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そんなふと訪れた暗い気持ちが真田を少し冷静に戻す。冷静な真田はこんな事を話している場合ではないと気付いた。こうしている間にも時間は過ぎ、少しずつ朝に向かって近付いているのだ。話を変える事は苦手だが、自分が黙った事で一つの区切りがついた今こそがチャンスだと判断して口を開く。
「その、宮村君……えと、ここに呼んだ理由なんですけど……」
「おお、ビックリしたよ。スッゲェ勢いで走って来たと思ったら夜にグラウンド来い! だもんなぁ」
「よ、呼ばれた理由……は、分かって、ますよね?」
「教えてもらう事はできるのか?」
宮村の顔は変わらない。先程までと同じ顔で笑っているように見えた。だが、その目は少し違う。スッと細まったその目は笑っているようにも値踏みしているようにも見える。
「し、質問で、返すんですか?」
「何か思い当たる節があったとして、別の用件を考えてるかもしれない奴に言いたくないだろ? テメェで墓穴掘って変な事になっちまっても嫌だしさ。だからそっちから理由を説明してくれよ。それくらい良いと思わないか?」
つまりは、認めさせるように自分の考えを説明してみろと言った所だろうか。間違いなく真田は宮村に試されている。この段になって確信する事が出来た。
人に向かって説明をする、しなければならない。これに限って言えば実は苦手ではない。苦手ではないと言っても腹を括りさえすれば一応はできると言った程度の話だが。今回、真田はいざという時に白を切られた場合の事を考えて頭の中で台本を作っていた。考えの整理のついでに、質問も想定して纏めてある。その台本に従えば説明する事は可能だ。
「わ、分かりました……では。宮村君を呼び出した理由、まず、今日……と言うか昨日、二人が急に襲われて袖を捲られる事件が発生しました」
「……それだけ聞いてると馬鹿みたいな事件だな」
「えと、はい、確かに……。それで、ですね。これだけを聞くと意味が分からない話ですが一部、この話を理解できる人もいます。僕もそうです。で、その犯人に対して自分からアプローチをしようと思って色々と考えました。まずは狙われる人の法則性です。そこに何かヒントがあるのではないかと思って考えましたが、そもそもまだ二人しか襲われていないので正確なデータは出ません。その二人の事もよく知りませんので、僕が見付けられた共通点は二つだけでした」
「ほう、それでそれで?」
頭の中の台本を読んでいるだけなのでいくらでも長い台詞をほとんどつっかえる事無く話す事ができる。一呼吸入れる時に宮村が先を促すように相槌を打つので乗せられるようにして、真田の口はより滑らかに動き始めるのだった。
「一つ目は男である事。ですが、こんなものは範囲が広すぎて法則とは呼べません。二つ目は学生、高校生、景山の生徒である事。でも、これも否定されます」
「へー、それはどうしてだ?」
「はい。最初に被害を訴えた人は学校の帰りに襲われたそうです。これに問題はありません。次に襲われた人、これが問題です。この人は夜、コンビニに行こうとした時に襲われたそうです」
「へぇ、それに問題があるのか?」
「あります。たとえば学校の帰り、部活の帰りなら服装は制服だと思います。でも夜にコンビニに行く時の服装はどうでしょう。夜、と言うのが具体的に何時の事かは分かりませんが、少なくとも学校帰りとは違います。部活で遅くなったとしてもそれなら帰りにコンビニに寄ったなんて言い方になると思います。つまり、襲われた時の服装は私服だった可能性が非常に高いです」
「んー……なるほど、まぁ分かる」
「ありがとうございます、ここが理解してもらえたのは助かります。……えーと、で、私服だった場合ですね、その人が高校生だと、景山の生徒であると判断する事ができなくなります。つまり、高校生であると言うのは法則とは違う事になります」
「なるほどねぇ……で? 法則なくなっちゃったな」
ここまで説明して真田はフッと息を吐いた。流石にこれほど喋る機会など無かったので疲れている。ここ数年の全ての喋った量を足してもこれほどの長さにはならなかったのではないだろうか。
だが、どうやらこの長い説明は今の所は宮村に届いているようだった。途中に挟まれる相槌がそれを証明しているように思える。そして、長い前置きであったがここからが本題だった。
「そうですね、確かになくなりました。が、ここで安本先生の言葉に注目したいと思います。朝の段階でその他に誰か襲われた人物はいないかと聞いた所、先生の耳にはそんな情報は入っていませんでした。帰りの段階になっても他の生徒が襲われたと言う話どころか外部の人が襲われたから気を付けろなんて話すら出ませんでした。つまり、夜にこの二人だけが襲われたって事になりますね」
「そうだな。そうするとどうなる?」
「はい。申し訳ないんですが、二人しか被害者が出てませんので偶然とも何とでも言えます。なのでここからは少し筋の通った僕の勘と言う事になってしまいますが……僕は同じクラスに在籍しているのが法則なんじゃないかと考えました。夜は長いですが、その間に他の誰も襲われずに同じクラスの二人だけがピンポイントに襲われる可能性は低いんじゃないかと思います」
「ふーん、高校生なのが法則じゃないのに同じクラスなのが法則なのか?」
「そうです。本来は外部の人はクラスなんて分かりません。でも、その犯人がクラスメイトだと仮定すると話は違ってきます。相手が私服でも高校生だと、同じクラスだと分かるんです。何と言っても顔が割れてますから」
「……なるほど、ちょおっと話が見えてきたなぁ」
宮村はまだ余裕と言った様子だ。だが、それでも真田は確信している。そして敢えて犯人の名前は伏せた上で、さらに論を進める。ここから話は核心、つまりは《魔法》に触れ始める大切な部分だ。




