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真田 優介は緊張していた。その場の静けさもあってか、そもそも重さの無いはずの空気が重く感じられ、またその重さがさらに増したような二段階の重圧が襲って来ている。今、顔を見合わせている相手もまたこの重苦しさを感じている事だろう。しかし口を開く事は出来ない。口までもが重圧に押さえつけられているよう。
睨み合う二人。この空気は、外から誰かが破壊してくれない限りは変わるような気がしない。誰か、誰か、誰か! そんな時、真田の耳に声が届く。あまりに聞き慣れた声。
「お前ら……もうちょっとリラックスっつーもんが出来ないのかよ」
「無理です!」
「出来ない!」
二人の声が揃う辺り、愛称は割と悪くないのかもしれない。真田ともう一人の人物は少しだけ似ているものだから好相性なのも頷ける。
ここは謙諒大学病院、その一室。真田は宮村に連れられて、彼の弟である夕の見舞いにやって来たのであった。
「子供相手にどんだけ緊張してんだ」
水を入れ替えた花瓶を飾り直しながら宮村が苦笑している。恐らくはこんな具合になるだろうと少し予想していたのだろう。内向的な夕と鎖国状態の真田、交流が生まれるはずもない。実は急ぎ足で戻ってきたのも、何とかして二人の間に橋を渡さなければという義務感からである。
「緊張するに決まってるじゃないですか! 歳の離れた初対面の人と二人とか、緊張で吐きますよ。照り焼きチキンが口から転げ落ちますよ」
酷い脅し文句もあったものである。
「僕だって緊張するよ! 初めて会うってのもそうだし、何より兄さんの友達になってくれた人なんてアレでしょ、神様みたいな人でしょ? そんなスゴイ人と何を話せば良いのかなんか分かんないよ」
「お前、俺をなんだと思ってる?」
弟の中で恐ろしいほどに低い兄の存在。真田の聞いた限りでは、宮村が最大限に腐っていた時期の事もよく知っているらしいので、そんな兄と友人になろうと思うなど信じられないとの事。
真田としては初めて会話をした時には割と今と同じような印象だったのでそこまでとは思わないのだが、つまりそれまでの間に丸くなったという事なのだろう。何とも助かる話である。宮村が腐り切っていたら状況は大きく変わっていたはずである。未だに生き残っていられたかどうかも分からない。ただ、真田が闇を拗らせた時に友人になろうと思う誰かが居たのならば、それは神と呼んでも良いかもしれない。
「とにかく、俺は見ててやるから二人で話してみ? ほれほれ」
煽られて再び向き合う真田と夕。改めてよく顔を見てみると、細身で肌も白く、なかなかどうして可愛げのある顔立ちである。宮村の弟であるとは思えない。これは間違いなく将来有望、今の内から歪んだ思想や性癖を仕込んでおけばきっと時限爆弾的に順風満帆な人生を送っている彼に打撃を与える事が出来るだろう。などと考えるのは緊張を誤魔化したいからだ。
空気が一度破れてからもまた再びこれほど緊張するのは恥ずかしい。それに何より、ここで話を切り出すのは年上である自分の仕事に違いない。真田の謎の使命感が火が点いた。そして、恐る恐る一言。
「――ご趣味は?」
「見合いかよ」
「は、折り紙を少々」
「お前も乗るなよ」
テンプレート的なノリに付き合ってくれて真田の中で好感度が一気に上昇。なかなか付き合いやすい人物かもしれない。つまりは宮村達に対するのと同じ感覚で話せば渡り合ってくるのだ。適当に、ふざけて、勢いで、素直に。それが通用するのならば、もはや真田に怖い物は無い。あまり無い。会話を続ける糸口が見付かったのも実に助かった。
「折り紙が趣味なの?」
「はい、色々と教えてもらって……ほら、そこの棚の中にあるのが僕の作品」
興味を示したのが嬉しかったのかニコニコと良い笑顔で棚を指差す夕。視界の端で微妙な顔をしている宮村。まるで異なっている二人の顔に疑問を覚えながらも棚の中を見てみると、そこには色とりどりの……何だろう。
「えっと、これは?」
「悪魔です」
「なるほど、そりゃおよそ人型には見えないワケだ」
手に取った物体は何やら顔のような部分があったり指があったりするのだが、全体を見た印象を一言で表すならば「ガッタガタ」だ。しかもどこでどう歪んだのを強引に正そうとしたのか、それとも意地でも自立させるためにバランスを取ろうとしたのか、上体が反り繰り返っている。なるほど悪魔である。それも上級悪魔のようなものではなくエクソシストを呼ばなければ! と言った具合の。そういう意味では立派に悪魔だ。どうして挑戦してしまったのか。
「悪魔って確か、結構時間の掛かるすっごい難しいヤツじゃなかったっけ」
「はい、教えてもらいました」
「どこの誰がそんなもん作れる上に人に教えようと思うんだ……」
なかなか狂った話である。兜や鶴の作り方を教えるのとは次元が違う。
「やっぱり最近はなんか寂しそうだったから通ってたらどんどん色々教えてくれて、どんどん色々覚えちゃって」
「宮村君、この子すごく良い子ですよ。複雑な家庭……なんですね……」
「邪推も甚だしいなオイ」
宮村家は家系的な意味で複雑な事情は一切持っていない家です。きっと。




