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暁降ちを望む  作者: コウ
プロフェッショナルの体育祭
303/333

 第五種目、騎馬戦


 もはや詳細な説明の必要もないだろう。騎馬(人間)に乗ってする戦だ。敵将のハチマキを獲るのだ。学年につき一つで各組三騎が出場するのだ。はい説明終わり。


 この騎馬戦、どうも真田の知る顔が多く出場している。宮村はもちろんショーゴとレージ。赤組には児玉、白組にはトモヤ。そして青組にはシロ。まさに一大決戦といった様相。なお死んでもこの手の競技に出たくない真田と、聞いた話によるとあまりフィジカルが強いタイプではない黒瀬は不参加。こんなところで怪我したら二人三脚で走れないからね。しょうがないね。はい。我々は二人三脚に一生懸命です。


 そんな訳で、真田としても別に話す相手が居ないのでサクサクと競技が始まる時間まで移動しよう。



 競技開始の瞬間、雄叫びを上げながら走り出す男――もとい、牡馬達。一大決戦とは言ったし、実際的にもそんな感じではあるのだが、何ともここで盛り上がり切れない理由がある。まず一つは、別に点数は通常通りという事。なんとなくそれだけで決戦と言うより普通の競技の一つだなみたいな気持ちになる。


 そしてもう一つが、真田の知り合いはみんな馬側という事。我らが緑組二年が送り出したのは相川隊だ。相川って誰だよと思うかもしれない。正直、真田も同じ気持ちだ。クラスメイトだけどよく知らない。とりあえず小さくて運動神経が良いらしい。そんな相川氏を先頭の宮村、両サイドのショーゴとレージが支える。宮村もこんな状況では流石に一人だけ頑張りすぎて足並みを乱す事など出来ないので問題ない。超強力なエンジンを搭載した車に死ぬほど荷物を積んで普通の車と足並みが揃うようにしてみました、と言った感じ。もう馬なんだか車なんだか。いや人だ。

 見たところ、児玉とトモヤはサイド。身長が高く当たり負けしないシロは先頭だ。別に構いはしないのだが、せっかくだったら馬の上で攻防する様を見たかったような気がしないでもない。まあ宮村は上に乗っけると卑怯だから馬一択なのだが。乗ろうとしていたら全力で止めなければならないところだった。危ない危ない。


(……や、出たかないけど、にしても死ぬほど退屈だな。とりあえず見てるだけっての)


 これで誰か知り合いが上に乗っていればそれを応援する事も出来るのだが、イマイチ馬を応援する気にもなれない。いや、まるで応援しない訳ではないが、「まぁ頑張ってくださいね」以上の言葉は出てきそうにない。


 宮村とシロがドッグファイトでもしているかのように互いに追い合っているその上で相川と見知らぬ男が激戦を繰り広げている姿が見える。確かシロと宮村は黒瀨と違ってそれなりに仲が良さそうだったはず。口を動かしているように見えるので何かしら話しながら戦っているのだろう。そのせいでテンションが上がってしまっているらしく、「ちょっ、暁! 速い!」「落ち着け宮村マジで! おち、落ちるから!」と実に楽しそうな声が聞こえてくる。まったく最高のチームワークである。こうなるからあまり二人三脚で張り切らせたくないのだ。


 ちなみに児玉とトモヤの姿は見えない。二人が馬になっているチームは今、五騎も入り乱れた混戦状態の中に居て、しかも良い感じに真田の位置からは見えないサイドを務めているためだ。


(…………昼食の準備しようかな)


 午前中最後となる熱闘、騎馬戦。その結果は、あまりの熱く激しく胸を打つ最高に盛り上がる戦いにちょっと飽きて離席した真田が後で得点ボードを確認した時に明らかになった。


一位 青組 200点

二位 緑組 170点

三位 白組 150点

四位 赤組 140点


 点差が詰まってきた。と言うか、緑組が10点しか取れていない。もう盛大に暴れ回った宮村が騎馬を崩した光景がありありと脳裏に浮かんでくる。いや、良いのだが。構いやしないのだが。負けろ負けろ、好きに負けろ。



 昼食


 言わずと知れた人間の三大欲求の一つ、食欲を満たすための行為だ。基本的に、正午前後に行なうものを指す。わざわざ解説するような事でもない。何故わざわざ書いたのだ。


 時間まで各々が校内で好きに食事をする事になったのだが、今、真田の姿は特別教室棟の一番上。屋上に繋がる踊り場、即ち楽園にあった。若干の掃除はしたので前よりは過ごしやすい環境となって、下にはビニールシートまで敷いてある。持ち込み品だ。環境改善。

 そして、そこには真田以外にも人の姿がある。既にこの場所の存在を知っている吉井、雪野。さらには宮村と、レージとショーゴも招いた。少し前に話していた通り、お弁当を持ち寄ってのランチパーリーだ。


「……」

「…………」


 なお空気は微妙な模様!


 いや、まぁ当然だろう。先程から何度となく宮村が真田に視線を送っているのだ。しかも直接的に言葉には出さず無言のアピール。それに対して真田も何も気付いてないフリで無視しているのだから自然と微妙な空気がそこから流れ出るのだ。


「――真田君、香澄のお弁当どうかしら。お料理が上手なのよ? 知ってると思うけど」

「おっと、良いですね。じゃあせっかくだから卵焼きいただきますか」


「ど、どう? 優介」

「ふぅむ……うん、やはり美味しいですね。ええ」


「本当!?」

「騙されちゃ駄目よ、香澄。あの反応を見る限り、真田君は卵焼きはしょっぱい派ね」


「ほ、本当……?」


 バレた。もちろん美味しいは美味しいのだが、好みとは確かに違う。とは言えそれはわざわざ言う事でもないので隠そうとしたのだ。普段は察しの良い吉井も、褒めれば浮かれて少しはその辺りのセンサーが鈍ってくれると思った。そして実際にその目論見は達成したのだが、伏兵として同じく察しの良い相方が死角をカバーするために居たのだ。良いコンビネーションだと思います。


「へぇ、お前そんな料理とかできたん?」

「良いなぁ、俺は卵焼きって甘い派なんだよね」


 様子を見ていたレージとショーゴも会話に加わる。レージは付き合いが深い訳ではないものの昔から知っているだけあって少し気安い様子だ。


「むむっ……仕方ない、優介とカナと私のために作ったお弁当だけど、せっかくだからアンタ達にも解禁しようじゃない!」

「ぃよっ! 太っ腹!」


「こっちは僕達の知り合いが作ってくれた物です。みんなで食べなっつって。こっちもいただきましょうね」

「おお、何かオシャレな感じ。カフェ風って言うのかな」


 急速に空気が弛緩して、盛り上がるようになっていったのを感じる。キッカケはもちろん、雪野の言葉だ。先程からちょくちょく助けてくれて本当にありがたい。何か少し下がった位置ながら着実に好感度を稼ぐムーブのような気もするが。


 それはともかく、まったく不思議な光景だ。あの真田 優介という男が、男連中と吉井雪野組という二つのコミュニティと接していて、そして今はその二つが合流して一つのなかなかの大きさのグループになっている。以前の自分に言ってみても信じられないだろう。そもそも魔法云々といった前提も信じられないだろうし。


「ところでショーゴさん、さっきから一人で食べてるそのお弁当は……」

「……聞きたい?」


 問い掛けに対して笑っているような切ないような表情でショーゴは返す。手にしているのは、まるでいつぞや真田が持ってきていたような可愛らしいタイプのお弁当箱だ。


「いえ、大丈夫です。どうぞお一人で完食してあげてください」

「そうする。……ああ、不思議だなぁ。卵焼きが完璧に俺の好みの甘さ……」


 きっと偶然だろうが、何か怖い。


(これは……雪野さんのお弁当か)


 少し考えてから、小さめの唐揚げに手を伸ばす。ベタもベタ、故に外さないチョイスだ。何より真田は鶏肉が好き。


「真田君、どう?」


「……ええ、はい。美味しいですよ、うん」

「そう、良かったぁ」


「マジか。じゃあ俺も貰うぜ、雪野 奏美の弁当!」

「いーや、カナのお弁当は私が食う! 誰が渡すか!」


「あぁっ、何してやがる!」


 いや、本当に何してるのだろう。レージと弁当箱を守るように取り上げた吉井とが睨み合っている。その独占欲は何なのだ。そして真田が食べた時は何故スルーしたのだ。謎は深まるばかり。


 ただ、とにかく一つだけ言える事がある。


(あー、クソッ、楽しいな……)


 それを口に出せないのも、何故か少しだけ悔しい気持ちがあるのも真田の愚かな不器用さ。しかし、気持ちは確かに本物だ。まったく、楽しい時間じゃないか。


 だからこそ、一つだけ。


「……宮村君、お家の人に体育祭の事って言ってないでしょう」

「……ま、言ったら妙に張り切りそうだったからな」


 宮村家の家庭事情は難しい。諸々の経緯があって、以前よりも経済的に余裕は出来た。だが、その経済的な余裕の出処が出処なだけにそれに積極的に頼る姿勢は見せていないという。宮村としては色々な気持ちを汲んでバイトを辞めて学校に通ってはいるが、家族の生活が大きく変わった訳ではないのだ。そんな中、腐っていた事もある宮村が体育祭があるなどと言えば、確かに弁当にも力が入るかもしれない。普通の弁当ならば良いが、力を入れすぎて変な負担になるのは宮村の望む所ではなかった。そんな訳で、本日の宮村のお弁当はおにぎりが二つ。その上、微妙な空気だったせいか会話にも加わらず他の弁当箱にも手を出していない。


「はい、どうぞ。別に喧嘩してるワケじゃないですけど、お昼くらいは何も考えず休戦にしませんか? 楽しい運動会のお昼ご飯はこれで最後なんですから」


 真田は自分が用意した弁当を差し出しながら言う。運動会のお昼ご飯、何だかワクワクする響きだ。そのワクワクを棒に振るのはどう考えたってもったいない。


「……お前が俺の言う事に乗ってくれたらそれで済む話なんだけどな」

「宮村君が僕の言う事に乗ってくれても済むんですけどね」


「フッ……じゃあ、引き分けで休戦するしかねぇかなぁ」

「ええ、インターバルって必要ですよね」


「あーあ、何か急にスゲェ腹減ってきた気がする! よっしゃ、ハンバーグ貰い!」

「何を言ってるんですか宮村君……そいつはチキンハンバーグです!」


「ブレねぇなお前!」


 こうして、楽しい楽しい運動会のメインイベントの時間は過ぎていく……。

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