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青組は強かった。全体的に順位のアベレージが高く、最初から総合順位は上位をキープし続けている。続く白組は僅差と言えば僅差だが、種目別の順位は割と上下がある。ここで残りの競技で青組が上位に立ち、白組が四位に沈む可能性は充分にある。
少し開けて赤組。最初から総合順位は低め。そして最後に緑組だ。途中までは青組に喰らい付くかと思いきや、残り二種目を残して最下位。トップの青組との差に至っては70点もある始末。青組のアベレージを考えると正直、勝つ可能性は限りなく低いと言って良い。
そう、つまり。
(理想的展開……っ!)
確かに少し工作はしたが、それはあくまで個人で出来る範囲だ。どこまで狙い通りの展開に持ち込めるかは運次第の面もあった。僥倖、重畳。あとはもう少しの努力次第。
三度、集合場所に向かう真田。するとそこには宮村の姿と、そしてもう一つ。
「ざまぁねぇなぁ、宮村! まさかもう勝負が決まっちまうなんてなぁ!」
「あー、おうおう、そうだなー」
やたらと大きな声で宮村を煽る黒瀬の姿があった。まあ、憎たらしい顔で煽っても今の結局どうにもならないまま二人三脚の本番を迎えてしまってやる気が出てこない宮村にはまるで通用していないのだが。
「クッソ……腑抜けやがって!」
「はいはい、悪りぃな」
まさに暖簾に腕押しといった様子だ。宮村が返事をすればするほど黒瀬が苛立つシステム。
見てはいられない光景だが、巻き込まれるのも御免だ。しかし合流はしなくてはいけない。どうしたものかと考え込む真田の横に一人の男が立った。この状況だから当然と言うべきか、それはシロである。
「よっ、真田……だっけ。悪いね、ウチのが迷惑かけてて」
「ああ、いや、僕は別に……その、大丈夫ですけど。はい、ええ」
「そ? なら良いけど」
真田は大丈夫だが宮村の方が大丈夫とは言っていない。それはシロも分かっているのだろうが、その辺りは別に迷惑を掛けても良いと思っている関係性故のものだろう。親しくない真田の事は気に掛けてくれたり、真田が明らかにスムーズに話せていなくてもまるで気にした様子を見せないところはなるほど、割と良い奴と評されるだけある。いや、むしろ割とどころかとんでもなく良い人だ。聖人か。
「どうもね、そもそもソリが合わないみたいなんだけど。それに加えてアイツ、ミヤの実力とかは認めてるんだよ。良い方向じゃなくて嫉妬に狂うタイプだけど。それがあんなやる気のない反応されてっからどんどん盛り上がっちゃってる」
「ああ……それは、その、何と言うか……そっちもやる気なくなったりとか、だ、大丈夫です?」
「平気じゃない? 弱い相手を叩き潰して見下ろすのも大好きだし、アイツ。小物だろ? そういうトコが面白いんだよ」
「あ、はは……」
もうコメントに困って苦笑するしかない。実際かなり面倒くさそうな人間だと思ったが、それを面白いと言うシロの器が大きいのか、それとも本当に付き合ってみると面白いのか。確認しようとは思わないが。知人を増やすならもっと癖のない人間が良い。
「そんじゃ、オレはアイツ回収してもう行くよ。お互い頑張ろうぜ」
そう言ってシロは二人の方に歩み寄り、宮村と言葉を交わして黒瀬を強引に引っ張って行った。いやもう本当に引っ張っていた。体操着の首元を掴まれた黒瀬が少し息苦しそうにしながら最後にまだ捨て台詞を口にしている。
「いいか! お前らみたいなコンビが俺らに勝てるワケがねぇんだ、分かったなぁっ!」
あらゆる意味で優勢のはずの黒瀨なのにこの何とも言えない切ない気持ちになるのは、まるで出荷でもされているかのような姿のせいだろうか。しっかりとリード――というか首輪そのものを握っている良いコンビネーションだ。
「――お疲れ様です、宮村君」
「マジ疲れた……この数分で一日分は疲れた……」
受け流すにも体力を使うようだ。やる気のなかった顔から更に力が抜けている。
「相性悪いですねぇ」
「嫌な奴ではあるけど悪い奴じゃないんだよ、割と」
「仲良くなりたいとか思わないんです?」
「いやぁ……アイツはアレで良いんだよ、アレが良い。俺との関係もアレが丁度良いと思うんだ」
なかなか複雑な関係のようだ。シロも宮村も、よくもまぁここまで悟りを開けているものである。客観的に見て黒瀬は厄介な人間だとしか思わないのだが、本当に何かしらのカリスマ性があるのかもしれない。小物故の魅力とカリスマ性は別物な気もするが。
「アイツは何て言うんだろうな……自分より下の奴を踏み台にして自分より上の奴に噛み付くんだよ。その手段選ばない感じが良いんだけどさ。だから、今のままでいるには俺がアイツより上にいないとダメなんだよ」
「つまり?」
「負けたくない」
あまりにシンプルで、何度も言われてきた答えだ。これまでは言わせない、聞き流す事で終わらせていた話だが、今は最後の機会だ。言いたい事があれば全て言わせる。言いたい事は全て言う。これは決着の時間なのだ。
「それに……まぁ、なんだ? さっきも言ったけど、俺が馬鹿にされるのは良い。お前が馬鹿にされるのも、まぁ良い。けどさ、俺達が馬鹿にされるのは気に入らねぇ。これは俺達に売られた喧嘩だ。だったら買う。そんで、勝つ。お前はどう思うんだ?」
「だったら僕もさっき言いましたけど、宮村君って加減するとか苦手でしょう? だから宮村君に任せられません。僕達が下手を打つ事で色んな人達や世の中に変な影響を与えかねませんから」
どれだけ言い合おうと、二人の意見は平行線。決して重なりはしない。
しかし、少しだけ、ほんの少しだけでも。折れはせずとも曲げられたならば、話は変わる。
「宮村君に勝つための努力はさせられません。でも、宮村君はまた別の方向の努力で納得は出来ますか?」
「えっ?」
「これは二人三脚。二人で一人、僕達の喧嘩です。だから、勝つための努力を僕に任せて宮村君は死ぬ気で僕に合わせる努力をする。僕が戦って、宮村君が支える。僕達の戦いとしてそれで納得が出来るのなら……良いじゃないですか、勝ちましょうよ」
少し自分を曲げればいつか重なる。互いに少しずつ曲げれば、より早く。今この瞬間にも。
「お前……今さら良いじゃないですかとか当たり前みたいに言うのズルくね?」
「何でです? 実際に良いと思ったから言ったまでじゃないですか。僕達に売られた喧嘩っての、割と気に入りましたよ?」
宮村がジトっとした目で軽く睨むのを気にした様子も見せず、真田は事も無げに言い放った。まだ足りないだろうが、真田と宮村も着実に積み重ねた時間がある。だから分かる、会話の感触のようなものが。聞くまでもなく既に、宮村がどんな答えを出すのか何となく分かっている。だから、ニヤリと笑いながら片手を差し出す。「どうするんです?」なんて煽るような視線を向けて。
「――ったく……よっしゃ分かった、乗ったぜ。俺達で、勝つ!」
差し出された手を強く音を立てて叩くように合わせる。これで話は決まりだ。二人の意見はここに重なった。
挑むは体育祭のセミファイナル。そして二人にとってのメインイベント。二人三脚が始まろうとしている。




