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暁降ちを望む  作者: コウ
迷える剣
310/333

 日下 青葉は緊張していた。


 手には竹刀を持ち、これまたお馴染みの景山高校のグラウンドの真ん中で蹲踞の姿勢で人を待ち続けている。

 周囲には(視認できる限りは)誰もいない。そして待ち人もまた一人でやって来る。戦うのだ。今から。たった二人で、互いに自らの持つ力を尽くして。


 少し離れた場所からゆっくりとした足音が聞こえてくる。呑気に歩いている、と言うよりかは何事か分からず困惑して足が進まないといった様子だろう。さもありなん、理由も説明せずにただ戦ってほしいという気持ちだけを伝えて呼んだのだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 真田 優介という男は、率直に言ってしまえば弱い。もちろん、魔法を使えない一般人を基準に考えると間違っても比較などしてはいけないレベルで高い能力を発揮できるのだが、腕輪による身体能力の強化はあくまで元の能力に基くため、魔法使いを基準にするとやはりとても低い。

 目覚めた能力は強力だが、どうしてもある程度の接近が必要となる力が本人の性格などに対して合っているとは言いにくい。どちらかと言えば宮村と能力を交換した方がイメージとしては近しいだろう。日下は実際に目にした事は無いが、真田は能力を少し変質させられるようになったと聞いている。だがよりによって近接戦闘に特化させたスタイルとの事。つくづく合っていない。能力はゴリ押しが出来るほど強力であるが、根本的には弱いのだ。


 しかし、これはあくまでスペックの話。いざ戦闘になってみると不思議なほどに話が変わってくる。相性の良い相手、悪い相手、あまりに強力な相手でも打倒してきた実績が真田にはある。

 逆に日下は昔から自分を鍛え、磨き続けてきた。能力も自分の得意分野と合わせやすく、かつ強力でもある優れたものだ。けれど戦績は決して優れているとは言えない。もちろんその辺りの有象無象に劣るつもりはない。だが、敵が強くなると途端に力が及ばなくなる。宮村との再戦の時もそうだったし、叶の時も大きく役に立ったという自覚は薄い。ここから悩むようになった日下は模索を始めたが、梶谷と戦った際にはとうとう何も出来ずに真っ先に脱落してしまった。


 だから真田と戦いたいと思った。一定以上の信頼と尊敬を抱き、自分とはあらゆる点において反対の性質を持ち、一度も手を合わせた事が無い相手。そんな真田と戦って何かを掴めないか、掴みたいと、そう思った。


「えーっとぉ……こんばんは、日下君」


 声が届く距離まで近付いてから、困惑を隠す事も出来ない様子で真田が発する。困惑の理由は突然このように呼び出された事もあれば、来てみたら日下が蹲踞の姿勢で待ち構えていた事もある。何故こうして戦わなければならないのかも分からないのに、日下の方はこれほどまでにやる気に満ちているのだ。温度差に困惑しても仕方がないだろう。


 ただそれでも弁えたもので、真田はしっかりと日下から離れた位置で立ち止まっていた。確実な日下の間合いは分からないが、これまで見てきた限り間違いなく間合いの外、そして遠過ぎず会話も出来る距離。

 中距離から遠距離への攻撃が得意な日下と、近距離から中距離が得意な真田。二人がぶつかるとなると大切なのがこの間合いだ。中距離で牽制し合いながら真田が近付けるか否か。無論、日下はむしろ近距離で戦う術をこれまでの人生で磨いてきたのだからそちらの方が圧倒的に有利なのだが、そんな時でも戦い抜いてきたのが真田だ。日下が求めるものはこの有利な戦いの先にある、のかもしれない。


 日下はゆっくりと立ち上がって、竹刀を正眼に構える。試合に向かう時のようなひりつく緊張感が走る。


「――基本的には寸止めで。ですが……全力で、戦わせてもらいます。事故があったらすみません」

「嫌だなぁ……ホント、色んな意味で」


 気の抜けた声で言ったかと思うと、その直後にはスッと目を細めて戦闘のスイッチを入れる。こうして殺気と呼ばれる類のオーラを少しくらいは放てるようになってきた辺り、真田も伊達ではない。


 そうして、動いているのかも分からないほど緩やかな動作で真田も構えを作る。真田に格闘技の経験は無い。だから構えると言えば何となく見た事がある気がするという根拠だけで顔の前に両拳を持ってくる事を指す。宮村にボクシングの指導をするため勉強したのでそれもかなり形にはなっているのだが、それでも所詮は形だけの真似事だ。自分に合わせるという過程を経ていない。構えが自分の物になっていない。

 だが、この時の真田は少し様子が違った。僅かに腰を落とし、両腕は力が抜けたように下げられている。およそ構えらしい構えの体をしていない。


(どういう事だ……何のつもりだ? アレが真田先輩なりのスタイルか? それとも、俺相手に構える必要もないのか?)


 柄を握る手に絞り上げるように力が入った。真に力を込めるのは打つ瞬間だ、今の状態は決して良くない。力が入りすぎると剣が鈍る。そんな事はもはや意識するまでもないほど分かりきっている。


(落ち着け、冷静になれ……あの真田先輩が自分の方が相手より上だと思って舐めてかかる訳がない……考えてる事は分かりにくい人だけど、そこは確かだ)


 真田の自己評価の低さを信用すれば、そこまで悪いように考える必要もない。必要以上に自分を卑下する男であり、そして突出した特技長所を持つ日下に対しては一定以上のリスペクトをしている。即ち、少なくともあの構えは日下を甘く見ての事ではありえないのだ。


 落ち着きを取り戻せたような気がした。その後で、まるで身動きをせずに此方を睨み続ける真田がとんでもなく恐ろしい存在に思えてきた。力が入っておらず、少し低くした姿勢は動き出しが早そうだ。決して日下を甘く見ないという事は、どれだけ困惑していようと全力を尽くしてくるという事だ。


(一瞬だって、気を抜くな!)


 真田が動きを見せないため、先に仕掛ける。出来れば相手の行動を見てから動き出したいところではあるが、それは相手も同じ事。ならば挑んだ側が先手を取るのがせめてもの礼儀。先手を取り、そのまま圧倒し続ければ良いだけだ。


「フッ――」


 軽やかにステップを踏んで胴を打つ。発声はしない。これは試合ではないので発声の必要はないのだ。だが、した方が気持ちは大いに入る。なので、する時としない時の二つにする。これで相手に必要以上に考えさせる効果も生まれるはずだ。


 日下の能力は鎌鼬と呼ばれる事もあるが、実際は違う。正確には遠くにある風の刃を遠隔操作するような形である。故に、寸止めで戦う事も可能だ。また、実際の戦闘では相手は前方から刃が飛んでくるのとは異なる戦い方をしなければならない。初見の相手ならば最初は戦い方が分からないという大きなメリットが存在する。しかし、真田はその点を既にクリアしている。


「っ!」

(速い!)


 まるで後方に引っ張られたかのように真田が勢いよく退いた。スピード0からの急加速。何だったら下がったのは主に胴体だけで、頭や手などは後から本当に引っ張られて下がっていったほどだ。ただ、それだけ急な動作であってもその体は仕事を忘れてはいなかった。真田の両腕が激しく燃え上がり、その炎を広げるように腕を動かして炎の壁を作りながら下がったのだ。


 必要以上に大きく後退した真田の目の前にそびえる炎の壁。そこを寸止めなどするまでもなく回避された風の刃が空しく斬り裂いた。そう、この瞬間、不可視の刃がその姿を見せる。

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