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「夜の闇の中……月と星の輝きが我が姿を照らす……見事! 実に、まったくマーヴェラス!」
「お兄ちゃんってばスーパースター! ライトに照らされて輝いてるぅ!」
本来は静かであるべきの夜道に響き渡る賑やかな二つの声。片方はマントを翻してポーズをしっかりと決めて、もう一方は何故かペンライトを振っている。ちなみに月や星は見えなくもないがそこまで輝いている訳ではない。それよりも街灯の方が遥かに眩く光っている。
たったこれだけでもよく分かる、あまり近付きたくない二人組。そんな姿を残念ながらかなり近い場所で眺めながら疲れ切った表情を浮かべる男が一人。
「何でコイツらがここに……」
「僕が呼び出した。あのような確実性の無いくだらない情報だ、不測の事態に備えて手勢は多い方が良いだろう?」
目を覆う宮村の疑問に答えた梶谷にはまるで悪びれた様子が無い。絶対に近付きたくない不審者コンビ、白河兄妹はそもそも梶谷の刺客として送り込まれたという経緯があるのだから連絡を取る事が出来るのも呼び出して駒として使おうという発想が出てくるのも分からなくはない。しかしまだ呼び出せば簡単にやってきて手伝ってくれるほどの関係性を維持していたとは。
「まあ、僕としても一度くらいは断られるつもりで声を掛けたんだがね」
「フッ……既にマスター梶谷とは袂を分かった身、宿命の宿敵に手を貸すなど言語道断と斬り捨てようと思ったのだがな。我が愛しの妹に言われたのでは仕方がない」
「へー、頼んでくれたのか」
よもや向こうの側から積極的に手を貸そうという声が発生していたとは。一応ではあるが感謝の言葉を伝えようと実和の方に顔を向けた途端、宮村は目を丸くする事となる。何故なら、彼女は思っていたよりもかなり宮村に接近していてカッと瞳孔まで開いた目で見つめていたからだ。
「宮村さん、どうぞよろしくお願いします」
「お、おう。相変わらずお前たまに変な迫力出してくるな……」
宮村は未だ、彼女が関わりを持とうとしてくる理由が真田、もしくは宮村とお近付きになる事であるという事実を知らない。なので何故かグイグイくる変なヤツという認識である。変人を受け入れる器だけは妙に大きいのでこの程度のリアクションで済んでいるのだが。これも割れ鍋に綴じ蓋の形なのかもしれない。
「うんうん、仲が良いのは素晴らしい事だ。これで戦闘になっても問題は無さそうだな」
「おっちゃん、ザックリ纏めてるけど戦闘に関しては問題ありそうで仕方ねぇ」
「静粛にせよ、我が宿命の宿敵よ! 我が宿願を果たすため世に蔓延る悪鬼羅刹を粛正する。これはそのための新たなる一歩なのだ!」
「宮村さん、私に何か不満がおありですか。でしたら全力で直します。ですがこういった事は互いの歩み寄りが肝心。なので全力で宮村さんの意識改革にも手を尽くします。さあ、どこが不満ですか」
「うぜぇ! お前らマジで!」
二人の馬鹿に詰め寄られてドン引きの宮村。そんな様子を眺めながら一切フォローしようとする素振りも見せず梶谷は腕組みして頷いていた。
「……とりあえず我々はこれで良い。しかし、人数を考えると一人くらいは別の所に回すべきだったかな?」
この場に居るのは四人。三組に分かれたどのグループよりも人数が多い事になる。実力の、面での懸念は無いが、世の中は何が起こるか分からないものだ。
チラリと視線を向けた先、そこからは少し前から魔力の高まりを感じていた。
「椿倒し……っ」
日下が抜き放った刀が地面のスレスレを走る。この日初めて放った抜刀術は素早い反応により完全な直撃とはいかなかったが、間違いなくその足を斬り裂き血を噴き出させた。その傷はすぐに消えてしまうが、流れた血は決して元には戻らない。
既にこの場所では戦闘が始まっていた。どうやら相手は近接系の能力か何からしく、通常のスタイルで距離を取って戦闘を進める事で何度も手傷を負わせダメージを蓄積させ日下が圧倒的に優位に立っている。
しかし話はそこまで簡単ではなかった。
(まさかこの場所に二人も来るとは……)
強盗犯ならばルートは最短最速、目立たないように。日下が配置されたのはその考えとはまるで反対の、何と言うべきか凄く中途半端な場所だった。相手が身を潜めるならもっと人気の少ない場所、あるいは大通りからスッと人気の少ない場所に入ってくる可能性も考えられるが、日下が居るのは銀行からそこそこ遠く、少し歩けば大通りにも誰も居ないような場所にも行けるような本当に中間の半端なポイント。網を素通りした相手や他の場所で戦って逃げてきた相手をフットワーク軽く迎え撃つ遊撃的な動きが役割だった。
マリアが不参加であるため基本的に人数は五人で考えた。そうなると遠くから攻撃が出来て戦闘能力の高い日下を単独で行動させるのが最善。
けれど素通りでも逃走でもなく普通に敵がこの定位置にやって来るとは。しかもこんな非効率的なポイントに二人も。
(これは犯人が三人じゃ済まないかも。ただ不思議と言うか助かったのは……何故か片方が全然戦わない事)
日下の前に現れたのは二人の男。片方とは今まさに交戦中。もう一方の、そろそろ肌寒いだろうに半袖のシャツのガタイの良い男。そちらは後方でこちらの戦いを観察しているだけだ。いつぞやの宮村との戦闘の時の真田のような、そんな立ち位置。
(不利になったら一人は確実に逃げられるようにしてるのか。二人で来られたら困るところではあったんだけど、逃がすのもそれはそれで困る……)
答えに辿り着きはしたものの、少し遅かったかもしれない。既に日下は優勢、あと数分でも戦い続ければ目の前の一人は普通に倒せるような状況だ。だから後ろの男はもう逃げる準備を始めている。
(クソッ、逃げるのを邪魔すれば結局は二人を相手にしないといけなくなる。どっちにしても良くないなら一人確実に倒して自分も生き残るか……あぁもう。ほらほら、勝てる、勝っちゃうぞ!)
風の刃が相手の脇腹を斬り裂く。ダメージで相手の動きが止まる、その瞬間を反射的に動く体は確実に連携して狙った。流れるような動きで縦に振られた刀。その動きに合わせて、相手の肩口に深く深く刃が食い込んだ。
(貰った!)
後は力任せに振り抜くだけ。それだけで目の前の男の腕輪は破壊できる。だからこそ動かなくてはならない。もう一人の男は勝負が決すると見るや否やすぐに後方へ向かって駆け出してしまっているのだから。
(逃がすか!)
腕輪が消滅する光を背中に浴びながら走り出す日下。男の背中は一応は射程範囲内ではあるが、走りながらではなかなか難しい。全力で走りながら満足に刀を振るう、そんな自分の姿を想像する事は彼には出来なかった。故に不可能。
諦めるしかないのか、そう思い掛けたその時、事態は動く。男が急に動きを止めたのだ。足を止めたというよりかは本当に動きを止めた。いや、止まったの方が正確か。立ち止まったのではなく、何かにぶつかってそれ以上は前に進めなくなってしまっている。
その何かは脇道の方から投げ込まれた、黒っぽい布だった。背広のようにも見える。それが何故か男の足を止めていた。所詮はただの布に過ぎないそれが吹き飛ばされる事も無く男を受け止め、それどころか空中で静止している。そう、まるでその場で時間が止まっているかのように。
「日下さん、この場は僕が請け負わせていただきます」
時間を凍らせる男の登場であった。




