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相手の攻撃は対処できると分かった。ならば次は自分が勝つ方法だ。勝つ方法と言えばもちろん、真田には炎をぶつける他に無い。炎をぶつけさえできれば大きなダメージを与える事ができる。回復されたとしても、その隙に再び炎を叩き込んでしまえば良い。回復が可能だと分かっているならば、こんな事も可能だ。しかし炎は遠くに飛ばす事ができない。であるならば、接近戦を仕掛けるしかない。
(よし……だったら、一気に走る!)
低い体勢で駆け出すそのスピードは腕輪の力によって加速されている。以前ならばクラスの、学校の誰よりも遅いと言っても過言ではなかったが、今や世界クラスの短距離選手をも引き離すほどだ。それでいてその速度でも戦闘ができるまでに動体視力も強化されている。
両腕を顔の前に置いてガードを固める。そうしていれば風弾を撃たれても耐えられるはずだった。しかしそれすら気にする様子も無く、宮村は腕に力を込める。
「よっしゃ、オラァッ!」
渾身の力で右腕を振るった。先程の二発はドアのような大振りのスイングだったのに対して今度はストレートだ。もっとも、そのストレートもボクシング的と言うより喧嘩に近い乱暴なものだったが。
だがフォームは適当でも威力は本物だ。むしろ本物どころではない、先程の攻撃を予測していた真田の腕に実際に襲いかかった衝撃はザックリ体感で五倍近いレベルだ。単純に威力が高いのもある。しかしこれまでは曲線を描くようにして横から襲って来た風弾だったが、真っ直ぐ飛ぶ今回の攻撃は真田のダッシュの速度と相まってさらなる大きな衝撃を生んでいた。
「くっ……いっ、たぁ……!」
怪我ならば腕輪で治療する事が可能なので問題は無い。肉体的なダメージは確かに問題無いが、精神的なダメージとなれば話は別だ。想像を遥かに超えてきた痛みは確かな実感として心に刻まれ、真田の足を止める。
走れば的になり、足を止まれば戦えない。真田は宮村に完全に間合いをコントロールされてしまっていた。
(後ろに下がったら前に出て来る、前に出ようとしたら攻撃してくる……戦い方が上手い、さっきからずっと同じ距離のままだ)
二人の間は約二十メートル。これが相手のギリギリの間合いなのだろう。この距離なら攻撃が届き、敵が接近しようとしても反撃するだけの余裕がある。そんな距離だ。宮村は不意打ちにばかり頼って戦ってきたのではないと認識を新たにする。確実に真田よりも魔法を利用した戦い方を心得ているのだ。
「へへへっ、悪いけどお前の魔法も見ずに終わるかもな。そぅらぁっ!」
再び撃ち出される風弾。ストレートの軌道で顔に向かって飛来するそれを腕で防ぐ。真田が走っていない分だけ威力は減退しているが、それでも再び痺れてしまうほどのダメージだ。
そしてどうやらこの風弾、連射性能も高いようだった。一撃目の左ストレートの痺れが抜け切らない内に既に次の右が振り切られている。それをも防いだかと思えば再び左、右、左。
(くっ……前に出れない。ガードに集中しないと、すぐにやられる!)
腕の色が変わり、内側から、恐らくは骨にまでダメージが浸透している事を感じて防御と同時に腕輪の力で回復を施す。防戦一方の真田だったが、その中で気付いた事もあった。最初は聴覚をメインに防御しようとしていたが、実際にはかなり視覚情報も必要だと言う事だ。宮村はただ馬鹿正直に撃ち続けているのではない。時々、上下に揺さぶりを入れるのだ。
そしてその全ての攻撃がたとえ一発でも綺麗に入れば動きを封じ、そのまま叩き潰せるように急所を確実に狙っている。高めの攻撃は顔を、低めの攻撃の時には体を縮めて腹と股間を同時に防御しなければそのままなし崩しに敗北してしまうだろう。
さらに言えばそれだけでも無い。ストレートだけではなく左右のスイングまで組み込んで執拗にガードを崩そうとするのだ。スイングは振った拳の軌道に合わせてカーブが掛かり、威力は低いがノーガードの脇腹に刺されば動きが止まってしまう自信があった。
「くそっ……結構耐えるなぁ、やるじゃんっ」
「ありがとう……ございますっ!」
繰り返される一方的な攻防で宮村にも少しは疲労が見えるのか、全体的に威力は下がってきている。真田の腕にも感覚はほとんど残っていないので正確には分からないが、回復の頻度も減っていた。これならば腕輪の限界もまだ遠いだろう。
しかし腕の痺ればかりは如何ともしがたいものだ。ズーンと重い両手で防御をしようにも一瞬動作が遅れる事があり、それによって勝敗が分かれるかもしれないと思うと背筋を冷たくさせられる。
戦闘中に敵から視線を逸らすべきではない。それは学んだはずだった。が、まだ戦う魔法使いとしての意識が真田には希薄だった。集中力と精神力、そして体力に比例するように真田の視線もゆっくりと下がり、とうとう宮村の足元を見る事となってしまった。それでも音を頼りに右方向からの攻撃は防ぐ事ができる。防ぐ事が出来たが、そもそも音だけを頼りに対処する事が大きな間違いである事を無意識下での《慣れ》によって真田自身が忘れてしまっていた。
先程は音だけで対処しようとしていた。だがそれは相手の動作が見えていると言う前提が心の奥底に存在していたからだ。今のように相手の動作が見えない状態では、それどうしても《不可能》だ。