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暁降ちを望む  作者: コウ
未だ迷う剣
316/333

 二人は所定の位置に立ち、竹刀を構えて向き合っていた。喧嘩のように荒々しく決まった勝負であったが、互いに礼なんかもしっかりと済ませてある。しかし、可能な限り剣道のルールに則って戦うつもりではあっても完璧に剣道の試合をするのかというと、きっとそんな展開では収まらないだろう。二人共その身に防具は纏っていない。その代わりに目に見えんほどの濃密な魔力をその身に、竹刀に、纏わせている。そして恐らく、この勝負は打突が有効であっても終わりはしない。勝負が終わる時、それは即ち少なくともどちらか一方の腕輪が砕ける時。どちらかが死んだ時だ。


(魔法を使って戦えると思うと……狭い。どこに居ても俺の間合いだけど、逆に瞬きする間に詰められる)


 静かに始まった戦いはまず、視線の遣り取りだけでの打ち合いが繰り広げられた。面、胴、小手の三ヶ所で視線が衝突して互いに牽制をする。ここで喉元への突きを意識しない辺りが魔法も使いつつ剣道のルールにも則った戦いの妙なアンバランスさかもしれない。


 日下の持つ最速で最も隙の少ない攻撃は小手。だが、それをおもむろに放つのは悪手だ。どれだけ速かろうとそれは既に真田に破られた攻撃でもある。戦っているのは真田ではなく貴春なのだから話は別だと思うかもしれない。いや、実際に話は別ではある。真田の場合は小手を読んで対処されたのだが、貴春の場合は読みすら必要としないのだ。日下がここで出せる最も有効な手が小手である事を彼は知っている。


(ここは……敢えて迎え入れるか)


 日下の戦闘スタイルは離れた場所からの攻撃だ。この狭い空間でもその意識は変わらない。しかしそれでも、自分から打つ手が無ければ相手を先に動かす方が有利と見た。ほんの少しであっても隙を見せるのは避けたい。睨み合いながらゆっくりと後ろに下げた左足の方に重心を傾ける。そして、竹刀の切っ先を一瞬だけ下げて偽物の隙を生み出した。


 貴春のスタイルはとにかく積極的な攻め。特に大上段に構えてからの面打ちは防いでも手が痺れ、下手に喰らうと視界が揺らぐほどの威力を誇る。そのパワーが今は更に強化されているのだから、防具が無い事も合わせて全てが必殺の一撃だ。実に恐ろしい。


 だが敢えてそれを誘う。


「っ――ぇぇぇぇぇん!」

「んんんっ!」


 流石に完全に体勢が整っていれば強くて速かろうと防ぐ事は可能だ。それでも声を出して気合を入れなければ危なかった。


(もう少し、体を寄せるのが上手かったらとは思ってたけど……今はちょっと技術が足りないなんて関係ないくらい、速い! そして……重いっ!)


 頭部に振り下ろされたものと、それを防いだもの。十字に交錯した二本の竹刀から嫌な軋む音が聞こえてくる。一撃で折れなかっただけ良い働きをしていると言った方が良いのか。あるいは、自分達の衣服の一部と判断されて竹刀のダメージも回復しているのかもしれない。その上でなお耐えられないと悲鳴を上げているのかもしれない。


(弾き返せない、ここは流して体勢を崩して――)


 その時、日下の腕に異変が起こった。相手の攻撃を防ぐために大きな負担が腕には掛かっていたのだが、その負担が更に大きく増した。インパクトの瞬間とは比べものにならないレベルの圧力が加わっているのだ。


(何だこれ……腕力とか体重とか、それだけじゃ済まないぞ!)


 詳細は分からないが。不可解な事が起こったのならばそれは相手の魔法だと思った方が良い。どうやら接近戦で何らかの力を発揮するタイプのようだ。性質に合っている。

 だが、それだけ力が加わっているという事は上手くいなせばそれだけ相手の隙も増える。体を横に移動させながら、防ぐ力を少しずつ緩める。これによって相手の竹刀は支えを失って下まで振り下ろされつつも打ち付ける敵の体はなくなっているという寸法だ。それなのに……


(馬鹿……何で追ってくる!)


 横に逃げて行った日下を追い切れずに貴春は体勢を崩す、そういうシナリオだった。けれど現実は支えを失って勢いよく振り下ろされるどころか、急激にその軌道を変えて竹刀を追従する。


「オゥッルァァ!」


 やけにダイナミックな掛け声と共に渾身の力で貴春が竹刀を横に薙げば、弾かれたと言うよりもむしろ遠心力か何かが働いたかのように日下の体が吹き飛ばされる。必死に踏ん張って場外に出るのを堪えたのは剣士の本能の為せる技だ。

(あれだけの力で押し込んでいたのに軌道が急に変わりすぎる……マリアちゃんがスピードを上げるみたいにパワーを上げる能力かもしれないと思ったけど、どうもそう単純じゃないぞ)


 少なくともただ腕輪の効果で腕力が増強されただけでは済まないパワーだった事は確かだ。貴春のパワーには何らかの能力が働き掛けている。まずはそれを把握しなければお話にならない。

 それなりに複雑そうな能力を研究するためにはこちらの能力を温存していてはお話にならない。攻撃とも呼べないような僅かな動きで風の刃を発生させて牽制する。


「!」


 日下の能力は問答無用で斬撃性能が付与される。持っているのが竹刀だろうと模造刀だろうと、何なら手刀であっても斬り裂く事が可能だ。どれだけ取るに足らない攻撃であっても一定以上のダメージを保証する。


 ただ、そんな攻撃を貴春は反応していながらも敢えて動かずその身に受ける。確かにダメージの保証について貴春は知らないだろうが、それにしてもまるで未知の攻撃に対してノーガードという選択が出来る胆力は凄まじい。いや、胆力だけではないか。日下の動きから受けてもそこまで大きな被害を被る事はないと判断したのだろう。事実、この日下の牽制は貴春の両腕に傷を付けて血まで吹かせたが、どう考えても致命傷に至るようなものではない。すぐさまその傷を回復した貴春はその間、日下から一度たりともその視線を逸らす事はなかった。


 努力の足りない男だ。そして度胸も今一歩ほど足りない男でもある。しかし、開き直ってしまえば人一倍の覚悟と経験を活かす頭の回転を見せる。味方に置いても敵に回しても、何と厄介な男なのだろう。


 腕輪を手に入れる前、完全に素の実力を比較すれば大多数が日下が上回っていると答えるだろう。だが、そもそも日下と比較しても良いレベルの存在がほとんどいないという事実を決して忘れてはいけない。


 日下は優れた才能を持ち、その才能を開花させる努力を積んできたが故の実力である。しかし、貴春は日下を大いに上回るほどの才能の持ち主だった。日下よりも劣るのは頑張りすぎないようにするその性質と、何よりも経験の差。現時点での経験が誤差に感じられてくるほどこれから経験を更に積み上げていけば、その時に上回っているのは確実に貴春の方だ。


 そして今、三上 貴春は腕輪を手に入れた。僅かに足りない努力と経験を覆すほどの力を手に入れた。この瞬間、二人の実力を測るのは才能。そして、意思の強さだ。


 才能において大きく上回られ、意思はと言えば最近はスランプに悩み気味。日下 青葉は今、苦境に立たされている。

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