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暁降ちを望む  作者: コウ
プロフェッショナルの体育祭
306/333

12

 第八種目、二人三脚リレー


 もはや多くの説明は必要ない。各学年から四組が出場する。順番は学年混合。基本的にはクジ引きによって決める順番だが、宮村・真田組は一応要望を出した事で第四走に決定している。黒瀬・森組と同じ順番、対決をするための順番である。


 対決と言ってもこの競技はリレー。他の味方の存在があってこそのリレーだ、純粋な勝負とはまた少しだけ趣が異なる。だが、リレーだからこそ出来る力の見せ方というものだってあるのだ。


「よう、よく逃げなかったなぁ宮村ぁ!」

「逃げねぇし、逃げる意味も分かんねぇって。これ体育祭だから、行事だから」


 スタート地点の選手待機場所に到着すると、隣に居た黒瀬が再び絡んでくる。その妙なカリスマ性があっても友達は少ないのだろうか。とりあえず宮村が近くに居たら絡みに行く習性があるのかもしれない。大変な性格だ。


 黒瀬に絡まれたくない真田は二歩ほど離れて気配を消していたのだが、そんな隣に音もなく近付いてきたシロが顔を寄せて、小さな声で問うてくる。


「ふぅん……ミヤ、さっきとちょっと変わった?」

「……や、どうでしょう。別に、基本的には変わってないと思います……けど」


 真田の返答に嘘は無い。基本的に、宮村自体はずっと頑張りたい、頑張るというスタンスから変わっていない。変わった点があるとするならば、その中身だろうか。宮村本人も自分に力加減が得意な方だとは思っておらず、同時に力を加減しなければいけないという事も分かっている。その上で自分で頑張って勝とうとしていた彼が、今は力加減は任せて自分は自分に出来る努力に専念すれば良い状況になった。些細な変化だが、精神に与える影響は計り知れないだろう。今の宮村は確実の調子が上に向いている。まったく単純と言うべきか。彼の良いところが存分に出ているものだ。本当に、こうして調子を上げられる所は素晴らしく思うし、尊敬できる。本心から。


「へえ、そっかそっか」

「何です?」


「ミヤに良い友達ができたんだなって思っただけだよ。じゃあな」


 言うだけ言って去る(と言ってもほんの数歩だが)シロ。友達が云々などとと言っていたが、ショーゴだかレージだか知らないがきっとそれは関係ないだろう。考えを改めてしっかりと切り替えられる。それが初めて会った時から今まで変わらない宮村 暁という人間だと思っている。


 そんな事を考えていたので内容までは聞き取れていなかったが、まだ何やら言い合っていた、というか一方的に言い放っていた黒瀬。そんな彼も、競技が始まるスターターピストルの音が鳴ると同時にその口を閉ざした。出番が近い事もあるのだろうが、引き締まった表情を見る限り競技に集中したい気持ちも強いのだろう。なるほど、少しだけ好感を持てた気がする。


 などと思っている暇はない。出番が近いのは真田も同じだ。


「宮村君、足縛りましょう」

「おう。縛るのこっちで良いよな?」


「ええ、宮村君が走りやすい方で良いですよ。器用に頑張ってもらわないといけませんから」

「……おう、任せとけ」


 神妙な顔で宮村は頷く。少し緊張しているらしい。まあ実際、どちらがより重要かと問われたらそれは各々の価値観による部分があるが、少なくとも宮村の役割が極めて重要であるという事実は変わらない。


「――まっ、緊張していきましょうよ」


「そこ、フツーは緊張しないでって言うトコじゃねぇの?」

「緊張してパフォーマンス落ちてくれた方が僕は助かりますし」


「……決めた。ぜってぇ緊張とかしてやらねぇ」

「それも良いかと」


 青組は本当に安定して強い。第一走者から先頭に立ったかと思えば、そのまま後続を離して少なくとも競っているとは言えない独走状態となっている。そして緑組はと言えば現在三位。しかも白組と四位を競っている。決して良い状況ではないだろう。


 トラックを一周しなければならないこの競技、走る距離は長ければ長いほど実力を反映する。独走する青組、少し離されて追走する赤組、さらに離れてデッドヒートを繰り広げる緑組と白組。下位の二つが入れ替わる事はあっても、全体としてはこのまま進んで終わって行くのだろうというのは想像に難くない。


「よっしゃ、行くぞシロ!」

「あいよっとぉ!」


 第四走者がどこよりも早く動き出したのはもちろん青組だ。少しばかり身長差こそあるが、ガッチリと肩を組んで一歩目からまるで乱れる事なく、まるで一つの生物のように走り出す。流石だ。


 そして赤組。白組の選手と一緒に取り残され、到達するのを待つ。


「……宮村君」

「ん?」


「まず外側の足から五歩、歩きます。そっから後は……行きますよ」

「任した。で、任せとけ」


 タッチの差で白組が先行した。焦りからか少し躓きながらも走り出す白組の選手達。それに対して、真田達は冷静だった。


「いっち、にぃ……さぁん、しぃ、ごーぉ」


 ゆっくりと歩く二人。練習は不足どころか、ほぼしていないに等しい。だが、それくらいならば五歩もあれば充分。呼吸と歩幅を合わせる。


「せぇの……」


「「いち!」」


 繋いだ足で力強く踏み出す。肩は組まない。その必要もない。一つの生物になるのが絶対的な正義ではないのだ。二つの異なる生物が完全に連携して動く、それもまたコンビネーション。


「ちょ、速っ……」


 抜き去って行った白組の選手の声が微かに届く。もはやそれは眼中にない。次のターゲットは赤組だ。捕捉して、そしてすぐに抜く。実力に差がありすぎるのならば、そこに駆け引きなど必要ない。ただひたすらに、ねじ伏せるのみ。

 応援する声が凄まじく大きくなっているのが分かる。最下位からの圧倒的スピード。その足が遂に独走していた先頭までをも捉えようとしているのだ。盛り上がって当然。そして、盛り上がってくれれば盛り上がってくれるほど、その歓声を力に換えても良い。さらに踏み込む力を強める。


「ウッソだろ……どんだけ速いんだよ!」


 完全に追い付いて真横を走った時、驚愕したような顔でシロが言う。実力からして、そしてバトンが渡った時の状況からして、現状は完全に想定外だろう。驚くのも無理はない。


 本来、ここで何か言うとすればそれは宮村の仕事だろう。真田にとってみれば他人なのだから。しかし、宮村は今、必死に走っていて何かを言えるような状態ではない。だから、きっとこう言うだろうという台詞を、真田が代弁する事に下。それがこうだ。


「じゃあ……上、行かせてもらいます」


「クソッ……クソッ! アキラァァァァァ!」


 黒瀬の叫びを背にして、それでも二人は足を止めない。


 二人の足は速かった。距離が離されていたはずの青組を抜いて逆に差をつけるほど。しかし、それはまだ決して全力などではない。全力で走っていればこんなものでは済まない。これはあくまで、トラックを一周した時に青組とある程度の差をつけられるように調整したスピードなのだ。二人三脚をしている相手に対して一人で全力疾走していると考えれば充分すぎるほどに人間レベルに収まっている。


 とはいえ、そのスピードは宮村にとっては遅すぎるほどだろう。けれど真田に言い含められた以上は必死にそのスピードに合わせるしかない。それなりのスピードを出しながら、それでいて自分には遅く、真田の足の邪魔をしないように。だから、宮村は今、必死の形相で走っているのだ。周りから見れば全力を更に超えたスピードで走っているようにも見える、そんな形相で。


 わざわざレージや他のクラスメイトに大きな声で「黒瀬に煽られて宮村が爆発寸前だ」と喧伝した甲斐があったいうものだ。どうだろう、まるで完全にキレた宮村が火事場の馬鹿力を発揮したようではないだろうか。


 走る、走る。必死に走る。真田の役割はスピード調整だけではない。客観的に見て、真田は無茶な走りをする宮村に引っ張られていなければおかしいのだ。だから、真田の方でも必死になって喰らい付いている演技が必要になる。「真田にそんな演技が出来るのか」と問われたならば、こう答えるしかない。「練習さえすれば可能である」と。


 真田にはそれが出来る。たった一本を取るために、たった一本の飲み物を奢ってもらうために。あまりにもピンポイントに、その練習を積んでいたのだから。


《緑組! 一気にトップに躍り出て今バトンタッチ! すっばらしい戦果です!》


 基本的には情報だけを伝えていたアナウンスも興奮のあまりに実況をしているようになっている。そんな声を聴きながら、トラックの内側ではなく外に向かって進みながら緩やかにスピードを落として停止した二人は鬱陶しいとばかりに素早く足を離した。そして、宮村が口を開いたその瞬間。


「やったな、さな――」


「やったぜ宮村ぁぁぁぁぁ!」

「スゲェ! マジでスゲェよ二人共!」


 応援していた人々に囲まれて見事もみくちゃにされてしまった。もちろんその中にはレージも居る。だが、彼一人で囲む事など出来ない。囲んでいるのは、宮村の事を苦手としていたクラスメイトである。


「お、おう……?」

「最っ高! いやもうマジ神、最強だった!」


「おう……なんか、サンキュ」


 宮村も動揺する綺麗な手の平返しだ。ただまあ、それも良いだろう。これが彼の評価を改めるキッカケになったら、それが一番良いに決まっている。


 なお、真田が妙に冷静なのは、しれっと普通にその輪から逃れているためである。空気の如く。仮にも活躍した人間なのにここまで気配を消せるのはこれもう才能と言っても良いのではないだろうか。

 声も掛けられないくらいに離れてからその場に仰向けに倒れ込む。もう今日の仕事は終わり、体力よりも何よりも精神的疲労がもう限界だ。


《一位、緑組! 何とか最後までリードを守り抜きました! 続いて奮闘しましたがあと一歩で抜く事が出来ませんでした青組! 赤組、白組もゴール!》


 どうにか一位はキープ出来るだろうという程度のリードはつけておいたが、無事にそのまま終わってくれたようだ。よーいドンで始まるとは限らないリレーだからこそ、こうして大逆転する事で力を見せる事が出来る。純粋な勝負とは言えないかもしれないが、そもそも勝負になどなるはずもなかったのに手を尽くして何とか戦いにしたのだ。宮村は必死に努力をして、誰にも不正を疑われる事なく戦い抜いた。だから、これは宮村の勝ちなのである。


「お疲れ様。真田君、今日は大活躍ね」

「いやぁ……宮村君や他の皆さんが活躍してくれて良かったですよ。もちろん雪野さんも吉井さんも」


 すぐそばにしゃがみ込んだ雪野に対して答える。真田の活躍ではない、何度も言うように宮村の努力があり、二人三脚に勝ったのは他の選手達の奮戦が大きい。雪野と吉井も頑張っていたし、工作に付き合わせてしまった事もあって口には出せないが桜井にも助けられた。本当にみんなの活躍が大きい戦いだった。


「ふふっ……そうね、みんなが頑張ってた。色んな所で、ね」


 どうも意味深な言い方をする辺り、彼女も何かしらの事情は察しているのだろう。真田も宮村ももっと速く走る事が出来て、しかしそれを隠そうとしていた、それなのに何故か中途半端に速く走って勝利した様子には違和感を覚えたかもしれない。むしろ彼女は事情を察しやすい側の人間だ。もしかしたらこの日、真田が動き出した時から何かしようとしていると気付いたのかもしれない。何も聞かず協力してくれて頭が下がる思いでいっぱいだ。


「けど、真田君がこんなに働くなんて珍しい……って言ったら、ちょっと変かもしれないけど」


 気を遣って最後に濁しているが、真田自身も同じような気持ちだ。本来ならば真田はこんなにも大変な思いをして何かをしようとする人間ではない。ただ、これにも一応ではあるが理由はある。


「……これで、黒瀬君との勝負に付き合う事も出来ましたし、宮村君の評判も上がったでしょう。ついでに、宮村君になんとか付いて行った僕の評価も少しは上がったかもしれませんね。良いじゃないですか、一気に三つも得があって、凄く効率的ですよ」


 黒瀬を無視する事も出来ただろうが、それではまた後が大変になりそうなのは目に見えている。宮村と、ついでに真田の評判についてはどう考えたって簡単にどうにかなる話ではない。しかし、今日はそれらを一気に解決したのだ。ならば今日一日のこれは大変な仕事だったのだろうか。否、これは他のどの選択肢よりも簡単で楽な仕事だったと言える。


「最高効率のためには手間を惜しまない、それが手抜きのプロフェッショナルってもんですよ」


 そう言って真田が笑ったその時、得点ボードが更新されて生徒達が一気に沸いた。



一位 青組 450点

二位 緑組 410点

三位 白組 390点

四位 赤組 380点



 一日掛かり、これが最後の大仕掛けだ。いくら何でも誰にも少しもそのスピードに違和感を抱かせないという事は難しいだろう。だから、最後は力任せに誤魔化す事にした。


 お分かりだろうか。最後のリレーは一位が100点、二位が50点。つまり、ここで緑組が一位になりさえすれば、他の組の順位など知った事ではない。問答無用で緑組の大逆転優勝なのである。

 二人三脚とリレーで緑組と青組が一位二位になって優勝するように点差を可能な限り調整して、その結果が二人三脚の前で見事に最下位、そしてきっちり10点差での優勝が可能となる数字だ。これはもう本当に理想的という他なかった。


 基本的には傍観者的な立場となる白組と赤組もどうなるのかと、それでいてまだ順位次第では赤組にも優勝の目があると奮起する。一番の敵である青組も、ここで一位を取られる訳にはいかないので死ぬ気で頑張る。そして、緑組は絶望的な状況から再び優勝の目が見えてきた事でとにかく全力を尽くさんとする。

結果として、このメインイベントで盛り上がりは最高潮に達するのだ。ちょっとした違和感など忘れ去ってしまうほど。


 真田が自分の力で体育祭をこっそりと荒らしたような形になったのは変わらず、それについては本当に申し訳ないと心の中で謝る事しか出来ない。しかし、だからと言ってこの体育祭に参加した全ての生徒達の奮闘が無駄なったという事はない。一人一人が自分に出来る事を必死に頑張ったから、今このような盛り上がりを迎えているのだ。


 そして最後は、真面目に競技に向き合った人達が勝負を決める。嗚呼、眩しすぎて思わず応援したくなるではないか。


「頑張れ、緑組……」


 最終種目、混合リレーが幕を開ける――

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