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暁降ちを望む  作者: コウ
決戦、梶谷城
268/333


「潜入と戦闘、それぞれ作戦を考える人を変えようと思うの」


 具体的な作戦を考えようとした時、篁がこのような事を言い出した。あまりに当然のように、それも躊躇う様子もなく言ったので、恐らくは事前に考えてあったのだろう。

 誰もが面食らう、とまでは言わないまでも少し意外そうな顔をした。これまでは真田が主に作戦を考え、他の面々が口を出し肉付けしていく形でやっていた。このような時だけ真田が(積極的と言うほどでもないが)前に出ようとするのは、自分を最も前に出そうとする部分が大きい。戦闘のスタイル的にも間違っていない。この形で上手くいっているのでわざわざ否定する理由も無い。それ故にこの提案は些か突然で驚かされるものであった。


「はあ……それは良いですけど、誰がどっちを考えるんです?」

「ちゃんと言うと、優介クンが慎重に潜入作戦を立てて、あたしが戦う時の作戦を考えたいって事ね」


 このチームの舵取りは主に真田と篁によって行なわれている。木戸であったり、そして梶谷のような大人は積極的に前に出ようとはせず任せていくスタンスだ。だから二人で作戦を考える事は不自然ではない。ただ、別々というのが明らかにイレギュラーであるというだけ。


「別々に考えてどうすんだ?」

「それぞれの個性が出た作戦が切り替わった方が混乱させられるでしょ? ……や、まあ、今回だけでもあたしが考えた方法で戦いたいっていうのが正直な気持ちなんだけど」


 提案を正当化する理由を口にしたかと思えば、彼女は視線を逸らしながら人差し指の先を合わせて小さな声で付け足してきた。もっと腹芸の上手い人間のようなイメージでいたが、それだけこの戦いに気持ちが向いているのか。あるいは信頼関係が結ばれた故の本音か。そんな様子を見せられてしまうとどうも否定する気持ちも湧いてこないものだ。


「まあ、俺はそもそも考えらんねぇから別に良いけどさ」

「俺も皆さんの考えに従います。今回は状況も完全には掴み切れていないですから」

「……この状況で嫌とは……否定する気も無いですけど。僕は楽になりますし」


「ホント!? ありがとう、みんなっ!」


 目がキラキラと、否、ギラギラと輝いている。印象もう少し力強い。やる気に満ちあ売れている。ここまで喜んでもらえるのなら託した甲斐もあったというもの。


「あ、でも優介クンには作戦教えないから。こっちの作戦気にして影響があっても良くないし。最終的に希望する配置は教えるから、そうなっててくれれば他は好きにやっちゃって」


「はい!? いや、戦う時どうするんですか、僕!」

「ほら、あたし優介クンは参加させるつもり無いから」


「突然のハブ!」

「あの時やられちゃったあたし達のリベンジでもあるの! ほらほら、あっち行って、こっちの話は聞かない!」


 背中を押されて数歩ほど歩く。ここまで直接的に排斥されたのは何だかんだで初めての経験だったので流石の真田も少し泣きそうだ。宮村もリベンジと聞いたらその気になったのかフォローする気を一切見せない。日下は苦笑いしながらもやはり口を挟まない。ほぼ顔を出していないだけあって今回は完全に二歩も三歩も下がっている状態だ。孤独。「ほらほら、おいでー」などと笑顔で手招く吉井に甘えそうになる。危険信号。


 こうして構築されたのが、真田が内容をほぼ知らない、どう転がるのかまるで分からない謎の作戦である。




(馬鹿な、こんな事が……っ!)


 梶谷の頭の中に言葉はある。しかし口は声を発するどころか、動くという概念すら忘れてしまったようだった。

 頭の中に存在している言葉だってお粗末なものだ。新たな言葉を探し当てようにも、どれだけ掘り返そうと同じような物しか出てこない。馬鹿な、こんな事が有り得るのか。たったこれだけ。


 誰が想像したものか。逃げ場が無い、戦闘の舞台が狭い、乱入が出来ないといったあらゆる不利な状況を『壁をブチ破る』というシンプル極まりない力技によって一気に全て解決してしまうなど!


 舞い上がる埃の向こう側に、右の拳を振り抜いた形で静止した宮村と竹刀を構えた日下の姿が見える。壁が爆発するはずがない、この二人の仕業だろう。日下が壁を斬り、宮村が渾身の一撃で吹き飛ばした。強引が過ぎる、ここまでの静かな潜入と戦闘は何だったと言うのか。


 人は様々な顔を使い分けて生きていく、さながら仮面を変えるように。とは言えども、その仮面にも『持っている仮面しか被れない』というどうしようもない問題がある。まったくの無から新たに仮面を生み出せるのは精々が子供の頃だけ、成長してしまえばもう自分というものはある程度は固定されてしまうものだ。最後に誰もが同じ『大人の仮面』というべきものを生み出して、新たな自分の可能性は閉ざされてしまう。


 ただ、新たな何かを始めなければならない状況に追いやられた時、そこに新たな仮面を見付ける事がある。中には見付けられない者も居るが。つまりそれは、潜在的に持っていたはずの仮面。心の中の棚に隠れていたものがフッと見付かった、そんな感じ。

 普通の人生ではまるで縁が無い生命の危険を感じるほどの戦い、そこに身を投じた魔法使い達の中にはそうして仮面と言う名の才能のようなものを見付け出した者も多いはずだ。


 真田は意外にも人を使う才能に目覚めた。自分では何も出来ないから人に頼ると言い換えれば少しはらしくなるかもしれない。彼の作戦は能力を活かせる場所を与えるという方針が強めである。


 一方で、篁もまた似たような才能を持っていた。小さな頃は顔の使い分けるなど考えもしなかった彼女。家族には見せていたのであろう素の顔と、それを抑えて前面に出すようになった親友の影響を受けた顔、特定の人物の前でだけ見せる猫を被った顔。後に世の中を上手く渡るための丁度良い顔、大人の仮面に限りなく近い存在も子供の内に生み出した。彼女の持つ仮面はそのほとんどが自分を内側に押し込めるものだった。いや、もしかすると素の顔だと思っていたそれすらも、家族と付き合うために無意識的に生み出した仮面の可能性すらある。


 今になって目覚めたその才能は、彼女の本当の顔の一端……なのかもしれない。


 真田が考えるのが能力を活かすための作戦ならば、彼女が考えるのは自分の目的のために能力を行使する作戦。人の力に頼るのではない、人の力も自分の手足として使いこなす、圧倒的な自分という存在の解放。


 真田と比べると、彼女の――篁 祈の作戦は、ちょっぴり苛烈。


 開戦にあたっての挨拶も口上も何も無い。頭が白くなった梶谷に対し、僅かな迷いも見せずに攻撃が仕掛けられる。宮村が右足で踏み込みながら左の拳で全力のスイング。目にする事が出来ないその攻撃はタイミングこそ読めないものの、ネタさえ割れていれば軌道は簡単に読めるのが特徴だ。そして特徴はもう一つ、風弾による攻撃は水滴をブチ当てたところで凍らせる対象が存在せず、威力も高いので真田の火の粉のように相殺という形では終わらない。一方的に押し負けるのみ。


 自分の能力ではどうしようもないその攻撃を梶谷は屈んで避ける。体に無茶を強いる動作だ、出来るだけ勘弁願いたいが、そうも言っていられない。これによって凌いだかと一瞬は思ったものの、当然、それで終わるほど甘くはない。


「はあぁっ!」


 屈んだ梶谷を脳天から真っ二つにせんと、日下が気合の発声と共に竹刀を縦に豪快に振り抜く。そこにいつものような技も何もあったものではない、素人でも出来る単純な最大威力。


(なかなか殺意に満ちた動きをする……が、評価を上げる事は出来ないな)


 これほどまでに真っ直ぐ命を狙いにいける人間だとは思っていなかったので、その点については間違いなく驚いた。しかし、力任せに、能力の殺傷性任せに戦うのでは日下の魅力は発揮されない。流れるように、技を駆使するのが日下 青葉だ。この一撃で仕留めてしまおうとする動作からは次の動作に自然には繋げられないだろう。だから、転がるように横に跳んでしまえばそれで対処は終わる。


「っ!」


 突然、梶谷の視界が真っ白に塞がれる。何となく見覚えのあるようなその白い光景、それは監視カメラの映像だ。日下の攻撃を回避して、隙を作らないようすぐに顔を上げた、そこにマリアが光速移動で白い布を被せたのだ。四枚の白い布、これは最後のカメラに被せていたのを回収したものだった。

 まるで謎の存在ならばいざ知らず、これはカメラを覆っていた布か何かだと正体が判明しているのなら迷いはしない。すぐさまそれを顔から引き剥がす。


「喰らいやがれぇ!」


 視界が開けるかどうか、そんなタイミングで宮村の声が聞こえた。ここまでが連続している。宮村の攻撃から始まった連携は、また宮村の攻撃によって終わるのだ。気合を入れるほどに強くなる宮村の一撃。真っ直ぐに飛んで向かうのは、まだ視界を取り戻したばかりの梶谷の頭部!


「――いや、まあこれくらいは読むが」


 冷静に、梶谷は手にした布を投げ付ける。広がりながら風弾へと立ち向かうその布は、剥ぎ取ると同時に水に濡らしてあった。まるで盾の如く、空中で凍り付いて風弾を受け止める。

 もちろん、そんなもので渾身の風弾を打ち消せるはずがない。それはいとも簡単に負けてしまって、弾かれるどころかそのまま押し返されてしまう。だが、それで良い。それが良い。これによって、風弾に明確な実体が誕生したのだ。


「フン……」


 立ち上がり、向かって来る布を目掛けて真っ直ぐに前蹴りを叩き込む。これが通常の風弾を相手にしたものならば梶谷は飲み込まれて衝撃に吹き飛ばされていただろう。だが、間に盾と化した布を挟み込んだ事で多少の衝撃は受けるものの、相殺可能な存在に変えてしまった!

 圧縮した空気が爆発したように、拡張された執務室を強風が吹き荒れる。そんな中で、梶谷は鷹揚な立ち姿を見せ付けながら微笑む。その姿は間違いなく強者の風格。吐き出すものを吐き出して、不意を突く策も凌ぎ切って。彼の精神は確かに一つステージを上げていた。自信か、引けない覚悟か、あるいは開き直りか。何にせよ、今の梶谷 栄治はこれまでで一番強い、そう相手に感じさせるオーラを放っている。


「さて……挨拶は必要かな?」

「いま済ませたばっかだろ?」


「ははは、確かに。立派な挨拶だった。ならば、僕も挨拶を返さないといけないな」


 互いに態度は挑発的に。梶谷と宮村が睨み合う。戦いの第二ラウンド、本番はここから――。

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