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暁降ちを望む  作者: コウ
降誕のワイズ
284/333

 真田 優介は歩いていた。しかしただ歩いているだけではなく、その手は数学Ⅱの教科書を広げて、その目は書いてある内容に真っ直ぐ向けられている。歩き教科書。マナーとしては良くないが、歩いているのが学校の廊下の端っこなのだから少しは減刑の余地があると思ってもらいたい。腕を壁に擦り付けてもう学ランの二の腕の辺りは真っ白だ。


 高校生にとって最も大きなイベントが何かと問われたならば、その答えは人それぞれ違うだろう。だが、最も大変なイベントを問われれば大きく分けて一つの意見が圧倒的に優勢になるはずだ。即ちテスト。


 中間テストが近い。もう少しするとやって来る体育祭、その前に実施される。具体的に言うとテストが終わったその翌週頭から準備が本格的に始まるのだ。イベントが詰まったこの時期、どれよりも最初に襲い掛かって来るイベントが中間テストであると言える。逆に言えばそれさえ終われば後は楽しいばかり、真田にとっては逆の逆で地獄のロードの幕開けだ。


「マジメに勉強してんなぁ、だっちゃん」

「結局は暗記だけで何とかしようとしてるんですから、真面目ってワケじゃないですよ」


 隣を歩くのはレージだ。選択授業で美術室に向かう道すがらの事、内職する気満々でいる真田を見て一緒に美術を選択しているレージは感心したような声を掛ける。真田も口ではこのように返しながらも、自分も随分と真面目に勉強をしているものだと内心少しは思っている。中学生の段階でテスト勉強というものを諦めて授業中に耳に入った内容と極めて単純な教科書の丸暗記だけ戦ってきた男が、こうしてちょっとした時間まで使って勉強をしているのだから、そう思っても仕方がない。少しくらいは成績を上げる努力でもしてみようかと考えた結果の行動である。


「てか、数Ⅱの暗記って何」

「もちろん丸暗記は死にますよ。解き方覚えて、問題集あたりで出題パターン覚えて、どんな応用した形で出題されても対応できるようにすりゃ数学だってある程度は暗記科目です」


 などと知ったように語るが、根本的な勉強に対するモチベーションが低い真田からすると数学もそれで戦える相手であると信じるしかない状況なのだ。唯一の武器が活かせる事を祈り続けている。冷静に考えると普通に数学の勉強をするのと変わらないのだが、様々な問題を解いて覚えるのではなく、ひたすらに読んで覚えるというアプローチをする事で真田も若干のやる気が出る。単純な男だ。


「いやー、勉強……してねぇなぁ……やりたくねぇなぁ……っ!」


 レージが呻くように言っている。これはマジで勉強をしていないトーンだ。真田でも分かる。勉強をしていない、よりも勉強をしたくない、の方に対する感情が圧倒的に強い。


 いかにも高校生然とした、まあ特に得られるものは無いがそれで良いような会話を繰り広げながら、まだ時間的に余裕があるためダラダラと特別教室棟に向かう渡り廊下を真田の歩調に合わせて歩く二人。そんな二人の後ろから、唐突に声が掛けられた。そしてその声は真田の記憶にないものであった。


「おいすー、礼次ぃ」

「んあ? おー、ダマリン先輩じゃないっスか。おいすっスー」


 親しげに返事をするあたり、どうやらレージの先輩らしい。いや、つまりは真田にとっての先輩でもあるのだが、つい最近まではクラスでも話す相手が居なかったのだ。部活に入っている訳でもないのだから先輩も後輩も付き合いは一切無い。


 なので、背中を向けたままというのも感じが悪いと自分も体を反転させて一瞥してからレージの陰に隠れるような立ち位置を取って教科書に目を落とす。短髪で細身、それでいてそこそこ筋肉量がある。そこだけならば何となくスポーツマンといった印象の男であったが、髪色は日の光を受けるまでもなくハッキリと茶色に染まっており、学ランもラフに着崩して全体的な印象としては不良か遊んでいるタイプのように見えた。どうも近頃はこうして初めて見た相手の特徴を観察しようとする癖が付き出した。もちろん戦うにあたって便利な情報であるが、一般的にはあまり良い印象には繋がらないかもしれない悪癖だ。


 ともかく、積極的に絡みたいと思うような相手ではない。苦手な部類だ。しかし、そう思った時ほど自分にも話が振られてしまうのだ。


「二人とも、数Ⅱで移動教室?」

「いやいや、こっちが勉強してるだけっス」


「あー、テスト前だしな。お前の友達にしては真面目じゃん」

「や、ショーゴなんかもそれなりに真面目にやってるスよ? あー、この人、陸上部の先輩だったダマリン先輩な」


 出来れば勝手に話を二人で進めてくれたならと思っていたのにわざわざ紹介をしてくれた。ありがた迷惑、と言うと迷惑メインみたいなので迷惑ありがたと表現しておきたい。


「ダマリンって言うなっつーの……オレ、児玉 修一な。陸上部は今はもう辞めちゃったんだけど。ヨロシク」

「ぅぁ……っと、さ、真田 優介です……よ、ろしく……ぉねがいしま……っす」


 最近は知っている人達に囲まれ続ける環境だった事、苦手な人種だった事、極め付きは先輩という属性が普段よりもさらに真田の緊張を加速させてしまっていた。声のトーンも上下するわ言葉もいちいち途切れたり跳ねたりするわ最悪の自己紹介である。

 そんな様子を真顔で覗き込むようにしながら見ていた児玉だったが、唐突に破顔して真田の頭の上に手を置き、髪を掻き乱す。


「なぁっ!?」

「いやぁ、はっはっは! よろしくな、優介!」


 素早く逃れてレージを挟んで反対側へ移動してから身構える。正直、あまりに咄嗟だったのでその時のスピードは若干人間のレベルを超越していたかもしれない。スキンシップがあるタイプの人間だ。属性だけでなく性格まで苦手な人間である。


「ほらほら、だっちゃんはそーゆーの苦手なんだから。あーもう、威嚇しちゃってる」


 もはや真田はそこそこ重量のある前髪が持ち上がらんばかりに気が立っている。全身の毛や尻尾まで逆立てた動物ばりの警戒心だ。


「お前は賑やかな友達連れてんなぁ、マジ」

「先輩がムリヤリ賑やかにしてんでしょーが、まったく……」


「賑やかと言えばさ、昨日二年の辺りスゲェうるさかったんだけど、アレなに?」

「昨日? あー、体育祭の種目とか決めてた。テスト終わってからスムーズに準備とかできるようにって」


「ああ……三年もピリピリしてるヤツ多かったりするから気をつけろよーって言おうと思ったけど、しゃあないよなぁ。俺らは体育年たいくどしだけど、お前らは最後だし」

「でっしょー? まあ、学年全体で時間合わせてたんで、もう無いからさ」


「……体育年?」


 普通に会話を繰り広げている二人の傍らで真田が聞き慣れない言葉に首を捻っていた。まるで世界の常識だと言うほど当たり前の顔をして話している二人だったが、先輩との付き合いが無い真田は学校内の了解的なものに疎い。クラス内での話も耳に入る事はあるが、意味の分からない単語は記憶に留めないのでサッパリだ。


「そ、体育年。去年は体育祭なかったろ? だからお前らは文化祭を二回やる文化年。俺らは体育祭が二回ある体育年」


「日本語の乱れが……」

「それは言いっこナシだ。語呂が良いんだから気にしちゃ負けなんだよ」


 まるで何の理由にもなっていないのだが、力尽くで文句をねじ伏せられる。納得なんて少しもしていないのだが、だからと言って反論を重ねられるほど押しの強いタイプではないのである。ちょっともう黙る事しかできそうにないです。


「で? ダマリン先輩ってば、そんな俺らに言ったところでどーしよーもない苦情を言いに来たの?」


「あー、いや……ちょっとそれは、前置きっつーか、切り出し方に悩んだっつーか……」

「何かあるんスか?」


 これまでの様子が嘘のように児玉は随分と大人しくなって口ごもっている。何事か込み入った話かもしれないと思った真田はその場から離れようかとも思ったが、、そういう訳にもいかない。何故ならば。


(口挟んで良いのかな……いや、邪魔するのは良くないんじゃ……や、でも……ううん……)


 何も言わずに勝手に居なくなるのは避けたい。だが、口を挟めない。真田はそういう人なのだ。人が話している時に口を挟めないのだ。そんな訳で、ちょっと外してくれと言われるまでは影のようにその場に待機する事に決める。聞かれてはいけない事を真田に聞かれたのだとしたら、それはもう排除しなかった二人の方が悪い。絶対にそうだ。


「トモヤが俺ん所に来てさ、ちょっと相談を受けたんだよ。もう部と関係ないし、距離感ちょうど良かったのかな。そんで、まぁ……俺にはちょっと難しい話だったから、顔の広いお前に持っていこうと。その内容ってのが……」


 そう言って児玉が顔を寄せて耳打ちする。真田には聞こえない。口を挟む必要も、わざわざ移動する必要もない。非常にありがたい配慮であった。このまま他人事のまま話が終われそうだ。そうすればもう少しで学校にも来なくなって卒業する児玉とは縁を切ってしまえる。


 そんな事を考えていたら気付けなかった。それはまさにフラグとしか呼べないような思考なのだ。


「あー……そういう…………そうだ、だっちゃんに言ってみたらどうスか?」

「は?」


「聞いた感じ、普通にどうこうするのは面倒そうだし。じゃあだっちゃんなら面白い事できそうじゃないかなって」

「は? はぁ?」


「……悪くないかも。優介、次の日曜って空いてるか? 空いてたら付き合ってほしいんだが!」

「え、えぇー……」


 異様なまでのトントン拍子で進む話。よく分からない内に自分が一気に巻き込まれてしまっている。


 当然のように真田には予定があるはずもなく、あまりにも唐突だったので嘘を言う事もできず。なんやかんやで日曜日を迎える――!



 日曜日、風見駅前のハンバーガーショップの二階ボックス席。駅前の様子を窓から見渡せる場所に三人は居た。


「ショーゴは予定あって来らんねぇって。暁は?」

「お世話になったバイト先で従業員が二人も一気に逃げたらしいですよ」


「大変だなー、アイツ」


 学校にもろくに来ない不良扱いをされていた宮村がどうして学校に来ていなかったのか、その理由を大まかには話してある。お金が必要でバイトをしていたという程度であり、何故お金が必要であるのかは深刻になりかねないので言ってはいないが、とりあえず大切な事情であるという事は伝わっているようで受け止めてくれた。


「まあ、オレとしては二人が手伝ってくれて安心してるよ。マジでオレには、ねぇ?」

「はははっ、どの口がってのもあるっスけどねー」


 二人が話している事はよく分からないのでとりあえず視線を外に向けて、しきりに髪に隠れた耳を気にする男の観察をする。


 この男が例のトモヤである。こうして真田とレージがこうして集められた理由はこの男にある。簡単に言えば痴情のもつれだ。あるいはもつれてすらいないと表現するべきか。


 トモヤには幼馴染の女の子がいた。成長してもその仲が疎遠になる事もなく、ずっと一緒であったらしい。しかしその関係は恋人という形に決定的に変化する事はなかった。いつまでも変わらず仲の良い幼馴染のまま。

 そんな二人の前に転入生として現れたのが一人の女の子だという。彼女は以前、車に轢かれそうになった所をトモヤに救われ、それ以来ずっと想いを寄せ続けていた。そんな彼女の出現によってトモヤと幼馴染の関係も動き始め、三角関係が始まった――は、良いが、それからというもの何だかんだで一年が過ぎ、今となってはまるでお話が動く様子を見せなくなったとの事だ。

 もうすぐ幼馴染の誕生日。いい加減に結論を出さなければならないと思ったトモヤはその日に合わせて答えを出そうとしているのだが、優柔不断が過ぎる所に悩んで児玉に話を持っていき、今に至る。


 なんかもう、どこぞのゲームか何かにでもありそうな話だ。思わず胸焼けしてしまいそうなエピソード。このムカムカする気持ちはきっと胸焼けのせいだろう。そうに違いない、他の意味でのムカつきなんてあるワケない。


「さーてと、そろそろ時間だよな」


 児玉がテーブルの中央に携帯電話を置く。これから今日こうして集まった目的、一大イベントが始まろうとしている。


「遂にダブルデート、ですか……」

「ダブルデートって普通四人じゃね?」


「普通の状況にない人に普通を説くのはナンセンスですよ」


 レージによる正論ツッコミなど意に介さず切り捨てる。今から行なわれるのはダブルデートなのだ。トモヤと幼馴染、そしてもう一人の少女による三人の。敢えて言葉を生み出すとするならトライアングルデート、トライデートだろうか。でも何だか長いし言いにくいし響きがほぼ『プライベート』と同じでモヤモヤするからこれで良い。これは気を持たせるだけ持たせる二股野郎のデートなのだ! なお、気を持たせる云々に関して真田サイドは一切の反論を突っぱねる所存。


「そんじゃ、いくか!」


 そう言いながら児玉が携帯の画面に触れた。遠くからだと知っていないと分かりにくいが、先程から気にしてトモヤが触り続けている耳、髪に隠れてはいるが少しだけ白い物体が短く伸びているのが見える。そう、ワイヤレスのイヤホンだ。片耳にだけ装着している。


 こうして遠隔から指示を出す。ビデオ通話の状態でトモヤには携帯を胸ポケットに、カメラを出した状態で入れておけば状況は筒抜けという寸法である。いわばテレビ番組のドッキリのモニタールーム状態。これほど手軽に出来るとは、時代は進んでいる。なお、トモヤには撮影の許可を貰った上で、後から相手方で問題があれば責任者としてプライドを捨てる事を厭わない真田が土下座を敢行予定。他人に聞かれたくない話が始まりそうになったらその段階で迷わず通話を切るようにと言い含めてある。また、トモヤにはモバイルルーターを与えてあるのでギガの心配は不要。トラブルの種は色々と想定して潰しておくスタイル。


『も、もしもし……皆さん、今日はよろしくお願いします』


「ああ、こっちこそよろしくな」

「任せとけってトモヤ、ちゃんと頼れる助っ人を連れてきたからさ」

「トモヤ君? 少しカメラの角度を上向きに……そう、ありがとう。僕はワイズ、今日はよろしくね?」


『は、はい! お願いします、ワイズさん!』


「……だっちゃん、顔見えない相手には結構上からいけるんだな……」

「うっさいですよ、だっちゃん言わない」


 ツッコミという名の率直な感想は取り合わない方向。上とか下とかいう話ではなく、顔が見えない、相手からすればどこの誰なのか分からないのだから緊張して話す必要もないのだ。少しばかり強気になるのも当然。


「つーか優介、その名前どっから出てきたんだよ……」


 ワイズという名前、説明しようと思えばユウスケ・サナダの頭文字を少し捻って読んだ結果というだけの簡単な理由だ。だが、ちょっと捻ったハンドルネームの由来を説明する事ほど恥ずかしい事があるだろうか。なのでここは無言。断固として無言。ちなみに、普段からこのような名前を使っている訳ではない。あくまで顔と名前を隠すにあたって急遽考えたものだ。一応このように記しておかないと、自分で自分を賢いと評しているようで何か嫌だ。


『そうだ、報告しておかないといけないんですけど、アカネ……幼馴染の方ですが、実は成績があまり良くなくて学校に呼ばれて課題をやらされてるんですよ。それに思ったより苦戦して、少し遅れて合流するそうです』


「マジか。ワッちゃん、何か問題あったりする?」

「ワッちゃん……いえ、まあ、むしろ好都合かと。一人だけ相手にする時間があるのは助かります」

「ワイズが言うにはそうらしい。そのもう一人の子はそろそろ来るのか?」


『もうすぐ十分前なので、性格的に……あ、来ました。では失礼します、お願いしますっ』


 カメラが勢いよく横に動く。すると道の向こうから駆け足で近付いてくる女性の姿が。どうやらそれがトモヤの待っていた相手のようだ。幼馴染は後から来るので、一目惚れの転入生の方だ。



「すまない、トモヤ君! このナシダ ミサキともあろう者が、せっかくのお誘いなのに待たせてしまった!」

「大丈夫だよミサキさん、まだ十分前じゃない」



「「「なるほどぉ……」」」


 二人がちょっとした挨拶を交わしている間、思わず声を揃えて言ってしまったモニタリング中のボックス席の三人は携帯電話を少し遠ざけ、顔を寄せて小声でささやき合い始めた。


「ほい集合。どうよ、あの子」

「いや、どうって聞かれてもアレっスけど……まあ、可愛いっスね。トモヤをブッ飛ばしたいくらいには」


「え、何で髪青いんですか。染めたんですか、ロック過ぎじゃないですか」


 真顔で真田が口にすると、「あー言っちゃった」的な空気が漂い始める。他の二人もかなり気にはなっていたのだ。なんとなくボーイッシュな喋り方。それとは裏腹に服装はガーリーで、少しウェーブのかかったロングヘアがよく似合う美少女。だが、髪が真っ青だ。割と鮮やかな青。黒っぽい紺とか、そんな逃げの青じゃない。攻めに攻めたガチ青。普通に町を見かけたら「コスプレで町中を闊歩してやがる」と思うレベル。けど一応デートなのだし、多分コスプレやウィッグじゃない。地毛だ。青地毛。とりあえず顔も合わせた事の無い彼女に対して心の錠前を二つほど増加する。


「まあとにかく、一発目の指示出しいっときますか」

「何を言う気なんだ?」


「間接的にではありますけど、あの人と話すのは僕なワケじゃないですか。でも僕には情報が無さ過ぎる……なので、手始めに最重要な情報を得たいと思います」


 そう言って真田はテーブルの上の携帯、そのマイクの辺りを指の第二関節で二度軽く叩く。この後に言うべき台詞を教えるという合図だ。そして出来る限り聞き取りやすいように集中しながら息を吸い込んで――



「しっかし秋やっちゅうのに今日はホンマにあっついなぁ! こら敵いまへんでぇ!」

「ト、トモヤ君……?」



「「なんっでだよ!」」


 二人から頭を引っ叩かれながら総ツッコミ。しかし真田の側にも言い分というものがある。叩かれたままではいられない。


「どうやらミサキさんはあの口調に嫌悪感を示しています。即ち彼女は関西人である事がハッキリしました!」

「急に様子がおかしくなって引いてんだよ!」


 どうやら共感はしてもらえないようだった。彼女が関西人であるか否かはとても大きな情報なのだ。そしてそれはこの手で確実に見極められるはずなのだ。なのにどうしてこの二人はそれを理解しようとしないのか。まったく嘆かわしい気持ちでいっぱいだ。


「さて、ミサキさんが関西人という事でこの後の話の展開が変わってきます」

「別に関西人って決まったワケじゃ……いや、だっちゃんに頼んだのは俺だからもう何も言えないけどさ……」


 レージ陥落。もはやこちらからのツッコミは完全に無視してしまって大丈夫だ。真田はこういう人間なのだ。人の気持ちが分からない人間に恋愛の機微にあれこれ関わらせる方が間違いなのである。責任の所在の分散。


「ここで重要なのは関西人である彼女に対しどのような話題をチョイスするか、です」

「はいはい……そんならアレじゃねぇの? ほれ、タ○ガースとかさ」


 児玉ももはや関西人を前提として進められようとしている話に投げやりな返事をする。勘違いされたくないが、真田は適当に言っているのではない。それなりに真面目に考えてこのような展開を選んでいるのだ。だからそんな雑な答えは決して認められない。


「何を馬鹿な事を! 真面目に考えてくださいよ!」

「お、おう……?」


「オリッ○スのファンだったらどうするんです! 下手にそんな話を振ったら喧嘩になりかねませんよ!」

「そこかよ。ファンのチームの問題かよ」


「ほら、髪とかブルーでウェーブですし。名字もめっちゃバファロー感ありますし」


 もう理解が及ばないという気持ちが二人の視線に大量に含まれている。改めて言うが、真田は思っているよりもかなり真面目に考えているのだ。かなり本気で懸念しているのだ。リスクヘッジに全力なのだ。


「大切なのはトモヤ君のスタンスです。あまり田舎者を丸出しにして下手に出るのは良くありません。しかし東京感を出すと相容れない可能性が高く、関西に寄せるとしても京都や神戸の感が出過ぎたら他の地域と敵対関係になりかねない……つまり」


 そろそろ無を通り越して何を言い出すのか、何を言っているのか気になって言葉の内容を咀嚼するように頷きながら聞いている二人を尻目に、真田は再び携帯電話に手を伸ばす。



「ところで僕はミカンが大好きなんだ。最高だよね、温州に有田……あっ、あとラーメンも好きなんだ。豚骨醤油の」

「へ、へぇ……そうだったのか。前に聞いたのと違う気がするけど……よく覚えておくよ」



「和歌山の寄せ方雑かよ!」


 真田は真面目である。ただ少しばかり突飛な言動をしているかもしれない。かもしれない。だとするとその理由は、休日に集まって遊んでいる状況にちょっぴり浮かれているからだろう。楽しんでいる事は楽しんでいるのだ。たとえ集まっている内の一人がそんなに顔を合わせた事もない先輩だったとしても。


「だっちゃん、何でチョイスが和歌山なんだよ」

「奈良だと都マウントの感が出ますし、それにアレ、あそこだと琵琶湖の水止めるくらいしか言える気がしないんで」


「ナチュラルに滋賀って言えないの止めろって……」


 もはやこの席の会話が何よりも関西の方々に喧嘩を売っているような気がする。楽しくなっちゃってブレーキの存在を忘れ去った真田は怖いものなしだ。

 なんて話の隙間から何となく電話越しの声が聞こえてくる。


『パンダなら上野よりもアドベンチャーワールドだよ。どれだけパンダ産んでるか。そう言えばミサキさん釣りがしたいって言ってたよね。マリーナシティには海洋釣り堀があってね?』


「「「和歌山アドリブ凄いな!」」」


 まさかの熱い和歌山推し。トモヤは知らない間に一切の指示を受ける事もなく和歌山トークを繰り広げていた。


「え、何ですかこの人。変な闇とか抱えてるんですか」

「落ち着け優介! 和歌山の知識がある事は闇じゃない!」


「先輩、これからアイツとの付き合い方が変わるかもしれないっス」

「なんでだ!」


 デートは続く……

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