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暁降ちを望む  作者: コウ
絡み合う戦場
240/333

13

 決して勝つ事が目的ではない。そんな見事に都合の良い結論が出てしまえば随分と気が楽になった。勝たなくても、生きて戻る事さえ出来ればそれで充分過ぎる成果なのだ。問題はどうすれば無事に戻る事が出来るのか、そこが肝心である。それが出来るのなら勝つ事だって出来るのではないかと思ってしまうが、必ずしもそういう訳ではない。勝つ事を捨てるのならば作戦の自由度が大きく変わってくる。


「おおっと、こっちに来たか!」


 動きやすくするためにまた少し距離を取り直していた宮村の動揺した声がする。今度は宮村に対して両側からアプローチを仕掛けてきたのだ。二人が走り寄る。近接戦闘の専門である実和はもちろん、和樹もある程度までは接近した上で攻撃が可能だ。これは確定まで時間を要する。とにかくまずは牽制、両手を横に突き出すようにして左右に攻撃を放つ。どちらかに集中する訳にもいかないので狙いも何もあったものではないが、真っ直ぐ飛ばす事くらいは簡単だ。


 対する二人の行動はそれぞれ、右手側はブレーキを掛けて回避に専念。左手側は走ったままながらも一度大きくルートを外れて確実に回避。回避したという結果は同じであるが、その過程は実に対照的であった。


(難しく考えるのは面倒くせぇ! 前に出てくる方が『近』だ!)


 そして宮村は右手側の方を向いた。実和ではなく和樹だと思っている方だ。前衛と後衛がぶつかり合うという流れは完全に無視した動き。だが今ならこれで良い、これが良い。和樹はその場からいくらでも攻撃が可能、対して実和は接近するまでは無力と言って良い。もちろんこれらを一人で相手しているならば無力などと断じる事は愚の骨頂。ただ、今は間違いなく二人で戦っていると言える自信があった。だからこそ迷わずに行動が出来る。


「くっ……邪魔を……」


 忌々しげな実和の声。目の前には割って入った真田の姿。宮村が実和を無視して背を向けた瞬間に真田も動き出していたのだ。実和の動きを制限するという目的ならば互いに攻撃を受けないよう足を止めて戦う羽目になる真田が適任。もっとも、誰もそこまで深くは考えていないのだが。

 しかし今回は極めて見切りが早い。競い合おうとする様子もなく、すぐさま二人は姿を眩ませてしまった。真田達が厄介な動きをし始めたと認識しているのだろう、これ以上ないほど本気の動きだと言える。


「真田!」


 すると宮村は真田の所に急いで移動し、またもや背中をくっ付けてはグッと押し付けるようにした。真田にもその意図は何となくではあるが伝わり、背中を押し付け返す。二人の背中の接触している所を軸に、より細くより細くと押し付け合いながら回転する速度を上げる。呼吸が見事に合っていなければ上手く回転する事など出来ないが、二人はそれを成し遂げて高速で動き回る白河兄妹に対応。自由に走る速度と比べれば回転速度は大いに劣るが、静止状態よりも速度差が縮まって強化された動体視力ならば捉えられる程度に感じられるようになっていた。残念ながら初動が遅れたのでどちらがどちらなのかは既に分からなくなっているが、見える。


(来る……っ)


 二人が視線を交わした、そんな気がした。全身の毛が逆立つような感覚が襲う。その予感は的中。奇をてらった行動はしない、二手に分かれてそれぞれ走り寄って来たのだ。これまでと違うのは、『立ち止まってその姿を露わにしてどちらなのか考えさせる時間』を完全に排除した点。


 回転を止めてそれぞれが『実和らしき人物』と向き合う。見分けはつかない。だが二人は躊躇する事なく行動する。宮村は安定のストレート、そして真田は小指を立てた右手を前に突き出す。するとその指先から青い炎が一瞬だけ広がって腕を包み、そのまま消える。叶との戦いで開花した真田の新たな能力の使い方。ただ熱く、ただ熱く、ただ熱く。その一心で攻撃範囲の全てを犠牲にした超攻撃力特化タイプ。極限まで炎を小さくした結果としてもはや炎は見えなくなっているが、勝利へ向かう執念が敵を決して離さない。ひとたび触れればその場所に炎が留まり続け、苛み続ける。


 彼らのバックに居る梶谷はその戦いを見ている。既に出している情報は全て伝わっているくらいに考えておいた方が良いだろう。つまりこれも知られている。だからこそむしろ牽制に使えるのだ。実和なら警戒して立ち止まる、和樹ももちろん立ち止まる。真田には判別が出来ない。本命は宮村の方だ。


 牽制のストレートは回避した上でさらに接近する相手。まだ確定ではない、確定するのは攻撃の瞬間だ。和樹には接近してから戦う術が無い。体術くらいは使えるかもしれないが、いくらなんでもそれが、特に宮村に対して有効であるとは思っていないだろう。実和の能力があるからこそ接近戦を挑めるのだ。故にどれだけ接近するような素振りを見せたとしても、和樹ならば必ずそれなりの距離で立ち止まって手をかざす――そう、まさに今、この時のように。


「遠だ!」

「了解!」


 叫ぶと同時に宮村が腰を曲げる。そしてその背中の上を真田が転がるようにして、二人の位置を入れ替えた。真田の前には和樹が、宮村の前には消去法で実和が。一度も打ち合わせていない、完全なアドリブによる連携だ。これは和樹の行動を防ぐ手である。一度能力を使ってしまえば少し間を空けなければならない和樹は十全な状態で向かい合うのに弱い。構えてはいるが、ほぼ無防備と言って良い状態なのだ。

 それと同時に、宮村は体を起こしながら立ち止まって様子を窺っていた実和に風弾を放つ。あまりの流れるような動きに実和も真田に対する警戒を維持したまま宮村と相対してしまっていた。そのために少しだけ遅れる回避行動。姿を消そうとしたその腕に風弾が掠る。これが、ここに来て初めての敵に与えたダメージである。


 実和、逃走。続いて和樹も攻撃をせずに逃走。敵には攻撃をさせず、こちらは攻撃し続ける。状況は完全に盛り返していた。


(信じらんねぇ、真田とこんなに合うなんて……)


 基本的には真田と宮村のスタイルは合わない。考える真田は宮村のスピード感に対応できず、宮村は自由な行動で真田の想定から外れていく。しかし今は宮村自身も驚くほどに噛み合っていた。自由自在に動く二人はコンビとして完成している。


 これは真田の方に理由がある。もちろんと言うべきか、真田の暴走だ。今の真田は思考の速度を落としているが、それでも一度深く入った暴走状態は簡単には解除されてくれない。その状態の真田の戦闘に対する思考は非常にシンプル。簡単に言えば『近道』を選ぶのである。とにかく目的に対して近くて、面倒じゃなくて、分かりやすいルートを即座に判断してその行動を取る。普段ならば最適解を選ぼうと考える所を、その過程を飛ばして仮に最適解じゃないとしても近道を選ぶ。それはどこか、宮村の持つ戦闘のセンスに近いものがあった。効果的に相手を攻める分かりやすく簡単なルートを無意識に選び取る。真田の暴走時に限り、二人は間違いなくコンビとなるのだ。


「行くぜ!」


 何を、とは言わない。言わなくとも勝手に理解してくれるだろうと考えている。二人の目的、行動、呼吸は完全に合わさっている。


 奥の手を繰り出されてから初めて、真田達が先手を取る。二人が動きを止めるよりも先に、真田が宮村から離れて真っ直ぐに走り始めた。この距離ではせっかくの二人の連携もほとんど使えない。風弾を補助的に飛ばすのが関の山。そんな敢えて分断された、分断した状況で白河兄妹はそれぞれの相手を担当する戦略を選んだ。真田の前に一人、宮村の前にも一人。その姿からはどちらなのかすぐに判断する事は出来ない。

 だが、姿以外の要素からならば予想は可能だ。戦う相性と言うものがある。先程はあの手この手で接近を果たしていたが、宮村に対して実和の相性は悪いのだ。ここ一番という時に宮村へ実和をぶつけるような事はしないだろう。即ち、真田の前に居るのが本物の実和だ。


「実和さん、勝負!」


 ここで真田はわざと名を口にした。奥の手は見破られている、そう思わせるために。予想は正しかった。「ぐぅ……そっちは……っ!」と和樹の声が離れた背後から聞こえてくる。そんな和樹を目の前にした宮村は鷹揚にその様子を眺めていた。後ろでは青い炎を薄っすらと纏いながら走る真田、動きを止めたばかりの上に名前を呼ばれて逃げるタイミングを逸した実和。そんな妹をフォローするため、和樹は一歩だけ横に動いて真田に狙いを定めた。妹に対する愛が為せる技か、一瞬その姿が二人分に見えるほどの速度で彼は行動した。瞬間的ではあるが、これまでのどの動きよりも素早い。


 しかし、そんな事を宮村は許しはしない。静と動、突如として唸りを上げる両の拳。


「なぁっ! ……ん、だと……ぉ」


 和樹の顔面、その両頬に風弾が当たったのだ。それも左右完全に同じタイミングで。同時というのは意外とありえない。どうしてもタイミングは少しズレがあるものだ。完全に同時に殴ろうと思えば威力の方にも影響が出る。宮村のこの攻撃は、想定外の威力で想定外のポイントに攻撃を加えたのである。当然、頭が追い付かずに和樹の動きは完全に停止した。


 その時の真田は実和に向かって突進。逃げそこなった実和は迎え撃つ事を決意。真田の攻撃範囲は狭くなっている、充分に触れ合わず戦う事は可能だと冷静に判断しての事だ。右手を伸ばす真田と向かい合って少し腰を落とす実和。迎撃態勢は充分と言ったところだろう。真田の手に対して実和が足を合わせたならば、手の動きが直前で停止する。それが流れと言うものだ。そうやって最初は戦っていたのだ。


 実和のミドルキックが正確に伸ばした手に向かって放たれる。だがもちろん、二人は触れ合う事なく寸止めの距離で静止する。違うのはそこからだ。

 真田の手から炎が消えた。一切の武器を持っていない状態、圧倒的な不利。そんな中で真田は少しも悩まずに、実和の足に組み付いた(・・・・・・・・・・)。ここまで発動されていないが、実和の能力は触れた相手に強力な電気を流す。真田は敢えて死地に踏み込んだのだ。


「何っ!?」


 よもや相手の方から接触してくるとは、しかも能力を知っている上でそのような行為をするなど実和にとっては信じがたい事であった。動揺が走る。ただ動揺をしながらも彼女は冷静だ。何が起こったのか、これは罠なのか、あらゆる疑問が頭に浮かんだ事であろうが、それらを無視してこのチャンスを逃すまいと能力を発動させる。


「が、ああああぁぁぁぁぁぁぁ!」


 悲鳴。真田のもの。彼は何の対処法を持っていた訳でも罠を仕掛けた訳でもなかった。本当に単純に足を掴んだのだ。幸運にも救いがあるとすれば、これまで実和はコンビの連携を重視して戦っていたためか、それとも何らかの警戒心が働いたのか、この一撃で即座に殺せてしまうような電流ではなかった事だろう。筋肉が収縮する、呼吸が苦しい、そして単純に痛い。体験してきたあらゆる痛みを想定して覚悟を決めていた真田であったが、これは想定できる類のものではなかった。即座に死ぬようなものではなかったとは言え、場合によってはこのまま死ぬ可能性も充分にあったというのは電気の怖さを何となくの曖昧なイメージでしか知らない文系人間の真田は分かっていなかった。そもそも痛みに耐える事が出来ても心臓が止まってしまえば意味が無い。もっとも、しっかりと把握していればこのような蛮勇を奮えなかったので結果オーライであるのだが。


 動きを止めてしまえば何とでも出来る、そんな理由で実和が電気を流す時間を短くしたのがもう一つの幸運。腕輪の回復能力が少しずつ真田の体を動ける状態に戻していく。呼吸が楽になり始める。

 そんな真田の体を足から引き剥がして強引に押し倒し、その上に圧し掛かる実和。何かあればすぐさま再び能力を発動させる事が可能な完璧なポジションである。


 勝ったか、と、少し早くそんな事を考えた実和が目を動かして周囲の様子を確かめると、存在しているはずの二つの人影は存在していなかった。その代わりに一つの不思議な形の影がある。それはまるで地面に倒れた人間の上に誰かが圧し掛かっているような、まさに今の実和と真田と同じような形のような。そんな影。


「よう、お疲れさん」


 もう一つの影の上に乗っている方――宮村は笑いながらそう声を掛けた。和樹の両手を片手で掴んで動けないようにしながら、もう一方の手は拳を作って振りかぶっている状態。すぐにでも攻撃できる、実和と同じくリーチをかけた状態だ。


 まさかの二軒リーチ。これが真田達の組み上げた作戦。そう、人質交換である。殺す必要は無い、勝つ必要すら無い。負けなければ、無事に戻れたならばそれで良い。白い少女との戦闘の決着から着想を得た展開であった。


 四人が四人、それぞれ順番に視線を交えていく。言葉は無い、交わす必要も無い。何をどうするべきなのか、それは誰もが分かっていたのだから。

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