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暁降ちを望む  作者: コウ
未だ迷う剣
320/333

 日下の強さとは何か。それは積み重ねられた努力と経験だ。ならば弱さは何か。それは積み重ね過ぎたとも言える努力と経験かもしれない。こんなイカれた戦いをただの強い一般人のメンタルで乗り切れるはずがないのだ。なまじ強いばかりにそれで戦えるつもりでいる。それよりも弱い方が形振り構わない戦いというものが出来てよほど戦績は良い方に傾くだろう。


 ならば、今この瞬間に必要なものは何か。やり過ぎなほど努力を積んだ日下はいわば全てが基礎や正しい技術の塊。そんな中で唯一イレギュラーなのが当然、魔法の存在だ。魔法だけは日下にまともではない戦い方をさせてくれる。故に、その魔法は全力で活かす。


「ッアア!」


 距離を取る。そしてすぐさま攻撃。様子を見るとか戦いをコントロールするなどと言った考えは捨てて、攻めの一手。これ以上は相手に勢いを付けさせない。コントロールではなく、積極的な攻めによって戦いの主導権を強引に握るのだ。


「へっ、甘いな!」


 しかし貴春、意にも介さずおもむろに前進。日下の能力に触れた機会は少ないが、それだけでも充分に理解していた。いや、理解していたのは日下の性格の方か。この能力は言い換えれば風の剣を伸ばす能力だ。風の剣、その切っ先は敵の居る位置まで。ならば根本はどこまで? 日下の性分から考えると答えは見えてくる。


 日下は操るために剣を正確にイメージするはずだ。実際に手にした剣からずっと伸びた長い剣を操っているのではない。そんな長い得物は扱えない。風の剣の切っ先から根本までの長さは手にしている剣の長さに等しい。つまり、目の前に日下が立っていると思えばかなり戦いやすくなるし、目の前にいるとイメージした日下の体から先に進めばそこは安全圏という事になる。


(クソッ、距離を詰められると俺の強みが活かせない……っ!)


 思わず歯噛みしながら如何にしてここから距離を離そうかと思考を巡らせようとするが、どうしてか上手く考えられない。言語化しづらい違和感のようなものが邪魔をしてくるのだ。


 おかしい。何かがおかしい。


(――強みを活かす? 弱さを強みに変えるって話じゃなかったか? 何でストレートに強みだけを活かして戦おうとしてるんだ? おかしい……いや待てよ、何で自分の強みを活かしちゃいけないんだ? おかしい。おかしい……)


 堂々巡りを始めた思考でショートしそうになってくる。強さとは何なのか。弱さとは何なのか。答えは既に出している。それは共に、努力と経験だ。

 つまり今、日下はその努力と経験を活かしながら努力と経験を封じて戦わなければならないと考えている事になる。なるほどそれはどう考えてもおかしい。


(……あ、これ何となく、奥義に似てるな……)


 明らかに矛盾している。矛盾しているからこそ両立させる、それが奥義を身に着けた今の日下の考えだった。


(そうだ、どっちも認めろ。弱さを受け入れて、勝つためにあらゆる努力と思考をする。そして強さは捨てない。ああ、捨ててたまるか。俺は努力をしてきたんだ! 今まで! 必死に! それを捨てるなんて、冗談じゃない!)


 弱さを認める事、そして強さを誇る事。日下 青葉は強くて弱い。それなのにそのどちらも彼には出来ていなかった。


「ブッ……飛べぇ!」


 日下は竹刀を構えて思い切り振り抜いた。野球のバッティングのような、ではない。左足を思い切り上げて力強く踏み込みながら。これは間違いなく野球のスイングだった。


 思い返してみれば昔、まだ剣道をやらされているという意識しかなかった頃。ふざけて竹刀を使って野球ごっこをした事があった。後にも先にも、祖父が引っ叩いてまで怒ったのはその時だけだった。稽古の時は厳しくなるが、それでもまだ日下の年齢的な事もあって今と比べれば随分と優しかった祖父だ。そんな祖父がここまで怒るとは、と強く印象に残った出来事だ。そしてそこまで真剣に打ち込む剣道というものに自分の方から興味を持ち始めたのも、それが契機だった。


 そんな出来事を今まさに、しかも人に向けて再現しているのだが……まぁ、それは今まで真面目に稽古に打ち込んできた分の貯金でチャラという事にしてもらいたいものだ。


「飛ばねぇよ!」


 しかし貴春は打ち崩せない。パワフルなだけがメリットの分かりやす過ぎるスイングを確実に防御。無論、今の日下の攻撃は防御した所で無事では済まない。それこそホームラン級に吹き飛ばす事だって可能だ。それでも貴春は床と足を固着させてその場から決して離れまいとする。耐えきれずに飛んでしまいそうになると次は能力を切るのと同時にもう一方の足を床と固着させる。それを繰り返して四歩ほど後退するだけで終わらせてしまった。


 たったそれだけ。望ましい日下の戦闘距離には近過ぎる。けれどそれで良い。今の日下にはそれが良い。


(これだけで俺が何しでかすか分からなくなっただろ? これからも何するか楽しみにしてくれて良いんだぞ? まぁ、体が動くより先に思い付かなきゃ出来ないけど!)


 先程の攻撃は日下が絶対にやらないものだ。完全なる意識の外から力任せに殴り付ける、それは日下の精神がまず許しはしない。そんな方法を取ってでも勝利のために布石とする。これが弱さを認める事。


 あの日の祖父のように、たった一度の行動が強い印象を残す。この攻撃がノイズとなって、すっかり読まれている手の内が霧の中へと隠れる。ここからは普通に戦っても読み合いで日下の方が有利だ。無論、普通に戦うと言っても今後も自身の精神に反した戦い方をしない訳ではないのだが、それを思い付くより先に普通に動いてしまうのはもう仕方がない。


 そしてこの距離。日下が魔法を使って戦うにはあまりに近いこの距離。これが本当に良い。近付こうと思えばすぐに近付けるこの距離が最高なのだ。


 貴春は走る。日下に接近する事は安全に近付く事と等しいからだ。だからまったくもって、貴春のこの判断は正しいとしか言いようがない。少なくとも、ほんの数分前までは。


(懐まで入られた俺に価値は無い? 冗談じゃない! 俺はずっと、その価値を磨き上げてきたんだろうが!)


 手の中で柄を転がして握り直す。精神の集中。普段はどこか遠くの方で迸っているような感覚の魔法の力を手繰り寄せる。


「ドゥォォォラァァァ!」


 気迫、一閃。貴春の胴体を斬り付けんとする一撃は、この距離ならそう気にしたものではない。当たり前のように防御すればそれで終わりだ。

 その攻撃を、貴春は思い切り隙を晒す事も構わずに無理矢理に転げて回避した。感じ取ったのだ、日下の手にした竹刀から。ただの竹刀以上の、不思議な圧を。


「ハァ……ハァ……クソ、ズルいじゃねぇか。お前だけ(・・・・)武器を持つなんてな」

「強い相手と戦うのに手段は選べないんだ。悪く思うなよ、貴春」


 日下は手にした武器を正眼に構え直した。遠くの敵を斬り裂く事を捨てて、ただ目の前の敵ならば何であっても斬り裂く事を選んだ、風を纏うこの世で最も鋭い刀を。


 名付けるならば妖刀・鎌風。敵も、友も、誤りも正しさすらも。全てを斬り裂く公正の刃。

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