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暁降ちを望む  作者: コウ
プロフェッショナルの体育祭
281/333

 真田 優介は睨んでいた。


 誰を? と問われたなら、その対象は人ではないと答えるしかない。平時から人を睨んで生きていくようなパワフルでワイルドな精神性は持っていない。むしろその手のいちいち普段から誰か睨んでいるような肩で風切る系の人間を内心ではとんでもなく馬鹿にして、しかしながらその気持ちを表には一切出さずに生きているのが真田 優介という男である。


 もちろん相手を睨むべき状況というのも時には訪れる。そして厄介な事に真田はそんな状況が人よりも少しばかり訪れやすい。そんな状況を何度となく経験して、それでも根っこの人間性はそう簡単には変わらない。睨み慣れとでも言うべきか、そんな事は起こらないのだ。真田が普段から睨めるような対象は何かしらの物体、それも自分一人の部屋の中でだけ。とんだ内弁慶鶏肉野郎なのだ。


 さて、そんなチキン真田が何を睨んでいるのかと言えば、壁に掛けられたカレンダーである。日々の用事が記入できるようになっている、枠の大きなカレンダー。正直に言って、真田にそんな物は必要ない。記憶力もそれなりに確かで、書かなければならないような予定も少なく、そもそも今時は携帯電話で管理すれば良い。真新しいスマートフォンを手に入れた今ならばなおさらだ。しかし、こうして壁掛けカレンダーを使うのは習慣なのである。生家に居た頃、両親と共に暮らしていた頃からの。これが落ち着くのだから仕方がない。


 ただカレンダーを見るだけなら眺めているとでも表現すれば良いだろう、わざわざ睨んでいると言うのにはそれなりの理由がある。

 世間はすっかり秋の気配を見せ始めていた。秋。行楽の秋。落語家でも中華屋でもない。いわばレジャーだ。確かにレジャーには適した季節と言える。暑さが落ち着き、寒いと言うほどでもなく、残暑次第の部分もあるが夏に向けて気温が高くなっていく春よりも過ごしやすい。花粉症も春のスギだけという人も多いだろう。だからだろうか、秋という季節は不思議とイベントが多いように感じられる。イベントと言ってもそれは自らが起こすものではない、勝手に訪れてくる類のイベントだ。またの名を学校行事という。


 自分で起こすようなイベント、例えば旅行などは当然だが自分で動かなければ起きない。だが、学校行事という存在は勝手に向かってくる上に参加をほぼ強制される。なんて厄介なのだろう。学校はいつだって多くのイベントを運んでくる。特に秋はそれが集中しているような気がするのだ。


 直近にあるイベントとしては、アレだ。生徒達が縦割りのいくつかの組に分かれ、競い合い奪い合い殴り合い、途中で踊り狂ってみせたりお手々を繋いでみんなでゴールしたり、最終的にはみんなで青春を謳歌してますよアピールを全開にする。そんな様を陰の気を纏う者は必死に邪魔をしないように責任を負わないように気を遣いながら一日を好きでもない太陽の下で過ごす。つまり体育祭だ。


 何となく分かるかもしれないが、真田は体育祭、あるいは運動会に対して良い感情を持っていない。身体能力的にも性格的にも。まあ、その辺りはベタな話で容易に想像もできるだろうから割愛。


 溜息を一つ、外に出るための準備を始める。今日は晴れた良い天気だ。こんな天気が体育祭の後くらいまでしばらくは続くらしい。過ごしやすくて結構な事だ。別に雨が降ってくれても構わないのに、とは口にしない。心の底から思っているし時には態度にも出すかもしれないが、口にはしない。それが真田の生き方である。

 出掛ける前にもう一度、カレンダーを一睨みしてから玄関へ。気が重くなってくるようなイベントが目白押しのカレンダー。それを見る目は、履き潰してボロボロになったスニーカーを見る目によく似ていた。


「――あぁ、もう……きったねぇ」

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