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梶谷 栄治は日記を書いていた。
硬い鉛筆でノートに刻み付けるように書くのがこだわりだ。神経質なまでに丁寧な文字が凄まじい勢いで並んでいく。考えている事、その全てを口に出す事なく、頭の中身は外部保存領域へ。恐怖も、後悔も、安堵も、その全てをだ。
自分は一体なにをしようとしていたのか。確かにあの男を容易に殺せるタイミングであった事は間違いない。迷いが無ければ確実に殺す事が出来ていたはずだ。だが殺せなかった。それで良い。それで良い。あの場で殺すべきではない、絶対に。今殺してしまっては彼らに要らぬ怒りを覚えさせるだけだ。それは分かっていた。ハッキリと分かっていたはずだったのだ。それなのに何を血迷って殺すかどうか迷ってしまったのか。どうして殺すべきかもしれないなどと悩んでしまったのか。上手く出来ていたはずだ。鷹揚に彼を受け入れて余裕を見せながら上に立っているように存在を示す事が出来ていたはず。それなのにどうしてあんな事を。どうして。焦っているのか? 自分が? 焦っている。恐怖を感じている。少しでも戦力を削る事が可能な機会があると思って手が出そうになったのは、心の底から恐ろしいからだ。戦いたくない。戦力が違う、若さが違う、勢いが違う。何をどうすれば勝てるというのか。何をしてでも勝たなければならない。こちらにも目的というものがある。小さいと言う者も居るかもしれないが、自分にとっては他の誰かの命よりも優先したい目的だ。やれる事は何でもやるべきだ。既に彼が触れた窓も交換するよう手配した。明日には窓の使われたと思う謎の能力について憂いも断たれるだろう。やろう。戦おう。死んでも野戦になど打って出てたまるものか。徹底的にこの城の中で戦う。自らのベストを尽くす。焼き切れるほどに頭を回転させる。必ず勝利す
いつの間にか手に力が入り過ぎていたのだろう。鉛筆の芯が音を立てて飛んで行った。冷静にならなければならない、そう思うほどに恐怖が追いかけて来る。歳を重ねるたび、自分が死に近付いている事を認識するようになっていた。もちろんまだ病気にでも罹らない限り死ぬような歳ではない。それでも、着実に死が身近になっていくのを感じるのだ。目に、耳に、肩に膝に腰に頭に全てに。老化の進行を感じると既に自分の人生は半分をとっくに過ぎてしまっていると分かって辛くなる。何も気にしなくても健康でいられた時にはもう戻れない。若い頃は何でも出来るような気がしたのに、そんな自信があっただけに今の自分がどうしようもなく頼りなく思えてくる。
若者に負けないものがあるとすれば、それは頭の中に存在する死という概念のリアリティ。明確な形と存在感を持って追い立ててくる死の恐怖、人生の短さ、その悲しさ。それを知らないガキどもに負ける訳にはいかないのだ。
心の中で鎌首をもたげる戦いへの恐怖を、また別の恐怖で必死に押さえ込む。そうするとその恐怖に飲み込まれて苦しくなる。苦しくなれば戦いのためにと無理矢理に自分を奮い立たせ、そして恐怖に慄くのだ。なんて生産性の無い愚かなサイクル。なんて無様な自分。かつての自分がこの様を見れば、もはや死を待っているだけの老人だと嘲る事だろう。
だが、それでも。そんな無駄なサイクルであろうと、立ち上がるための、生き続けるための力になるのならばいくらでも繰り返して見せるという意志を彼は持っている。叶えたい願いがあるのだ。そのためならば何でも出来る気がするのだ。肉体的な意味ではなく、もっと精神的な意味で。悪魔に魂を売り渡す事すら厭わない。
問題があるとすれば、それはきっと相手方も同じような決意を持っているであろうという事だ。即ち、覚悟の面においては完全にイーブン。ならば勝敗を決める要素は何か。戦力、若さ、勢い……。
こうして、彼は延々と繰り返す。恐怖を恐怖で和らげて、その度に少しずつ心を摩耗させて。いつまでこんな日が続くのか、早く終わってほしい、いやまだその時ではないと狂ったように同じ線路を回りながら。




