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暁降ちを望む  作者: コウ
一歩踏み出す今日
27/333

 真田 優介は前を向いていた。物理的には下を向いていることが多いが、主に精神的に。


 腕輪を手に入れてから四日目。まだ一週間も経過していない。それでも真田にとって様々な事が起きた。魔法の戦いに巻き込まれ、少しずつ変わっていったと思え、そして何よりも変わりたいと思い、それを行動に移そうと思えるようになった。

 真田にとって学校に行く事は決して楽しい事ではない。学校に友達もいなければ授業で得る事も無い。これまでは行きたくもないのに惰性だけで仕方なしに行っていた。しかし、この日は違う。

楽しい事など何も無いと分かってはいたが、それでも惰性ではなく自らの意思で学校に行こうと思えた。もしかするとこれは《変わりたいという意思》によるものなのかもしれない。そう思うとこれも意思力を使った魔法なのではないかと思えてくる。


 身支度もそこそこに家を出る。数日前に駆け抜けた道を歩き、学校へ。少々距離はあるが、高く晴れた青空の下を歩くのは性格には似合っていなくてもなかなか悪くない気分であった。


しかし、そんな気分はすぐにどこかへ消えてしまう事となる。具体的に言えば教室に入り、自分の席に座っていつも通りにジッと座ってホームルームを待っている時の事。


「おいマジかよ、どうしたんだよ!」

「うえっ、いったそ……青くなってんじゃん」


 そんな二人の男子生徒の声が教室の一角から聞こえてきた。着席し、顔は机の表面を見つめるようにうなだれたままで、チラリとそちらへ視線だけを送ると喋っていた二人の他にも席に座った男子生徒がもう一人、口を開かずにそばに立っている男子生徒が一人。名前は覚えていないが、四人共にクラスメイトであるとは判別できる。


 その席に座っている男子生徒は詰襟を脱ぎ、シャツを捲り上げて腹を見せているようだった。会話の流れから察するに、どうやら何かしらの怪我でもした様子だ。そんな声を聞き付けてクラス中がにわかにざわめき始める。


「いやさ、昨日ちょっと寄り道してたら暗くなったんだわ。そんで急いで帰ってたら急に何かドカーンって殴られてさぁ! いってー! ってなってたら何か知らねぇけどフードにマスクした奴が袖捲ってきやがって! 全っ然、意味分かんねぇの!」


 大声でまくし立てるように話すその男子生徒はまるで名誉の負傷、英雄にでもなったかのような騒ぎだ。どんな奴だったか、何で袖を捲られたのか。質問が飛び交うが、そのどれに対してもまともな答えは返せていない。自分がどんな風に思ったか、自分がどんな行動をしたのかと言ったような自分主体の事しか言えない。分からない事、理解できない事が多すぎるのだ。


 しかし、真田にはもしかすると理解ができたかもしれない。真田は頭を全力で回転させる。先程の話を要約するとこういう事になるのだ。


(つまり、『夜』に急に襲われて、袖を捲って『腕』を確認されたって事か……これってまさか……魔法使い?)


 もちろん、断定するには早い。だがこれが事実だった場合、由々しき事態でもある。つまり、関係の無い人間を襲って動けなくしてから魔法使いであるかを確認する、そんな《通り魔》が現れたという事になるのだ。


 その通り魔に対する怒りや正義感と言った意味では、真田にその意識は極めて薄い。相手を選ばずに襲う行為は間違いなく悪いと思ってはいるが、魔法使いが相手とは言え暴行事件として警察が出て来るべきだとも思っている。


(探してみようにも、情報が少ないな……もっと何かあれば良いんだけど)


 だがしかし、真田は動き出そうとしていた。理由としては一つ。その通り魔がこの近辺で行動しているとすれば遅かれ早かれ出会う事になる。その時に不意打ちを食らっては堪らない。ならば自分から探し回った方が得策であると考えたためである。副次的な効果として通り魔が止められたならばそれが良いとも考えてはいるが。ともかく、なかなかに利己的な考えで動こうとしている。

 新たな情報が手に入らないものかと廊下の方に顔を向けるフリをして再び英雄の一団の会話に耳を傾ける。すると恐る恐るとではあったが圧倒的な衝撃を持って、大きな情報が飛び込んでくるのであった。


「あ、あのさ……実は昨日、俺もやられたんだよね。多分、それと同じ奴に。夜コンビニ行こうとした時に」


 そう言ったのは口を開いていなかった四人目の男子生徒。その彼もシャツを捲ったりなどしたのだろうか、男子からは驚きの声、女子からは小さな悲鳴が上がった。真田には見えないが、恐らくそこには青くなった痣が存在しているのだろう。


(もう一人いた……! こんな近くに二人も被害者がいるなんて! 何か、狙う相手に法則性とかは……学生、男……?)


 法則と呼ぶにはあまりに広すぎる範囲に思わず眉間に皺を寄せてしまったその時、ホームルームを始めるために安本が教室に入ってきた。蜘蛛の子を散らすようにみんなが各々の席に戻り、真田も顔を前に向け直す。


「よーし、ホームルーム始めんぞー。……つっても、特に連絡みたいなのは無し。三限の古文は木曽先生が休みだから自習になるけど、そんだけだ。古文の係は三限の前の休憩時間に、職員室の主任の木村先生の所に行って自習用のプリントを貰って来るように。いっじょーう」


 いつもながらの一方的な話を終えてさっさと教室を出ようとする安本だったが、それを一人の男子生徒の挙手が引き止めた。その男子生徒は先程騒ぎを起こしていた最初の四人の内の一人だ。


「やすもっせんせー、良いッスかー?」

「ん? 何だ、何かあるかー?」

「いやぁ、なんつーか……こう、ですね、何か騒ぎとかになってたりしません? 例えば、ウチの生徒がボコられたとか」

「はぁ? ボコられただぁ? オイオイ、そんな事があったのか? 誰だ、誰がやられたとか知ってんのか?」

「いや! いやいや……ほら、例えばの話ッス。何か、そんな話があったりしないかなーって」

「いや、どんな例えばだよ……俺はそんな話は聞いてないな。この後、職員室に戻った時に聞くかもしれないが、今の所はそんな噂も聞いてないぞー」


 明らかに下手な誤魔化し方ではあったが、それでも安本は特に追及をせずに答えて職員室へと帰って行った。このクラスだけでも被害者が二人、ならば学校単位で誰かに狙われたのではないか、他のクラスにも被害者が何人か存在していても不思議な事ではないと考えてこの男子生徒は質問したのだろう。

 正直、この質問が飛んだ事は真田にとって大きな幸運だった。これに関しては真田も気になっていた事だが、後で覚悟を決めて職員室へ聞きに行こうと思っていたのだ。その必要がなくなった事に安堵する。

 そして同時に、一つの推論が浮かび上がった。


(襲われたのは二人だけ……このクラスの二人だけ……でも分かるはずがない。じゃあ、誰なら分かる? 仮に、仮にではあるけど、他に誰か襲われた人がいなかったとしたら……じゃあ誰が? 考えろ、もっと考えろ……待てよ、そう言えば腕輪が……)


 別に確証が高い訳ではないのだが、少なくとも真田の中では筋の通った論理が次々と組み上がっていく。


(そうだ、そうだよ。一応、筋は通ってる……今は! 今はどこにいるんだ? 狙う相手をどこかで選んでる。どうやって、どこで……? 例えば、目に入った相手をランダムに選んでるとしたら……)


 考えは固まった。被害者がこの二人だけと言う仮定に基づいた考えであるため、そこが確定しなければほとんど意味は成さないが、筋は通っているように感じる。今日は学校ではずっとこの考えを誰かに説明できるほどに整理する作業に費やす事となるだろう。そしてその後は行動に移す覚悟を決めなければならない。

 そうしてやって来た一限の教科担当からも暴行事件の話は無く、全ての授業が終わってからのホームルームで再び安本に質問が飛んでも答えは変わらなかった。校内の人間、生徒や教師、用務員や警備員の一人に至るまで誰も暴行被害を受けたと言う話は無く、また、外部の人間が襲われたから気を付けろと言う話も無かった。それによって真田の推論は少しだけ補強される。


 ホームルームを終えるための号令に合わせて立ち上がる。その手には既に鞄が持たれていた。また号令に合わせて礼をすると、頭を上げるよりも早く真田の体は扉の向こう、廊下へと既に躍り出ていた。まだ誰も出てきていない廊下を早足で歩く。教室は二階、階段を一段飛ばしで降りて昇降口へ向かい靴を履き替える。


 幸運な事にまだ誰も出てきていない。どうやら全校でも真田のクラスが一番早くホームルームを終えたようだった。誰にも見られていないのを良い事に腕輪の力を使って走り、校門へと達する。敷地外に出た直後、挙動不審と呼ぶには清々しいほどに首を振って辺りを見渡す。

 推論が正しければ、犯人だと思っている人物は現在、学校の外部にいる。そして、今はこの学校のすぐ近くにいる可能性が高い。その目的は一つ、次に襲うターゲットを選ぶためだ。


 腕輪の力は動体視力だけではなく視力そのものにも作用するのだろう。思えば、体育のサッカーの時にもあれだけ離れていた相手ゴール前での様子がよく見えていた。そして、腕輪によって補正された真田の目は物陰に隠れるようにしてこちらの様子を窺っている犯人の姿を捉える。


(いた……っ!)


 全速力で駆け寄る。この時、初めて見付かった事に気付いたのだろう、その犯人は動揺したように慌てて身構えた。左手を右手首に添えている様子から、恐らく間違いはない。そこにはきっと腕輪がある。

 しかし、こんな明るい内から、それも学校の真ん前で戦闘を始める訳にはいかない。そうして接近した犯人に対し、真田は接近する事よりも強い覚悟を必要としながら、つっかえつっかえとではあるが告げるのだった。


「えっと、その……あの、よ、夜の十二時に……ぐ、グラウンドに来て下さい……!」

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