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暁降ちを望む  作者: コウ
迷える剣
308/333

 日下 青葉は強かった。


 家は代々続く剣術道場。今でもそれなりの門下生がおり、生活としてはそこそこ安定。なお、門下生には基本的にただの剣道の教室だ。しかし、日下家の後継である青葉にはそれ以外の、いわば日下一刀流の技術も教え込まれる事となる。とはいえ本格的に教えられるのは高校に入学してからという約束をしているので、今はまだせいぜい師である祖父の技を見て真似る程度。現状ただの剣道を習っている生徒だ。


 それでも生まれた時からずっと剣術というものが身近にあったという事はとても大きい。物心がついてからは当然のように自らも剣を学ぶ意思を示した。疑問を抱けばいつでも師に問う事ができ、時には自宅に隣接した道場で夜遅くまで竹刀を振り続けられる環境に身を置いていた青葉は早くから頭角を現す。

大会に出場すれば一切誰も寄せ付ける事なく優勝。中学校に上がってからは一年生ながら入部後ほんの数ヶ月で上級生を押しのけ団体戦の次鋒に選ばれ、その年に出場を果たした全中では準優勝に終わるものの彼は全ての試合で二本勝ち。個人戦では見事に優勝をするというあまりに華々しい結果を飾る。彼は一本たりとも取られる事はなかったのだ。


 二年生になって大将を任された彼はこの年もやはり無傷のまま二本勝ちを続け、絶対的な大将が控えているという信頼を勝ち得た事もあってか団体戦優勝。個人戦でも二年連続の優勝。

 決して傷を負わない天下無双の剣士の勇名は轟き、高校どころか大学、警察や連盟までもが彼の動向に注目するようになった。マスコミの取材も熱を帯び始める。


 しかし、その後の取材で彼は「僕の剣道は中学までです」と語る。主将に任ぜられた彼の剣道人生最後の一年が始まった。当然、周囲は少しだけ騒がしくなる。何としても引き止めんとするスカウトの声が掛けられる。


 そして、日下 青葉は最後の県大会を前にして剣道部を辞めた。


 その理由は誰にも語られていない。顧問にも一身上の都合で貫き通され、残された部の仲間達も詳細を知らされてはいない。

 退部の理由を推察しようとするとタイミングとしてはスカウトなどが理由である可能性が高く感じられるだろう。当然、連盟から各校に過剰な声掛けに対する牽制、マスコミに対しても青少年の健全なスポーツへの取り組みを阻害しないよう通達がされる事となった。


 関係各所には非常に残念な事ではあるが、これで事態は全て収まった。退部の本当の理由は分からぬまま。



 日下 青葉は弱かった。


 彼が最初にその事実を痛感したのは、ある男に敗北を喫した時だった。いわば他流試合ではあるが、相手は無手と言っても良い。自らの敗北を望んでいた事は間違いない。だが、一度は実質的に勝利した、それも間違いなく有利なはずの相手に負けた事。その上で、望んだ形の敗北を得られなかった事実が彼の意識を変える。


 これまで歩んでいた道を敢えて外れる。明らかに進むべき道に迷っているとしか思えない。しかし、彼はこれで良かったのだと信じている。信じたい。たとえ望んでいた通りの敗北を得たのだとしても、敗北の後で元の道を胸を張って歩く事は出来なかっただろう。新たな道を歩んで、そして強くなる。それがきっと最善だ。

 けれどこの道で彼は強者ではいられない。対等な立場で戦える頼れる仲間と、全力を尽くせる舞台と。得難いものを得た事は大きな喜びであったが、歩めば歩むほどに自らの未熟を思い知らされ、歩めば歩むほどに自らの剣を見失う。


 自分が弱くなっている事を感じた。常に強くあった彼は自分が弱いという状態が分かっていても理解が出来ない。常に期待を掛けられていた彼は自分が軽んじられている状態が許せない。


 日下 青葉は強かった。そして、日下 青葉は弱かった。


 プライドと実力と実情と。色々な何かが絡み合って、今日も彼は迷い続ける。悩み、戸惑い、苦しむ時。それは人生の中における夜の闇だ。先は見えず、正しさも分からない。人それぞれで長さも違って、誰かの手で明ける事も出来やしない。


 誰もがみんなただひたすらに歩き続ける。悩みながら、戸惑いながら、苦しみながら。

 誰もがみんな望み続ける。この夜が明ける時が訪れるようにと。


 日下 青葉は今日もまた。悩み、戸惑い、苦しみ、望みながら、迷い続ける。

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