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とうとう言ってしまった。ここまで作り上げてきた台本に勢いに任せてさらに言葉を付け加えて当初の予定よりも長くなっていたこの説明は、この決定的な一言を口にするのが怖かったがための引き伸ばしだったのかもしれない。
そして、その言葉を聞いた宮村はニヤリと笑って口を開く。
「おう、大正解! そうだよ、全部お前の言う通りだ。俺が腕輪を着けて学校に行ったら魔法使いがいる事に気付いた、でも誰かが分からなかったから確実に勝てるように手当たり次第に不意打ちで襲ったんだよ!」
「その……今日、校門の所に居たのはやっぱり誰を狙うか見当をつけるためですか」
「そうそう。同じクラスの、男から狙おうと思ってたから最初に出てきた男をぶっ飛ばすつもりだった。尾行するとやりやすいんだ。昨日は遅くまで学校に残って、部活で帰りが遅くなる奴を待って襲った。その後に他の魔法使いが居ないか歩いてたら同じクラスの奴を見掛けたから、丁度いいと思って襲ったんだ。今日はマークして、一人になるタイミングがあったら時間も関係無くやるつもりだった。本当はこうやって夜にした方が良いんだけどな」
「……説明、ありがとうございます」
「補足ってヤツだな。こればっかりはお前でも分からんだろうし」
そう言って宮村は再び笑った。犯人である事を隠す必要が亡くなった事による開き直りなのか、それとも本当に余裕があるのかはやはり真田には分からない。
すると宮村は不意に袖を捲り、右手に着けた腕輪を露出させる。それによって改めて目の前にいる男が、交流こそ無かったもののクラスメイトである男が、間違いなく魔法使いである事を強く実感させられた。そして、やる気の表れか左も袖も捲り上げてから腕輪に触れる。
「で、こんな時間に呼び出したって事はやる気なんだろ? 先に言っておくけど、説得とかされても聞かないぜ? 止めさせたきゃ力尽くで……って事だ」
最初から正義感で無関係な人間を襲うのを止めさせようとしているのではない。自分が不利な状況での戦いを避けるために犯人を見付けたのだ。しかし、戦闘をする事無く話が付くのならそれ以上は無いと思っていた。
(戦わないといけない……殺すつもりで!)
話し合いの余地は無いと先手を打たれてしまった。ならば戦うしかないのだ。
真田も右手首に手を伸ばし、強過ぎるほどに力を込めて握る。ここからは力で語り合うしかない。真田にとっては初めての、面と向かっての正々堂々とした戦いが始まろうとしていた。
「………………」
「………………」
既に二人は共に魔法を使える状態になっている。それでも二人は動かなかった。どちらかが逃げるのでもなく、不意打ちができる訳でもない。この正面からの緊迫した状況下では先に動いた方が不利であるためだ。
各々に固有の魔法が一つだけ与えられているのならば、可能な限り自分の魔法は知られないままで相手の魔法を知りたい。戦闘を観戦して行なう情報収集はそのような意思による行動なのだろう。誰しも考える事は同じと言う事だ。
そのまま睨み合いを続けていると、緊張感から手が小刻みに震えているのが分かった。このままでは焦れて動き出してしまいそうになる。だが、それは相手も同じなのだろう。宮村は何もしていないのに肩が上下している。呼吸が荒くなっている証拠だ。
(なら……先手を取る! ……真似をする!)
考えるのが早いか行動が早いか、真田の右手が動く。素早く動いた手はしかし、何も行動を起こさない。炎に包まれる事も無く、最初の位置からほんの数センチだけ動いた空中でそのまま停止した。しかしそれでも動体視力に補正の入った二人の、これ以上無いほどに集中した戦いである。相手も真田の右手の動きに機敏に反応する。してしまう。
「……っ!」
先手を取ったように思わせるフェイント。リラックスよりも極度の緊張で集中を高めていた状況ではそれに引っ掛かっても仕方は無い。反射的に宮村の右手も動き始める。だがこちらはフェイントではなく、本気だ。
握られた拳をブルンと大振りする。互いの距離は離れていて、当たり前だがその拳は空を切った。しかし、今は魔法を使った戦闘中だ。それで終わるなどありえない。この行動をきっかけにして魔法が発動しているはず。
「…………?」
だが何も起こらない。真田の感覚は動体視力などと言うものを超えて、自分以外の時間が緩やかになっているようにも感じる。だからほんの数秒。拳を振るわれてから現象が発生するまでの五秒にも満たない短い時間も永遠のように思えた。
そしてその永遠の時間は、ガードの意味も成していない左腕に受けた強い衝撃によって突如として崩れる。
「なっ……! に、が……」
何かが飛んできて左腕に当たった。これまでの経験でそこまでは理解できた。水でなければ石や木材でもない。目には見えない《何か》だ。
敵から視線を逸らすべきではない。これは前回の戦いで学んだ事だった。ぶつかって来た何かが見えないものであると確認するためだけに一瞬だけチラリと視線を移した後、すぐに相手の方へと戻す。すると、追撃のつもりか再び宮村は動いていた。
先程が右手なら今度は左手。右足で踏み込みながら野球で言うサイドスローのようにダイナミックに腕を振っている。ボクシングで言うならばワンツーのようなものだろうか、ダメージを受けて無防備に近い真田を新たな攻撃が襲う。
(集中しろ……集中して感じ取れ! どっかから見えない攻撃が来る!)
目は宮村に向けたまま。しかしその目は何も見ていないに等しい。相手の見えない攻撃に集中するあまりに視覚は完全に脳が処理しなくなっていた。
相手を見ないというのは大きな痛手だ。だがそれでも大き過ぎる見返りを真田は手に入れる。
(これ、風の音……聞こえる、右側、聞こえる! 来てる!)
ゴオッと鳴る風が徐々に大きく聞こえる。明らかに近付いている。タイミングから考えても魔法の属性の種類から考えても、答えは一つしか考えられない。右腕に力を込めて筋肉を硬直、恐らくすぐにでも襲って来る衝撃に備える。
「ぐっ……うう……」
我慢していても、その衝撃は体の芯にまで響くような重いものだった。脳天から爪先まで、ピシャリと電気が走る。右腕はこの一撃だけで痺れている。しかし、それは雷ではない。
「わ、分かりました。風を飛ばす魔法、ですよね……」
「さて、どうだろうな? 分かんないぜ?」
手紙に書いてあった魔法の属性は五つ。その中で目に見えないものと言えば風だ。そして衝撃の直前には風の音が聞こえた。煙に巻こうとする宮村の言い方からもまず間違いは無いだろう。風の弾を飛ばして攻撃する魔法を行使しているのだ。
これなら大きな問題は無い。見えなくとも音や肌で接近を感じ取れる。感じ取れるなら防御は充分に可能だ。風による攻撃とは言えども、ダメージは衝撃だけ。そこに切り裂いたりであるような副次的な効果は無い。二度も自分の体で受けたのだから分かる。ならば肉体による防御だけでも大丈夫であると判断する。




