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第四種目、割符争奪戦!
出場選手はそれぞれ別の半分にされた絵の片方を持ってスタート地点に並ぶ。そしてグラウンド中央に二つ設置されたビニールプールの中に大量に入った絵から自分の持つ絵のもう一方を探し出すのだ!
え? 綱引き決勝? 負けましたが何か?
一応説明はしておこう。先手を取ったのは緑組の方だった。しかも二歩分も有利。そこから青組が本格的な抵抗を始めるも、そのままズルズルと少しずつ緑組が下がっていくだろうと思われていたはずだ。しかし、結果としてそうはならなかった。青組の決死の反撃によって一撃で緑組の選手達の足元が崩されてしまったのだ。中央付近に位置していた真田だが、後ろの方で口々に「マジか、めっちゃ強くね?」「ウッソだろアレ、ゴリラいんのかよ」などと囁き合っているのであった。
最初の勝負? 何それ。綱引きで個人との最初の勝負とかちょっと意味分からないです。
さて、そんなどうでも良い話はここまでにして。次の競技の話に移ろう。それが良い。この割符争奪戦であるが、どう考えてもビニールプール周辺で密集しての壮絶な戦いになる事が予想される。むしろそんな未来しか見えない。そんな競技が女子限定である。何と言うか、怖い。攻めてるなーって思う。
さてさて、この割符争奪戦。真田の数少ない知人の中でもさらに数の少ない女性の知人が二人も同時に出場するのだ。そんな訳で、二人に声を掛けようと真田は集合場所の方へと向かっている。
「ああ、居た……どうも、吉井さん、雪野さん」
「優介?」
「あら……お疲れ様、真田君」
この二人は示し合わせて同じ競技に出場するようにしている。そしてその数もそう多くはない。熱量としてはそれなり程度であるならば、これが一番ちょうど楽しく満喫できる参加の方法と言えるかもしれない。正直に言って羨ましい。真田はそこまでの熱量でもないのに結構な数の競技に出場させられるのだ。どうしてこうなった。
「何でまたこんなタイプの競技に」
「楽しそうじゃない? 私、お宝探しとかそんなのって結構好きよ?」
「あ、雪野さんが出たかったんですね……」
「そーそー、私はカナに乗っかっただけー。て言うか、私が出たがったって思ってたワケ?」
「いや、そんな事は……まあ、どっちかって言うと……」
勝手なイメージではあるのだが、まさか雪野の方がこの競技にノッていたとは思わなかった。穏やかな笑顔を浮かべている彼女ではあるが、その目は何だか爛々と輝いているように見える。意外な所でアクティブと言うかアグレッシブな人だ。
「…………でも、そっか。という事は吉井さんはあんまり乗り気ってほどではないんですね」
「ん? どういうこと?」
「いえ、まぁ何と言いますか、吉井さんが気合入ってるだろうから一位を取る姿が見れると期待してたんですよねー」
「――それ、ホント?」
「――ええ、吉井さんのカッコいい姿が見れるもんだとばかり」
何故か小声で問い掛けてきた吉井に対して同じく小声で返すと、彼女の目の色はハッキリと変わった。とりあえず楽しもうとしていた先程までとは打って変わって、明らかに情熱の炎がそこには宿っていたのだ。
「分かった。……見てて、私、勝って来るから」
「は、はい……期待してます」
騒ぎ出すかと思いきや、静かなものだった。どうやら想像以上に燃え上がらせたらしい。なんかもうちょっと怖いくらいのモチベーション。これはこれで力が入りすぎて不安な感じもある。
そんな事を思っていたら、横から雪野が吉井の袖を軽く引っ張りながら囁いた。
「ねえ、一位になったら真田君に何かお願いしてみたらどう? 例のデートで行きたい場所とか」
「デート……!」
吉井の肩が跳ねる。どうやら今、彼女の中で競技に対する熱とデートに対する欲望が熾烈な戦いを繰り広げているようだ。方法としてはどうかと思うが、一応は力の入り過ぎた状態から脱している……のかもしれない。多分。きっと。雪野が狙ったのかどうかは知らないが。
「……優介、私が一位になったら東京まで行かない? ちょっと、急に小物とか雑貨が欲しくてさぁ」
「…………偶然、同じ物を取ろうとするから運命なんですよ?」
「チィッ、知ってたか……」
盛大な舌打ち。何と考えている事が分かりやすい人なのだろう。彼女は舌打ちをしながら顔を背けたのだが、正直それは真田としても助かった。自分の流した噂が意外と近くまで伝播していた事に焦った表情が一瞬隠せていなかったかもしれない。いやぁ怖い怖い。ちなみに偶然だろうと狙っていようと別に運命とか関係ないです。そんな裏側を知っているせいか何となく冷めた気持ちになるのであまり行きたくない店だったりする。顔出して店主に知り合いみたいな感じで来られても厄介だし。
「うーん、じゃあどうしよっかなー……」
と、考え込みながら呼ばれるがままに出場選手達の群れの後を追って吉井は歩いて行った。後にはとりあえず上手く落ち着いてくれたらしい事に安堵する真田と、その姿を見て苦笑する雪野が残される。
「可愛いでしょ? 羨ましくなるわ、本当に」
「愉快だとは思いますね、少なくとも」
人生が楽しそうで何よりである。今を満喫している人という意味では好感が持てるが。
「それじゃ、私も行くわね。一位とは言わないけど頑張ってくるから……私の事も見てて」
そんな、微妙に反応に困る言い方をして、彼女も去って行った。割と本当にどう返せば良いのか分からない。と言うか何よりも彼女のスタンスが分からない。
何とも言い難い微妙な気持ちを抱えながら、真田は応援スペースへと戻るのだった。
割符争奪戦の順位の決め方は単純だが少しだけ独特。各組から十人の女子生徒が選出され、合計四十人が同時に競い合う。つまりは一回きりの勝負だ。先程の仮装ハードル走と少し似ていて、個人の成績を足して最終的な順位を決める。ハードルはタイムだったが、今回は着順ポイントだ。五位までをゴールに迎え入れるのだが、一位が5ポイント。そこから一つずつポイントが下がっていく仕組み。仮に一位を取ったとしても、同じ組の仲間が他にゴール出来ていなければ簡単に引っ繰り返されるという訳である。無論、複数人がゴール出来るのであれば一位を獲得する事は圧倒的に有利に働くのだが。
《位置についてぇ、よぉぉぉい――》
ピストルの音と共に駆け出す乙女達。もちろん目で追うのは吉井と雪野だが、群衆の中に特に目立つ青とピンクの髪が存在している事も確認。あと、何となく見た事あるような顔があった気もするが、すぐに人混みに紛れて分からなくなってしまった。いや、流石に他者に興味をさほど持たない真田でもすれ違った相手の顔を何となく覚える事くらいはあるが。その類だろうか。まあ、もう見えなくなった相手の事などどうでも良い。とりあえず今は競技の結果だ。
現在の戦況は……端的に言えば地獄だ。四十人の選手にそれぞれ別、全部で四十種類、四十枚の絵が配られているが、プールの中にあるのは全部で二百種類の五百二十枚。競技とはまるで関係のない絵が百六十種類も存在している上に各三枚ずつ。
これは紙の無駄ではないかと思わないでもないのだが、言っても楽しい楽しい行事だ、そこを気にするのは野暮というヤツなのだろう。
激しい乱闘と呼んでも過言ではない体育祭の明るく楽しく愉快な競技に挑む可憐な乙女達。そんな中からいち早く飛び出す一つの人影があった。自分の持つ絵の片割れを見付けたら、それを手にしてゴールへと向かう。そしてそこでチェックを受けて合っていれば無事にゴールが確定だ。
まず最初にチェックを受けるのは……誰だか知らない女子! いや、本当に見覚えも特筆する事もない知らない人である。とりあえず赤組らしい。世の中そんなものだ。こういう時に自分の知ってる人が脚光を浴びるほど自分を中心に世界が回っているはずもない。そんな事を考えていると、トップの女子を追うようにもう一つの影が躍り出る。それはなんと、まさかの吉井 香澄であった。
彼女は何と言うか……妙な勘というか幸運というか、その手の何かを発揮できるタイプだ。欲望を力に換えられるというか。いつぞやのゲームの時も最終的に謎の豪運を味方につけていた。世の中は割と彼女に優しい。いつか揺り戻しでとんでもない目に遭わないか心配である。
ゴールに到着した順、一番は知らない女子。二番は吉井。しかし勝負はここからだ。単純に片割れを見付けるスピードがイコール順位だと思うかもしれないが、この競技は意外と難しい。何せ、たった二つのビニールプールに四十人もの人間が密集して、殺意をむき出しにしながら中を漁っているのだ。そのプレッシャーたるや、筆舌に尽くしがたい。故に、すぐに抜け出したいと思うあまりに少し似ている絵を見間違えたりする事もあるらしい。一説には、ゴールに辿り着いた十人がみんな間違え、その後に幸運にも十一番目に見付けてなんとか到着したフィジカル的には圧倒的に劣っている女子が一位になった事もあるらしい。
そして今年は――
《一着! ――緑組!》
先頭を走った赤組の女子はどうやら間違えてしまっていたらしい。故に一着となったのはその次、正しい絵を持っていた吉井だ。
「――っ!」
彼女は何かを言うでもなく、拳を高々く天に向かって突き上げた。その姿は無駄に勇ましく男前であった。
「おおっ、行けぇぇぇ!」
近くで大きな声援が聞こえてきたのでグラウンドの方へ意識を戻すと、そこには驚きの光景が。自分の絵を見つけたらしい三人がデッドヒートを繰り広げていた。一人は青い髪のミサキ。もう一人は彼女のライバル――元ライバル? のピンク色の髪、アカネ。そして最後の一人は真田のよく知る顔。雪野 奏美である。
(……世界は意外と僕を中心に回ってるかもしれない)
一方的に、ではあるがこんなにも知った顔が立て続けに来るとそんな風に思ってしまうのも仕方がないだろう。とはいえ、吉井も雪野も頑張ってくれる事は分かっていたし、ミサキとアカネもそれぞれに頑張る姿を見せたい人が居る。気持ちの強さが結果に表れているのかもしれない。あと、あのやる気に満ち満ちた感じだと恐らく綱引きの後でショーゴは見事に捕縛されたようである。
肩を衝突させんばかりの激しい争い。最後にそれを一歩差で制したのは――雪野だ。
後で聞いた話であるが、どうやらこの競技で使われている絵はしばらく使い回されているらしい。毎年確認して、ボロボロになっているものだけを新調する事で無駄遣いになる事を避けている。そこに目を付けた雪野は、まず絵ではなく何も印刷されていない裏面を確認した。その部分の劣化具合から確認する絵の枚数を大幅に絞ったのである。それがスピードの秘訣との事。
《二着、緑! 三着と四着が白組です!》
自軍の勝利を確実とするゴールを決めた彼女は、緑組の応援スペースへと視線を向け、そして真田と目が合った瞬間に笑顔で小さく手を振るのであった。いや、本当に……どういう心づもりなのだろう。
一位 青組 170点
二位 緑組 160点
三位 白組 130点
四位 赤組 90点
一つだけ仲間外れな感のあるチームもあるが、トップ争いは激しさを増していた。次に待ち構えるは午前中最後となる熱闘、騎馬戦である!




