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全ての鍵を握るのは、真田と吉井のAチーム。ザっと脳内で計算したところ、現在の資産は850万ドル。圧倒的に少ないが、正直に言うとこれでも信じられないくらい貯まっている。あらゆる出費を惜しんで、爪の先に火を灯しながら必死に貯めた虎の子の850万だ。いや、リアルで850万ドルもあったら正直日本円にして仕事なんて投げ捨てて細々とのんびり暮らすが。この世界では本当に紙切れ程度の価値しかないのだから仕方がない。まずはこの資産を五倍に、そして最終的には八倍にするのが目標だ。真田、残り28マス。吉井、残り42マス。
「では……『宝くじを一枚拾った』……拾った? 『ルーレットを五度回し、同じ目が出た回数に応じて』……つまり無料で宝くじに挑戦できる、と」
ここまでたまに現れてきたのがこの宝くじマスだ。お金を消費して数枚の宝くじを買う。多く買えば買うほど当たりやすくなるという特徴がある。今回の場合は無料の代わりに難易度は最大という訳だ。
(さて、ここまで無駄にルーレットを回し続けてたつもりはないぞ……)
最初に職業が決められてしまった時からずっと、最後に巻き返す事を狙っていた。繊細な力加減で回転をコントロールする術を研究し続けていたのだ。強化された動体視力で高速で回転するルーレットを見極める。巨大なゲームである上にルーレットで結果を左右するマスが多くて試行回数が稼げたためか、ここにきてある程度は形になってきた。完璧ではないが、それでもこれくらいの成果を出す事はできる。
「4、5、4、5、5……フルハウスは50万ドル、でしたよね?」
同じ目が出た回数で賞金が変動するが、このパターンに限っては三つではなくフルハウス賞。普通に三つ揃えるよりも金額が大きい。
「では、次は吉井さん。お願いします」
「ん、任せて」
吉井のテンションは決して高い状態ではない。だがこれは集中を高めているためだ。彼女はもちろん、真田のような方法を実行する事は出来ない。それでも少し、期待していた。
オカルトとでも何とでも言うが良い。この場には間違いなく、運の流れのようなものが存在している。そう考えなければ明らかに上下の差が大きすぎる。その時々の運の良い悪いはあるだろうが、そんな程度では説明できないレベルだ。Cチーム、主に和樹が持ち前の幸運で場の流れを引き寄せて独占していたのだ。改めて言おう、オカルトとでも何とでも言うが良い。
このゲームはプレイヤーが抜けていく。つまり運が流れる先が減っていくのだ。最終局面に至って、プレイヤーはたった二人。そして最も運を味方に出来るのは、ここまで最も運とは縁遠かった吉井に他ならない。中途半端に運に乗れていた真田よりも受け入れる余地が多くある。
何を言っているのか分からないだろうか。だが本当に、これは肌感覚だけではなく、厳然たる事実だった。
「合計で30、100万ドルは貰ってくから」
既に退職マスを通り過ぎていた吉井は、10マス先にあった給料日マスを一撃で確実に捉え、そして遂に大当たりを出して見せたのだ。信じられるだろうか。ここまで圧倒的に引き離されていた彼女が、急に四回連続で最高値の10を出したのだ。これを偶然と切り捨てるのは簡単だ。だが、そこに何かあるのではないかと考えずにはいられないほどの出来事。そして、基本的にはデジタル派と言って良い真田でも最もこの状況に適していると思わざるを得ないのが運の流れ。
もう分からない。この世に説明できない事なんて山のようにあるのだ。これもそんな山の中に投げ捨てて、今はとにかく勝利を目指せ。
Aチーム所持金、1000万ドル。
そこからの二人はまさに快進撃と呼ぶべき大躍進だった。ルーレットを操る者と、最後の最後に運に愛された者。そんな二人にルーレットの出目が全てのゲームをやらせたら、そりゃこんな具合になる。
「おっと、どうやら宮村君は生前に僕の誹謗中傷を繰り返していたらしいですね。それが明らかになったらしいので、今更ながら慰謝料をいただきます、500万」
「私はテレビに出演、ギャラはルーレット一回ね。10だから100万ドル」
「僕の新作が大ベストセラー、増刷に次ぐ増刷で150万ドルいただいていきます」
「特殊イベント、一回でも大当たりを出したらルーレットの中身が変わるのよね? ……8、CMに出演で250万ドル。次の給料日で一度でも10を出せばまた250万……うん、最高に上手くいけばこれが一番稼げる」
これで所持金は一気に2000万ドルに到達。さらにCチームの資産も少し削った。Cチームはこれで6000万を割った。つまり、今の所持金を三倍にすれば見事にトップに躍り出て奇跡の大逆転優勝が待っている!
「吉井さん、分かりますよね?」
「うん、アレだよね」
意思の疎通は完璧だ。二人の目は大きな一つのマスを見ている。ゴールまで20マスといった場所にある『人生最大の勝負』マスだ。
ここまで資産という言葉と所持金という言葉の二つを使ってきた。正確な意味合いとなるとまた違うのかもしれないが、資産はこの場では最後に精算する家や車などを含めた金額。所持金というのは読んで字の如く所持しているお金。つまりはイベントなどで大量に行き交う紙幣の事だ。
Aチームの二人は2000万ドルも稼ぎながら、未だに安アパートに家賃を払い、自転車を乗り回している。それがどういう事か分かるだろうか。彼らはその資産のほぼ全てが紙幣で埋め尽くされているのだ。
『人生最大の勝負』というマスは強制ストップではあるが、イベントを起こさないという選択もできる。発生するイベントは、所持金をベットしてルーレットを四度回し、全て10を出し続ける事ができたならば三倍にして返ってくるというものだ。
即ち、純粋な所持金だけで2000万ドルを持っているAチームならば、Aチームだけには勝利の道が繋がっているのだ!
「信じられません……ここにきて、まだ勝つ可能性が残されているなんて……」
「ったく、最後まで油断できねぇなぁ」
「だが、それでこそ我が宿命の宿敵である!」
「香澄はさっき四回連続で10を出してる。成功は決してあり得ない話じゃない……」
誰もがゲームを終えて、ダラダラと進んでいたプレイヤーを待ち侘びる。そんな状況だったはず。それなのに、この場は静かながらも妙な盛り上がりを見せていた。六人で戦っていた時よりも熱が渦巻いているかもしれない。
「さあ、前髪クン。強制ストップだ。どうする? 挑戦するなら吉井サンもワープしてくる」
真田の目の前には大きなマスが。ルーレットを回すまでもなく到着だ。ここで真田は勝負に挑むかどうか選べる。吉井がワープすると考えると、ここは一旦スルーしてマスを回収し終えた吉井にパスをするというのも手だ。先に進んでいる場合はワープで戻される事はしないらしい。
ただ、ここで気にするべきは真田のルーレット操作も確実に成功する訳ではないという事。今も少しずつ精度を増しているつもりだが、先程の宝くじだって可能ならばフルハウスではなく五回全部同じ目を出したかったのだ。
それを念頭に置いて見ると、この先は激戦区だ。稼げそうなマスもあれば、大きくお金が出て行きそうなマスもある。悩みどころだ。今、手元に残っている勝算は、所持金が2000万ドルに乗っているからこそだ。これが仮に割ってしまったらと思うと、引き延ばしのパスは必ずしも上策であるとは言い切れない。確実に2000万ドルを持っている今だからこそ勝負に挑むべきであるとも言えるのだ。
「…………ん、挑戦します。吉井さん、駒貰いますよ」
ルーレットの回数が四回である事には理由がある。必ず二人で二回ずつ回すのだ。吉井の好調は運の流れであって、根拠を言葉で明確に言い表せるようなものではない。ならばこの流れは切らさないべき。
「良いだろう、それじゃあベットする金額とルーレットを回す順番を決めてくれ!」
「金額は2000万、順番は……」
「交互にしよ? ほら、その方が一緒にやってる感あるし」
「交互……ですか。そうですね……はい、そうしましょう。じゃあ吉井さんから、お願いできますか?」
「オッケ、任せて!」