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応援合戦
昼食の後で少しだけザワザワとしたかと思ったら始まったのがこれだ。各組の有志が順番にダンスやら何やらパフォーマンスをするという、まぁ、お調子者達の宴だ。なので真田達には一切関係がない。レージもここまでは参加しなかったところから察するに、超本格派のお調子者が揃っているようだ。陽の極みだ。陽極だ。電位も人としての位も高いのだ。世の中ってヤツは。
ちなみにクオリティが認められたら10点が与えられるらしい。つまり全チームに10点が与えられる。意味あんのか、その得点。
そんな訳でみんなが等しく10点を獲得しました。横並び、平等な結果。素敵なものですね。はい、お疲れ様でした。
第六種目、玉入れ
布製の玉をカゴに放り込む競技。真田も出場する。よくあるスタイルは高い所にあるカゴに入れて「さて何個入ったでしょう」だが、この体育祭の玉入れは少し面倒だ。まず二つのチームによる対戦形式で行なわれる。この時、緑組だろうと青組だろうと赤か白かに設定される。なお、赤組と白組は分かりやすいのでそのままだ。二本のカゴ付きの棒が隣同士に立てられ、それぞれに赤か白の印を付けて区別する。足元には赤と白の玉がバラ捲かれており、両チームが入り乱れて自軍のカゴに玉を入れるのだ。
ここで重要なのは、赤色側のチームは赤のカゴに玉を入れるのだが、その玉は赤色じゃないといけない訳ではないという点。白い方の玉を投げて自軍の赤のカゴに入れても良い。しかし、その玉は得点にはならない。つまり、相手のチームが入れられる絶対数を減らすための行為だ。
そうして制限時間が経過するか玉がなくなった時、自軍のカゴに自軍の玉が入った数を競うのである。普通の玉入れで良いのに、どうしてこんな面倒な事をするのか。独自性を出すのに必死か。ついでに、ガチ競技の玉入れのように玉を何個も固めて爆撃するのは禁止。一気に投げて良いのは両手に一つずつ。もちろん厳しく監視するのには限界があるので各々の紳士性に委ねる部分が大きいが。
結果として、緑組はものの見事に大敗。かつて見た事もないほど緑組(赤チーム)の玉はカゴに入らなかったという。赤チームの玉がいくつもいくつも迎撃されて落とされていったという声もあったが、真偽は不明。
そんな訳で、玉入れのお話はこれにて終わりだ。真田が参加しているとか、そんな事は関係ない。真田としては別に話す事が無いのだから仕方がない。
第七競技、一人一脚 障害物競走
真田、連続出場。ちなみにこの後が二人三脚なので魂の三連投である。地獄か。
では説明を。学年ごとに男女一人ずつ、出場する選手は両足を縛る。そして一本足でぴょんぴょん飛び跳ねたりジリジリ摺り足で必死に滑稽に障害物を乗り越えていくのである。結局は見世物だ。ちなみに障害物の内容は割と普通。網を潜ったり平均台を渡ったり。足を拘束された状態で平均台を渡るのはなかなかスリリングだ。
集合場所へと向かうと、そこには桜井の姿。彼女は実質的に飛び入り参加のようなものなので、参加する種目は空きがあったこれだけだ。体育祭にちゃんと参加できて良かったと言うべきか、よりによって唯一の種目がこれである事に同情すべきか。ほんの少しだけ悩みどころ。
「お疲れ様です」
「いやいや、疲れてないから。そっちこそお疲れ、ユウちゃん」
そりゃそうだ以外の言葉が出てこない。この体育祭の間、それなりに歩き回ったり周りを見たりしていたつもりの真田であるが、彼女の顔を見たのはこれが最初だ。どうも今日はずっと一歩どころか二歩も三歩も引いたこの体育祭を見ていたらしい。この学校に来たばかりの彼女は確かに注目を集めて人気があるが、同時にそれはまだ学校に馴染んでいないと言う証拠でもある。そんな彼女がこの妙な盛り上がり方を見せる体育祭に対して少し乗りきれていないのは仕方のない事だろう。何だったら真田ですら乗っていないのだから。
「労いの先取りですよ。めっちゃ疲れそうですし、これ」
「まあ、明らかに人気なかったしねぇ。助かった! みたいな感じでウチねじ込まれたし」
「労力と恥ずかしさとリターンが明らかに見合ってないんですよね」
得られる点数は騎馬戦という最もハードな種目でも同じなのだが、あちらは勇ましさや格好良さがある分だけ印象が良い。それに対してこちらはただただ半笑いで見られながら点数が同じという。この納得のいかない感じ。
「それで? 桜井さん的にこの人気のない種目の自信はいかがです? 身体能力とか、そっちの感じは。どれくらいの順位でいけそうです?」
他の知人達は普段の生活の中で身体能力をある程度は把握しているのだが、付き合いが短い桜井だけはそれがよく分からない。だから軽い世間話のように問いを投げ掛けてみた。すると、彼女はそれには答えず、逆にこんな質問を返したのだ。
「ユウちゃんは何位になってほしい?」
真田の動きが止まる。事前に想定して台本に記しておいた問いであればいくらでも適当に返しただろう。だがこの質問は想定していなかった。いや、桜井にこの質問をされた段階で如何に誤魔化すかという段階を過ぎているので想定するだけ無駄なのだ。
「まあ、付き合いは短いけどね? 声掛けに行ったり大声で喋ってたり、ユウちゃんらしくない動きしてるなーって思ってたんだよね。ちょっと離れた所で見てたら余計に」
吉井なんかも、特に真田の動向については妙な察しの良さを見せるタイプだが、彼女も体育祭の熱狂の中に身を置き、さらに真田への個人的感情で目を曇らせる事もある。それに対して桜井は体育祭とも真田ともそれなりの距離を保っている。だから見えるものがあった。
「……三位とか、良いですよね」
「ブレるとしたらどっち?」
「下。でも……良いんですか? 手を抜けって言ってるようなもんですよ?」
直接的に何位になれとは決して言ってはいない。だが、三位か四位になったら良いとは暗に言っている。それは人によっては明確な侮辱だ。
「まあね、でもウチってまだ学校とかクラスにそこまで思い入れが出来てるワケじゃないじゃん? だから、みんながめっちゃ頑張ってる中でウチだけボーっと出ちゃってるんだよね。けど、目標をくれたら話は別。ウチも頑張るよ、目標が三位でもね」
彼女はまだ学校、クラスにおける異物だ。だからこそ、このやたらと大きな盛り上がりを見せる体育祭でモチベーションを高くは保てない。故に、彼女は自分が異物であると再認識し、疎外感を覚える。完全なる悪循環。
彼女には目標が必要だった。例えそれがどんなものであっても、頑張るに足る目標が。
「それにさ、ユウちゃんだって意味もなく負けようとはしないでしょ? 流石にさ。つまり、何か意味があるって事。意味があるって事は手抜きじゃないって事。ねっ?」
言ってくれるものだ。元より気にせず頑張ってくれなどと言うつもりはなかったが、それでも返す言葉が無いとはまさにこの事だと分かる。こんな事を言われてしまったら、これ以上の遠慮はむしろ無粋というもの。
「……ごめんなさい。お願いします、桜井さん」
「なぁに謝ってんの。頼れるビジネスパートナーに任せときなって」
こうして二人は競技に挑んだ。その戦いの内容を記すつもりは無い。ただの負け戦だ、それ以上でも以下でもない。
これを無意味な敗北とするのか、それとも意味のある戦いだったとするのか。それは、ここから決まる。勝負は次の種目だ。
一位 青組 400点
二位 白組 380点
三位 赤組 350点
四位 緑組 330点