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「ただ、梶谷さんが自らモニターをチェックするという事らしいですから、接触後はある程度ですが自由です。映ったかどうか、梶谷さんが確認できる状況じゃなければ武器として使えるかどうかも分かりませんから」
「じゃあこのルートを通って一気に接触するのが目的って事か?」
「どうかね。おじ様の事だからすんなり通してくれるかどうか。例えば罠として魔法の水でも仕掛けられてたら厄介だよ」
「ルートはカメラで撮られない場所ですけど、叶さんと戦った時の気配の消し方……僕はともかく叶さんにも気付かれてませんでしたから。覗き見て様子を窺ってたとは思えません……水に触れたらそれが分かると思った方が無難でしょうね」
梶谷の能力である水、あるいは氷。水滴を飛ばして触れた対象を凍らせる。地面に撒けば誰かがその地点を踏んだ瞬間に凍らせる事で足を捕まえる罠になる。そして視認していなくても水に何かが触れた事は感じ取る事が出来る。何とも便利な能力である。こうして考えてみると、罠によるテクニカルな戦い、あるいは戦闘のサポートの方がメインとなる能力かもしれない。だが、それこそ叶もそうであったように、直接的な攻撃が出来る能力よりもサポート系の能力の方が使い方によっては強力であったりするのだ。まして、相手はこちらの戦い方についてもよく把握している。まったくもって面倒な相手だ。
「なんかポンポン話が進んでる……みーちゃん、内容分かってる?」
「ほとんど聞いてないので分かりません」
「いや、お前らも真面目に聞くだけ聞いとけよ!」
完全に外野に徹していた二人のヒソヒソ話に対して威勢よくツッコミを入れる宮村だが、その様子を見て再び顔を寄せて「宮村もよく分かってないクセに」「難しい話は理解三割でノリで付いて行く、それもアキラの魅力です」などと口々に言い合っている。
「勝手になんやかんや言ってんじゃねぇ!」
「まあ、アレは一旦置いといて――」
「置いとくな置いとくなって」
「どうする? あたしは誰かが誘導ルートを先行して、他は接触まで待機する案を推すけど」
理解三割(実和談)の宮村は華麗に放置して話を進める篁。普段からそれなりに勢いのある女性だが、この日は特にその感覚が強い気がする。
「ちょっと話が変わっちゃって申し訳ないんですけど、篁さん戦いに向けて凄い気合入ってますよね。どうかしたんですか?」
上手くオブラートに包んだ問い掛けというものが出来ずに直球を投げ込む真田。分かっても打てない剛速球である。言葉が放たれた瞬間、少しだけ空気が硬直した。当然の事ながら、誰もが知っている。篁は梶谷と元から知り合いだった事を。だからこそ、こうして敵味方となった現状に思う所はいくらでもあるだろう。それは分かった上で、真田はそのいくらでもある思う所が積極性に向いた理由が知りたい。
すると、そんな固まった空気に溜め息を一つ吐き、綺麗に整えられた髪を軽く掻くように乱して彼女は答える。
「別に、そんな微妙な空気になるような事でもないよ。ただ……そうだね、あの人はあたしの憧れだから。そりゃあそりゃあ大昔、あたしが子供だった頃に初めて会って……凄い人だって、見てすぐに思った。何て言うの? あーゆーのをオーラがあるって言うんだろうねぇ、逆立ちしたって敵わないってのは、まさにアレの事だよ。でも今は、そんな人を相手に勝たなきゃいけない……あたしゃどうも燃えるタイプみたいでね、こういう時」
語りながら拳を握り締めるその顔は、どうも無意識に口角が吊り上がっているような印象を受けた。笑顔なのではない、自然と顔がほころんでしまうのだ。爛々と輝く目と相まって、心の底からの喜びというものが顔全体に現れている。
憧れていた相手、憧れ続けていた相手だ。憧れは尊い想いだが、それがいつしか頭の中で越えられない壁に変わってしまっていた。憧れというものは乗り越えるために存在しているのだと言っても良い、目標の類義語だ。だが、それが全く逆の意味に変わってしまう重病に侵されてしまった。
その病気を治すための荒療治。戦わなければならない、そして勝つしかないこの戦いは彼女にとってそのような意味を持つ。
「憧れねぇ……あのおっちゃん、そんなスゲェのか?」
腕組みをして首を捻り、宮村が口を挟む。アルバイトに明け暮れてもまだ高校生の身、情勢にも聡いタイプではない彼にとっては決してその存在を知ったような相手ではないのも確かであった。日常的によく使うような店や施設であってもその代表を知らないという事はよくあるだろう。それと同じだ。ただ、梶谷はそういった人々よりかは有名である。宮村の質問に対して返事をしたのは荒木であった。
「……程度の差はあるでしょうが、あの人に憧れる人は多いと思います。そのような面に対して馴染みは薄いでしょうが、梶谷 栄治はそれだけの人間なんです」
「お、おう……そうなんスか」
荒木の言葉から目に見えんばかりの圧力が発せられていて、思わずたじろぐ。
「先々代、梶谷さんのお父上だね。その人が興した会社を大胆さと剛腕によって一代で大きくして、梶谷さんに継がせた。世襲だった事もあって色んな意味で上がり切ってたハードルだったけど、それをあの人は軽々と飛び越えたんだよ。敏腕ぶりを見せ付けてどんどん拡大、総合商社の一角に登り詰めた……怪物みたいな存在さ」
後に続いた木戸の説明。この辺りについてはテレビ番組、あるいはロングインタビューから構成された書籍でよく紹介されている。もちろん、こういった事に興味を持たなければ見ようとは思わない内容だから知らなくても仕方のない事だが。




