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暁降ちを望む  作者: コウ
作戦前会議
261/333

 真田 優介は落ち着けないでいた。パキパキ音を立てながら何度も携帯電話を開いては閉じ開いては閉じ、画面を見ては溜め息を吐き出す行為をし続けている。どうにも考える時間が増えてきている。真田なりの緊張や苦心のようなものがあるのだろう。


 作戦会議から数日、家に引きこもって気ままにゲームや読書などに興じている時でも不意に戦いについて考える事が多くなった。事前に考える作戦に完璧などという事はありえない。存在するのはあくまで『自分に考えられる限り最大限完璧に近い作戦』でしかない。作戦というものはどこまで行っても考える余地が残っている。だが今回はどうだろう。今回はそもそもの作戦が完璧に近付いているのかどうかもよく分からない。何がどうなってどう転ぶのかは真田も本番のその瞬間までよく分かっていないのである。それ故の不安、それ故の緊張。携帯電話もいい加減に締りが悪くなりそうなほどに開閉を繰り返していたその時、ドアベルの音と共に一人の人物がやって来る。


「――すみません、遅れました」

「おー、お前、なんか久し振りに会った気がするなぁ」


 などと言いながら宮村が迎えたのはもちろん日下だ。今日は作戦決行の当日、辺りはすっかり夜と呼んでも差し支えない時間。最後の簡単な打ち合わせのような感覚でカフェに集合する事になったので当日は参加すると言っていた日下にも連絡を飛ばしていた。


 竹光か、あるいは竹刀が入っているのであろう竹刀袋を担いですでに準備は万端の様子ではあるが、顔色は優れない。体調が悪い、と言うよりも近頃の様子から鑑みるに精神的なものが原因だろう。流石の真田でも普段とは何か違うという事くらいは察する事が出来る。


「最近はあんまり顔を出してなかったですから。まあ……俺の事は心配無用です、仕事はちゃんとこなしますよ」


 真田でも気付ける様子の違いだ、他の面々も気付いてはいる事だろう。みんなから探るような視線を向けられて、苦笑いしながら彼は言った。


「手間をかけてすみませんが、説明をしてもらえますか? その分もちゃんと働きますから」


 手近なテーブル席に座って日下は店内を見渡した。大まかな説明は既にメールで済ませてある。この打ち合わせはその上で日下のために行なわれていると言っても過言ではない。もちろん全員で顔を合わせて「それじゃあ今日は頑張ろう!」と決起集会的な意味合いも大いに含んでいるが。


 集まったのは真田、宮村、篁、日下、マリアに木戸、吉井、雪野、鴨井。そして荒木の十人。これだけ人数が居るとどうしても誰から何を切り出そうかと妙な沈黙が生まれてしまうが、そんな間すら発生させないのは前のめりな篁だ。


「説明の前に、電話の件はどうなったの?」

「……僕が連絡を。既に連絡はされている頃だと思います。録音は……分かりませんが、頼むだけ頼んではあります」


 懐から取り出した名刺を見せながら荒木が答える。録音までしてくれれば非常にありがたいが、わざわざ録音するために何かを用意しなければならないという可能性もあり、その場合はそれを強制するのも忍びない。


「作戦、乗ってくれれば良いんだけどねぇ」

「乗るさ。俺の目に狂いはねぇ!」


「オメェが言うと微妙に信用できねぇのは何でだろうな」

「宮村が調子に乗ると失敗する気がする!」


「なんだとぉ!」


 賑やかなものである。思わず日下も普通に笑い出していた。悪くない雰囲気だ、作戦の前としてはとても丁度良い。もちろん、緊張感が無いと言われてしまえばそれまでであるが、少なくともガチガチになって動けないなどという事はないだろう。


「けれど、電話が予定通りに出来たとしても最初から建物の中に居ない可能性もあるわね。そこまで考えてなかったわ……」


 雪野が唇に触れながら考え込み始めた。前回の会議では話がトントンと進め過ぎて細かい部分にまで目が行き届いていない面がある。そもそも真田からすると話が少しばかり思わぬ方向に進んだので何をどこまで話してどこに目が行き届いていないのかをそもそもあまり把握できていないのだが。話の管理が全くされていない。


 しかし、そんな中で真田は一応ではあるが独自に行動をしていた。その行動はきっと今回の懸念への対応も兼ねる事ができるだろう。開いた携帯電話にちょうど届いたメール画面を見せる。


「中には居るみたい……と言うか、外には出てないみたいですよ。放っておいた草からの連絡です、異常ナシって」

「…………草の者、目立ち過ぎじゃない?」


 みんなが画面を覗き込む中で篁が呆れた様子で言う。見ている画面に映っているのは……何故か山の中でグラビアポーズを決める謎の生物(着ぐるみ)の姿!


「ここまでくると逆に目立たないんですよ。いや、関わりたくないって方面ですけど」


 あまりの不思議な画像に興味を惹かれる面々。ちなみに宮村は「ひっ」と声を上げて壁際まで一気に後退していた。割とトラウマになっているらしい。そして吉井は何かに勘付いた様子で「雌犬……っ!」などと呟いていた。何事だろう。


 もちろん本命は写っている着ぐるみ、ルミ子の方ではなく撮っている方。キグ男(生身)の方である。電話作戦に笠原が乗らなかった場合の事を考えて梶谷が外に出ていないという事実の証人を用意しておいたのだ。笠原が証人となってくれた方がいざと言う時に話が自然に進むのでそちらの方がありがたいが、保険は必要だ。


 ルミ子とキグ男は正式に仲間という訳でもないので作戦に参加させる事はしなかったが、使わないのはそれはそれで惜しいというのが真田の判断である。この二人は明確に梶谷が把握していない協力者なのだから。途轍もなく怪しいが、真田達の味方であるかどうかは分からない。この二人を放っておく事によって梶谷に圧を掛けながら色々と考えさせる事が出来る、それも込みの動きなのである。

 それらを全て包み隠さず二人には伝えた上で協力を仰いだ。場合によっては危険かもしれない。断られたらその時と考えての事だ。だが、それに対して二人は特に迷わず受諾。ルミ子は断るはずがない的な内容のメールを真田の携帯電話に送り、キグ男はそれを受けて「ルミちゃんが自分から外に出ようとしてくれるなんて……」と涙目になりながら何度も頷いた。


 そんなこんなで二人は今、建物の近くで様子を窺いながら撮影会を行なっている。これは完全に二人の独断であるが、関わりたくないとは言えこんなにも悪目立ちする格好で露骨に偵察をすると怪しすぎるので正しい判断だろう。心の底から楽しそうに撮影会をしている事によって変わった趣味の方々である可能性が捨てきれなくなる。真田が落ち着かない様子で携帯電話を触っていたのも、二人からの連絡が来るためだ。定期的に写真と共に変わった事が無いと送られ、仮に何かあったら緊急で送られる。なお、真田は知る由もないが、梶谷の秘書が目撃した「妙なもの」の正体が彼らである。作戦は確かに機能しているのだ。


「まあ、とにかく問題は無いって事ね。なら後は青葉クンも交えての話し合いと、準備を終えたら……」

「はい、いよいよ出発です」


「車なら用意してあるよ、バッチリ決めな!」


 木戸がカウンターに車のキーを叩き付けるように置いた。戦いの舞台は珍しく離れた場所だ。もちろん真田達ならば走って行っても体力的、あるいは時間的にもそこまで困らない距離ではあるが、あらゆる理由で今回は車を使って向かう事となった。全員が万全の状態で戦いに参加するためには必要な措置だろう。


 そして、最終確認である話し合いが終わり、戦いに向けての準備が終わった頃、時計は二十三時を示していた。

 この辺りでは交通量も減り始める頃、安全運転で一時間弱といったところか。日付が変わると同時に作戦開始となるだろう。現地に居る二人は随分と待たせる事となってしまったが、真田の携帯電話にはつい先程も新たに異常ナシのメールが届いた。また新しいポーズだったのでまだ余裕ではありそうだが。その少し前には警備員が、さらに前には秘書と思われる人物が帰宅したという連絡もあった。


 お膳立ては整った。勝負の時は近い。


 夜の闇に包まれた山は恐ろしい。そんな中で突然、木々の奥からUMA(ルミ子)が登場して大いに怖がらせられたという一幕はどうでも良いので大胆に割愛。車内で待機する事も勧めたが、スペースを圧迫したくないと二人は手を振って帰って行った。登場した瞬間にへし折られた宮村のメンタルがみるみる治っていく音が聞こえてくるようであった。

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