物の時間を止める事。先程も少し体験しましたね。片手につき一つ、今はストックがありません。長さは触れた時間と同じ。対象はそれなりに融通が利き、手に触れれば全身だけでなく手だけを止める事も出来ます。衣服の上から触れても同じように、服だけを止める事も可能。全身を止めた方が良いに決まってると思われるかもしれませんが、これが意外と有効な時もあります」


 静かにボソボソと話す印象のある荒木だが、そんな彼とは思えないほど流れるように自らの能力の説明を始めてしまった。しかもかなり詳細に。止める対象については少なくとも日下はよく知らない情報だった。

 情報は武器。しかしその武器をあまりにも大胆に投げ捨てる。意図は不明だ。日下にも、恐らく敵にも。


 ただ、二人はすぐに、武器の使い方というものを知る事となる。手にして振り回すだけではない、さらに効果的な使い方を。


「降伏ではありません。ただこれは、こちらからは決して手を出さないという意思の表れです。先手を取らされ続けるのも恐ろしいですから。僕が手を出すのは反撃をする時だけ。それ以外は……どうぞ、ご自由に」


「なっ……テメェ!」


 男はこれまで、荒木の攻撃に合わせて攻撃を仕掛けてきていた。しかし実に簡単に、これだけの事で敵による一方的な攻めを封じてしまった。


 肝心なのは自分から手を出さないようにした事ではない。本当に大きな効果を発揮しているのは先程の能力の説明だ。


 敵も荒木の能力について察してはいただろう。そして自分の身で体験した事によってほぼ確信に変わっていたはずだ。だから能力の説明も看破していた所に答え合わせをされてさらに詳細なルールを教えられた程度で、情報量が増えただけ敵の方に有利に傾きはしたが別に大勢は変わっていない。自分の優位性を捨て、それでいて相手の方にもそこまでメリットを与えた訳ではない本当に無駄な行為。ただただ武器を投げ捨てる愚行。


「…………ッ」


 それなのに敵は、どうしようもなく攻めあぐねる。荒木に触れられる事を恐れているのだ。先程まではまるで気にしてなどいなかったのに。推測が確定してしまった事がここまで彼の精神状態を変えてしまった。


 例えるならばそれはガラス張りの床。自分がどれだけ高所に立っていようが床がちゃんとしていればあまり恐怖は感じない。しかし、ガラス張りになって自分の足の下にどれだけの空間があるのか知ってしまえば途端に足がすくむようになる。特に状況は変わっていないのに、だ。

 彼の足元は透明になった。荒木が自分の武器を投げ捨てた事によって、彼は自分がどれほど危うい場所に立っているのかを知ってしまったのだ。


 隠すだけではない。明かす事によって相手を縛る。これこそ荒木の見せた情報という武器の使い方。


「さて、どうしますか? こちらは他にも仲間がいます。僕は待ちます。どうぞ?」


 ジリジリと距離を詰めながら荒木が言う。両手を挙げながら、恐ろしいなどと言いながらその言葉はまるでこの場を支配しているかのように聞こえた。荒木は自らが駆け引きを仕掛ける事によって、力業で強引に主導権を握ったのだ。


「いや……そっちが手を出さねぇならこっちはこのまま――」

「逃げても構いませんよ? 僕から、なら」


「!?」


 荒木から逃げる事は簡単だ、手を出さないと言うのであればそのまま横を通り過ぎて行けば良い。それを防ごうとしてきたならばつまり先手を取ってきたという事だ。


 だが、この場には逃げる事を許さないもう一人が存在している。荒木の意図を汲み、日下が刀を持ち上げた。立ち位置は男の背後。一切の邪魔が入らず全力疾走すれば出来たかもしれない逃走の可能性を完全に摘む、まるでここまで見越していたかのような完璧なポジションだった。


「それでは、遠慮なくどうぞ」

「野郎……」


 待ち構える立場から攻めなければならない立場に追い込まれて、男は目の色を変える。やらねばならない時だと理解したのだ。本気で攻めて死ぬ気で勝つ、それ以外にこの場を無事に去る方法は無い。


 今日一番の高速ステップ、そして鋭い掌底。しかしその鋭さは腕力の強さから生み出されたものだ。踏み込みとは完全にタイミングが異なっている。これが打ち込みのタイミングを読ませにくくする。


「――残念。これも、これも外れです」


 だが、打撃戦を演じ続けていた男にそれは通用しない。荒木は宣言した通り手を出さずそれを避け続けた。右に、左に、下に後ろに。華麗な回避を見せる。戦う覚悟を決めた男が過剰に攻め気を起こしているのとは対照的な、冷静で力感の無い動作だった。


 どれだけ避けられようと、下手に投げにはいけない。ここまで通用していたのは相手が攻撃した直後の隙を突いて投げていたからだ。自分から掴み掛かろうものなら、それは荒木の能力の恰好の餌食。だから今は打撃しかない。打撃で動きを止めた瞬間を狙うしかないのだ。


 男は間違いなく技術を磨き、積み重ねてきている。けれど荒木もまた同じように研鑽を積んできた人間だ。人生経験と言う意味ならば男よりもよほど長い。


「柔道……昔、授業で選択した程度の経験しかありませんが、それでも一つだけ覚えやすくて好きだった技があります……っとと」


 余裕ぶって思い出話をする荒木が回避するために右足を下げた時、何かに躓いたように一瞬だけ体勢を崩した。その一瞬、男は見逃さない。ここが最大の勝機だった。


「――ッ!」


 気付かれるのを僅かな時間でも遅らせるためか声は発さず、男は右の掌底を繰り出した。右足の踏み込みと同時に放たれる順突きの形。全身が連動した、最速でありながら可能な限り威力も高めた一撃だ。荒木の顎を目掛けて真っ直ぐに伸びる――


「……それが、これです」


 傍から見ていた日下には分かっていた。躓いたのはフリだ。誘っていた。踏み込みと突き、手足が揃うこのタイミングを待っていた。


 掌底を右に避ける。相手の右腕は伸び切っていた。その腕を掴み、引き寄せ、もう一方の肩を押しながら、蹴るように右足を振り上げる。勢いよく振り下ろすその足は死神の鎌。互いの右足の膝裏を重ねるようにして足を刈り取る。荒木の渾身の大外刈りが決まった。


「ク……ォォォォォオオ」


 男の積み上げて来たものは本物だった。完全に決めに行った攻撃の直後を狙われながら、反射的に地面を叩いて受け身を取ったのだから。その一発だけでも腕はボロボロだ。それでも、技を掛けられたならば受け身を取る。それが彼の脳と体に刻み込まれた努力の証。


「実に見事でした。どんな状況でもしっかりと身を守るその意識の高さ、心の底から見習いたいと思います。貴方は素晴らしい戦士でした」


 地面に倒れた男は完全にその動きを止めていた。力尽きたのではない、時間ごと止まっているのだ。触れた時間と同じ長さだけ時間を止められるその能力は、つまり触れながら同時に発動させる事で触れている間は時間を止め続けられる能力にも転じられる。荒木は男の左手をまだ掴み続けている。


 荒木は空いた右手で男の頭部を指さした。決して地面にぶつけないように浮かされた頭部を。


「良い位置です。やはり見事」


 満足そうに頷きながら手を放す。時間が流れ始めて、男が目を白黒させながら現状を把握しようとしているその一瞬、まるで瓦でも割るかのように、その頭に拳が突き出されるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ