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暁降ちを望む  作者: コウ
未だ迷う剣
318/333

 互いに能力は把握した。となるともはや遠慮の必要はない。より力強さと速さを増した攻防が繰り広げられる事となる。しかしそこに能力による攻撃は見られなかった。知られているからこそ、それを意識させつつここぞというタイミングで発動して確実に殺す。これが二人の共通の考えだ。貴春の方は日下が身を引いたとしても体に染みついた射程の外からの攻撃を常に警戒しなければならない。逆に日下は下手に動けば先程のような特殊な軌道変化で痛手を負わされかねない。先程も体勢を崩していたとはいえ当たっていれば警戒が薄かった事もあって無反応と言う訳にはいかなかっただろう。貴春としてもアレが奇襲として使えると認識を改めたはず。


 即ち、この場で二人は可能な限り相手から離れないようにする超積極的な通常の剣道の試合を行なう事となっているのである。


 貴春が面を打とうと竹刀を振りかぶる、そこにすかさず日下が面打ち。貴春は素早く方針を転換。眼前での鍔迫り合い、からの押し返して再びの引き胴。しかし日下も抵抗せず押し返されるまま後退を選び回避。


 そして二人は同時に突撃!


 破裂するような音を立てながらぶつかり合う竹刀。そこからは試合と言うよりもより野性的なものへと変化していく。どちらかが攻撃をすると見るやもう一方は防御の空く部位に向かって攻撃を仕掛け、もう一方が防御してから返し技を狙う。面に左胴、右胴、小手。もはやどちらが先行して攻撃をしているのかも分からないような混沌。仮に防具を身に着けていたとしても一度でも当たればその動きを止めざるを得ない、面の上からでも頭蓋を叩き割りかねない必殺の一撃があまりに乱暴に振るわれ続ける。


 たった一秒でもその間に二度も三度も攻撃のターンが入れ替わる。そんなどうしようもないほどスピーディーな展開では致命的なミスもまた一瞬だ。


 優位に立ったのは、貴春の方だった。戦い続ける内に混沌の中である種の秩序が誕生したのである。つまりどの部位を狙えば相手はどの部位を狙うのか、という事だ。ここで感覚で戦っていた貴春が一瞬、その頭脳を働かせる。


 貴春が手を出せば日下が次の手を出し、それに対して更に貴春が次の手を出す、それが流れだ。しかし貴春は起点となる手を止めなかった。初志貫徹、一切迷う事なく自分の手を切り替えないと言う選択肢を選んだのならば、それが後手番を取った日下よりも遅いはずがない。結果、ガラ空きと言えるほどでもないが確かに存在していた隙を目掛けて剛の剣が振り下ろされる――


「ッッ!」


 反射。まさにその言葉に尽きる。頭はまるで別の事を考えていた。当然だろう、直前まで攻撃を仕掛けていたのだから。それどころか今この瞬間であっても未だに頭の中では次の攻撃を仕掛けたままなのだ。体を動かすにはイメージが必要だ。魔法使いは特にそのイメージの力が強力に作用する。


 だがそれでも、日下の体はそれを超越して動いたのだ。やけに基本に忠実な形の防御。体が覚えたという言葉が相応しい。しかし力が足りず弾き飛ばされてしまった。正しい形であるにも関わらず。自分には充分な力があるにも関わらず。反射的とはいえしっかり体が動いたにも関わらず。


(体が動いた……体? 体……)


 少し前にも同じ言葉について考えを巡らせた。心技体。日下の解釈ならばそれは正しい技術を持ち、気合を込めて、体を動かす。簡単に言えばそんな具合だ。この場合の体は動かす、そんな主体的なもの。


 ただ今回は体は勝手に動いた。自分で動かすのと勝手に動くのとではまるで反対だ。なんだか面白い……で済ませて良い話ではないのではないか。


(もう一つの意味がある。心技体、それにももう一つ意味があったら?)


 今回は前ほど難しい思考ではない。三つの穴埋めの内の一つが既に開示されているのだ。そこに向かって考えを進めていけば良い。


 その胸に、頭に、手に剣を持つ。それは心技体という理解のままで良いだろう。体は動かすのではなく勝手に動く。技、これは技術で良い。それでは心。ここが少し難しい。出来ればもう一つヒントが欲しい。

 ヒントとは引っ掛かり、つまりは違和感だ。どこかにあった違和感を持ってきて、合わせて考えるのだ。そして違和感と言えば、ついさっき感じたばかり。


 日下 青葉という男が剣を持ち、正しく防御をしたのならば、力が足りずに弾かれるなどと言う事があるはずがない。だが現実は違う。何故、日下は弾かれたのか。磁力で弾かれたという感じではない。真っ向から力不足で弾かれた。何故か。


 答えは簡単。反射だったからだ。確かに体は動いたが、体だけが動いたので力が籠っていなかった。先程の攻撃を防御するためには体が勝手に動く事が不可欠だった。同時に、自らの意思で動く事も必要だった。そう、それが心だ。


 心は形を持たず目に見えない存在。体は確かな形を持って存在する。心と体はまるで別の存在だ。その二つを技と言う共通項で結ぶ。



 心とは即ち、自らの意思。

技とは即ち、刻み込んだ技術。

 体とは即ち、体の反射。



 技術を刻み込んだ体の反射的な動き、そこに理解した技術で追い掛け、そして重ね合わせる。


 考えていては動けない。考えなければ戦えない。これは矛盾だ。まったく世の中は矛盾だらけ。考えなければならないし、考えてはいけない。否。


(矛盾の真ん中に浮かべ、泳げ。矛と盾の海を。荒波を律しろ。考えろ! そして感じろ!)


 これこそがもう一つの、裏の心技体。日下一刀流最後の奥義。二重の思考。

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