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暁降ちを望む  作者: コウ
迷える剣
309/333

 日下 青葉は沈黙していた。


 どんな気分の時であっても、いつものように溜まり場のカフェには訪れる。一人で悩み考える時間も必要だが、この場所で騒がしい空気に身を浸して何となく気を紛らわす事も大切だ。精神的な健康のためにはこちらの方が更に必要だろう。


 しかし、今日は少し様子が違う。単純に人数が少ないという事もあるが、店内の面子も理由の一つ。店内にはたった三人。決してご機嫌とは口が裂けても言えない日下と、店の片隅で黙々とスマートフォンを両手で持ち電子書籍を読みふける真田。そして借りたパソコンと睨み合う篁だけだ。店長は居ない。店番を任せて私用を片付けに行ってしまった。もはや彼女も新しく客が来るはずがないと思っている節がある。


 よって、店内はこれ以上ないほどに静かなのだ。篁も別に何か文字を入力する訳でもなく、真田も電子書籍のためページをめくる音がしない。音を発する事も憚られるような静寂が店内の隅から隅まで広がり尽くしていた。

 ただ、もしかすると今はこの静寂もありがたいかもしれないと日下は思う。少しだけ心の準備をしたかったのだ。真田にある頼みをするため。



 真田に対する日下の評価は高い。真田本人の自己評価と比べると雲泥の差と言って良いだろう。そもそも、日下がこうして行動を共にするようになったのは宮村に敗北しただけではなく、真田と話した事も大きい。あの時、真田と話していなければもしかすると自分の心の内は話さなかったかもしれないし、素直に連絡先の交換など言い出せなかったかもしれない。


 真田は自分自身の力と、魔法というそれ以外の力をハッキリと区別して弁える事が出来る人間だ。自己評価の低さもそこに理由の一部がある。自分自身の物ではない力を得て、これ以上は胸を張って剣を振り続けられないという気持ちを此方から言い出すまでもなく理解してくれた事で、それまでは戦っている後ろで何やら喋っている程度の認識しかしていなかった日下の中での評価は大いに上昇した。

 自ら露悪的に振る舞うような所もあるが、そこも真田なりのコミュニケーション方法なのだと理解している。そもそも交流を苦手とする彼は自らにそう言ったキャラクターを付ける事で上手く触れ合おうとしているのだ。恐らく。


 真田の本質的な部分はもっと善良。しかし、決して聖人ではない。適当に悪人。つまり、普通の人だ。


 本当に人付き合いが苦手なだけの普通の人間。それがこうして戦い続けている事も尊敬すべき点だと考える。日下は真田の事をただ口だけで先輩と呼んでいるのではなく、きちんとリスペクトしているのだ。


 だからこそ、頼みたい事がある。


「そう言えば……二人共、辻斬りの話は聞いてる?」


「ああ、最近話題の。ちょっと全国のニュースにも出てましたね」

「そうですね……」


 篁が唐突に顔を向けて話し掛けてきたが、それに対して普通に返事をしたのが真田で、明らかにテンション低く言葉少なに返したのが日下だ。本来ならばどちらかというと反対の対応をするだろう。心の余裕の差というものか。


「どうもやっぱり魔法使いみたいらしいって」

「まあ、でしょうね……普通に強すぎますから」


 真田はさほど興味を示した様子もなく気の抜けたような声で返すばかりだ。実際に興味が無いのだろう。真田にはあまり関係が無い話なのだ。


 通称『辻斬り』は、ここ最近現れた存在だ。魔法使いのあだ名ではなく、あくまで辻斬りとして報道されている男である。どうして『通り魔』ではなく『辻斬り』などという時代錯誤な表現をされるのかというと、その手口に起因する。


 その男は夜な夜な現れ、巡回をしている警察官に竹刀を投げ渡すのだ。そしてそのままぶつかり合い、寸止めで勝利を収めて竹刀を奪い返して去って行く。こう書き出してみると辻斬りともまた違うのだが、すっかりこの呼び方で定着してしまっている。


 顔を隠しているので何者かは当然分からないのだが、只者でない事は確かだ。警察官と言っても誰も彼もが剣道が強いという訳ではないが、それでも誰もその辻斬りの男に触れる事が叶わなかったと言われている。明らかに強すぎる。それが魔法使いだと言われたら納得するしかない。


 剣道がキーワードという事で、自然と真田と篁の目が日下に向いた。何かしら専門家としての見解でも出てこないものかと期待しての事だったが、当の日下から出てきたのは不意な疑問だった。


「犯人を押さえたとして、やっぱり罪に問われたりするんでしょうか……」


 その言葉を聞いた真田と篁は互いに視線を交わし、考え込む。答えと説明の仕方を考えるように。人に伝える力に乏しい真田に比べ、こんな時は篁が頼りになる。すぐに言い方を見付けたようで、まずは真田の方を見ながら先に口を開いた。


「そうねぇ……たとえば、おじ様が道端ですれ違った人をいきなり氷漬けにしたら罪に問われると思う? はい、優介クン。氷漬けにするのが何の罪なのかは置いておくものとする」

「僕ですか……そうですねぇ……その謎シチュエーションはよく分かりませんけど、ハッキリと罪に問う事は……難しいんじゃないですかね。氷漬けにした手口を説明する時に魔法以外に言い方がありませんし」


「そう。被疑者は魔法を使って被害者を氷漬けにした、なんて普通に考えて信じられるはずがない。けどそれ以外に可能にする方法がどこにもない。方法が分からなけりゃ犯人の特定なんて出来ない。だからおじ様はあくまで偶然すれ違った瞬間に何らかの理由で人が凍った可能性が捨てられない……これが、魔法使いによる犯罪の罪に問えないパターン。犯行方法の現実的な立証が不可能」


「そう考えると今回の辻斬りは……恐らく魔法は使ってるけど、能力は使ってない可能性が高いですよね。身体能力が上がってるだけ、と言うかシンプルにめっちゃ強い人って可能性が拭えない。だから魔法の説明をすっ飛ばしても普通に捜査を続けられる。まあ、何の罪か分かりませんけど。怪我人は出てないんですよねぇ……軽めの暴行か、決闘罪……ではないか。公務執行妨害は付くでしょうけど、全力で謝れば怒られて終わりって可能性もありますね。逆に威信にかけて捕まえようとする可能性もありますけど」


 少なくとも、先程の謎の例のようにそもそも捕まえる事すら難しいという訳にはいかないだろう。犯人の特定さえできれば魔法使いであろうと捕まえる理由はどうとでもなる。だから理想としては辻斬り犯を倒して腕輪を破壊、そして自首させるというのが最も穏当だ。襲われているのは一般人ではなく訓練を積んだ警察官だけ、その上で怪我もない今ならばそれこそ自首して土下座すれば許される可能性もある。


 しかし、その内に弾みで怪我をさせてしまえば状況は悪化する。そうでなくとも、もしかすると現状では物足りなくなって一般人まで襲い始めるかもしれない。さらにさらに、警察が本腰を入れて取り締まり確保寸前という状態になったら怪我をさせないなんて考える余裕も持てずに抵抗するだろう。


「質問に答えるなら罪に問う事は出来る。で、一応ギリギリ良心っぽいものは残ってるからそれに免じて罪を軽くする事も出来なくもない。そして、今なら怪我人もまだ出てない……辻斬り犯が魔法使いだとして、討伐に動くには絶好のタイミングですよねー」

「あたしらが膝叩いて立ち上がる必要もないけど、探し回る人数用意できるのは確かだからね。このままだと夜に動きにくくなりそうだし、ちょっと話し合って頑張ってみても良いかもしれない」


 そうして二人はそのまま辻斬り犯に対してどのように立ち向かうのかというテーマで話し込み始める。情報収集から始めるのか、どのような方法で戦うのか、全体での打ち合わせをいつにするのか。今の段階でも話しておくべき内容が多い。しかし、その輪に日下は加わらない。少し離れた場所で俯いて口を閉ざし続けていた。今は喋らないようにしてでも心を決めなければならない。この後で言わなければいけない事があるのだ。


 そして、この日は解散しようとなったその時、店の外に出たタイミングで日下は口を開く。


「真田先輩、今夜……俺と戦ってもらえませんか?」

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