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暁降ちを望む  作者: コウ
絡み合う戦場
241/333

14

 四つの人影がそれぞれ二人ずつに分かれて向き合って立っている。一人は砂にまみれた格好でありながら偉そうに腕組みをして、一人はあまり表情を動かさないながらも頬を膨らせ、一人はニヤニヤ笑いながら己が拳を誇示し、そして一人は背中を曲げて膝に手を突いている。


「そ、想定外の負担……まだ筋肉がキュってなってる気がします……」


「おー、それ繰り返したら筋肉付くんじゃね?」

「その前に死にますね、こりゃ」


 気の抜けたような様子で言葉を交わす真田と宮村。人質交換は完了した。無論、その後で互いに攻撃を仕掛けないというある程度の信頼があって初めて成立する決着ではあったが、こんな形で真っ向から最強を決めんとする和樹の事。命を救われた状況となっては少なくともこの場で手出しは出来ないだろう。


「い、言っておくが、我々は決して負けてはいないぞ! そう! これは勝負を預けたと言うのだ!」

「よっ! お兄ちゃんってば言い訳上手! フゥー! ライバルぶった小悪党っ!」


 とりあえず気を取り直したらしい実和の合いの手(ほぼ罵倒)が飛ぶ。そこまで込みの策であったとは言え彼女は勝っていて和樹の立ち回り次第では策を上回り完勝していた可能性だって充分にあったのだから、ある程度は仕方ないか。


「テンションたけぇなぁ……」

「何ならあっちの方がヤバい人ですよ、色々と」


「怖いなぁ、女」

「逞しいですよねー」


 ここ最近は変わった女性(内着ぐるみ一体)との出会いが多かった真田の心からの一言。世の中には色んな人が居るのである。外出するために着ぐるみをその身に纏う人間、儚い感じなのに戦闘スタイルがやたらパワフルな人間、自分の欲望に忠実な二重人格人間。意外と変人は多いのだ。普通の人間なんてなかなかいない。そんな中で数少ない普通な人間と言うのが真田である! などと言うつもりは最早ないが。


「とにかく! これから再戦だ、明日だいや明後日だとは言わない。この結果はきっと天の配剤なのだろう……だから、決着の時は我らの運命が満ちた時! その時に見える事を楽しみに待つが良い! ふふっ、ふっふっふ……ふはっはっはっはっはぁっ!」


「――との事です。今日は本当にありがとうございました。グッドゲームでした」


 素に戻って親指を立てながら言うだけ言って、さっさと背を向けて無駄に颯爽と歩き出していた和樹を追う実和。少し離れてから風に乗って「……実和ちゃん道分かる?」「大丈夫。着いて来て、兄さん」という会話が聞こえてきた。複雑な力関係の兄妹だと思う。なお、フォローする気は無い。聞こえてきた会話は完全に無視する事にした。


「……や、面白い奴らだとは思うぜ?」

「適切な距離感を保っておきたいタイプですよねー」


 そう言って、二人は顔を見合わせて一度頷くのであった。





「――と、言う事があったワケよ。昨夜」


 話し終えて満足そうに息を吐き出してからアイスコーヒーをがぶ飲み。特訓している事を知られぬよう、ボロを出さぬように真田を避けていたため少し久々にやって来たいつものカフェでの宮村による独演会が終わった。

 観客は木戸と篁、マリア。そしてついでに真田。もっとも途中から木戸はグラスを磨いたり篁はぎこちない手付きでパソコン(もちろん借り物)を触っていたり、そもそも内容を知っている真田は黙々と本を読んでいたり。真面目に聞いていたのはマリアだけであったのだが。さながら読み聞かせの時間である。


「何と言うか、よく知らない間に随分と話が進んでるわね……あたしは二人が揉めてるらしいくらいしか知らなかったんだけど」

「そもそも揉めてすらなかったみたいです」


「ほう、揉めてもないのに私らには気を揉ませたと」

「はっはっは、上手いこと言いますね」


「知っておくと良い、この店の価格は私が自由に決められる、と……」

「いやもうマジすみませんでした」


 立ち上がって頭を深々と。酷い脅しである。何せ懐の強い味方である梶谷を欠いているのだから。頭の中で「裏切って当然」という文字が流れたが華麗にスルー。

 すると、宮村の話を聞いて何やら感じ入っていたマリアが勢いよく立ち上がって一言。


「決めた、優介を手伝う!」

「はあ?」


 思わず雑な声が出る。「何言ってんだ」が止まらない。


「コイツを手伝うって、手伝う事が済んだばっかって話をさっきまでしてたつもりなんだが」


 宮村のツッコミにも荒い鼻息で返すばかり。真田自身も何を手伝おうとしているのか見当もつかない。彼女は一体どこから何を感じ取ってボランティア精神を発揮してしまったのか。目を爛々と輝かせ、真田の目の前までやって来るとグッと拳を作って意気込みを露わにする。


「優介が雷ビリビリでカッコ悪い所を見せないようにマリアが付き合ってあげる! マリア雷だし!」


 と言う事らしい。確かに電気を流され苦痛に喘いだ上に戦い終わった後まで引きずっていたのは少しばかり情けなく思わなくもないが、それにしてもあまりに、あまりに大きいツッコミ所が存在している。ただそのポイントがあまりに露骨だったので果たして指摘して良いものなのか悩みつつ、そっと肩に手を置いて真面目な顔で――


「マリアちゃんはそんな能力無いでしょ? 名目だけの『偽雷使い』なんだから」


「優介のバカ!」


 手を弾いて店の隅で体育座りをするマリア。どうやら何か気に入らなかったようである。真田なりに優しく真摯に、そして気を遣う必要が無いとキッパリお断りしたつもりだったのだが。この辺り対人スキルの低さが出る。言葉に詰まると説得力が落ちるからと頭に浮かんだままを発したのが悪かったのか。


「優介なんか、だいっきら――もう一生口きかな――んんんんんっ! もう知らない!」


「嫌われてはないみたいですけど僕なんか言いました?」

「難しい年頃なのよ、ああやって成長するから置いとけば良いんじゃない?」


 にべもない。篁はネットニュースに夢中だ。木戸も美しく透き通るグラスを明かりにかざして「ほう……」と悦に入っている。本当に誰もフォローするつもりが見受けられない。宮村はと言えば手を叩いて大爆笑だ。そんな訳で、真田も何をどうすれば良いのか分からないので放置決定。その内に元に戻るだろう。一生口をきいてもらえない訳でもない様子だから問題ない。


 マリアが拗ねた事で何となく話も落ち着く。このまま特に会話らしい会話も無くそれぞれ気が向いた時に店から出ていく事になるだろう。気負いの無い、悪くない関係性と言えるだろう。しかし、そんな静寂の時間を破壊する店の外からの声。


『見ろ、妹よ。こんな所にカフェがあるぞ。これは休憩せよと言う天の配剤!』

『お兄ちゃんってば名探偵! 手掛かりもお店も道端の小銭も見落とさない!』


「……んん?」


 凄く凄く凄く聞き覚えのある馬鹿なノリが聞こえてきた。なんとなく昨夜頃に聞き覚えのあるワードも入っている。頭の中で「まさか」「そんな」という言葉が交互に手を繋いでマイムマイムを踊り始めている。店の外の相手に対して何が出来るという訳でもなく、頭の中の輪に「いやいや」が加わった。


(いやいや、まさか、そんな、こんな所に来るはずは……ねぇ?)


 などと考えている内にドアベルの音が店内に響き――


「「あっ」」


「「今か!」」


「違う!」


 立ち上がり身構える真田と宮村に対し全力で否定する和樹の姿がそこにあった。後ろにはもちろん実和も。どうやら今が決着の時のようだと思ったが、そうではなかったらしい。運命が満ちた時に会うのではなく、何度か顔を合わせる内に満ちるらしい。運命。ポイントカードみたいだ。


「ぐっ……どうしてこんな事に……」

「こんにちは、お邪魔してもよろしいですか?」


「ああ、もちろん。どうぞどうぞ」

「店長が脅してくる以外は良い店だぜ?」


「あ、コラ! そんな親しげに……」


 文句を垂れる和樹には構わずさっさと勧められるがままにカウンターの席に座る実和。一瞬マリアに目を向けるが、誰も気にしていないので触れずに目を背ける。本格的に誰からもフォローされずに放置される幼女。寂しくなったら加わってくるだろう。


「いらっしゃい。ウチの馬鹿共が世話になったみたいで、悪かったね」


「いえ。良い経験、良い資料になりました」

「その資料は今すぐ頭から削除してください」


などと言葉を交わす隣ではまだこの場に腰を落ち着ける事に対して不満そうにしている和樹に向かって「まぁまぁまぁまぁ、食い物も美味いぞ?」などと宮村が絡みに行っては「うるさい! ボクに構うな!」と反発されている。昨夜は最後に宮村にやり込められたのが悔しいのか、それとも意外と早く会ってしまって恥ずかしいのか。そんな賑やかな声に紛れて、もう寂しくなったのかマリアがそっと寄って来ては無言で実和にジットリと視線を送る。敵情視察のつもりだろうか。まあ一言で表すならば混沌である。穏やかに流れそうだった時間は二人の来客によってこうまでも賑々しくなってしまった。どうしようもないほど平和な空間。死力を尽くして戦った直後にこうして楽しめるのならば、頑張った甲斐もあったというものだ。


 宮村と和樹の言い合う声をバックに、何とも言えぬ満たされた気持ちを胸に真田は目を閉じ――



「何これ」


 篁の声が店内を切り裂く。これだけ騒がしくしていてもハッキリと聞こえるほど、その声はトーンが違っていた。真剣で、それでいて少し困惑したような、そんな声色。様子を見てみると、眉を顰めてパソコンの画面に食い付いている。

 何事かと集まってきた面々に向かって、彼女はパソコンを回転させて画面を見せてきた。映像ニュース、そこにはあまりに見覚えのあり過ぎる男の姿が映し出されている。



『いつ、何を……と言う訳ではありませんが、私のこの身一つで新しい事を始められたらと思い、そのための城として買い取らせていただきました。ええ、しばらくはそこに詰めるつもりです。色々とやらなければならない事もあり……』



 ニュースの見出しは『梶谷 栄治氏、新規事業の立ち上げ その内容は?』とある。


「おじ様が山中の廃施設を買い取ったって。まだ何をするのかも決めてない新規事業のために」


「なんで何も決めてないのに買っちゃうの?」

「そりゃお前……アレだろ」


「一度だけ、ボク達は顔を合わせて話した事があるが……そういえば言っていたな、何が起きても気付かれにくい離れた場所の建物を買い取りたい、と」


 山の中の、何が起きても人に気付かれにくい場所。そこを無計画に買い取ってしばらく詰めると言う。何とも言葉にしがたい感覚が全員の胸を過ぎった。それはきっと、運命が満ちた事を知らせる合図だったのだろう。何かが始まる、誰もがそんな風に思っていた中、真田だけは少し違った。彼だけは始まるのではなく、始めようとしている。


「城攻め、か……」


 決着の時、来たる。

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