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火蓋は切って落とされたものの、戦いの始まりは非常に静かなものであった。自然と前衛の二人がそれぞれ一歩前に出て後衛を防御する基本的なフォーメーションを組む。ジリリと距離を詰めているような詰めていないような、繊細過ぎる一歩を積み重ねている。
炎と強力な電気。前衛の二人は互いに相手の能力が触れるだけで充分過ぎるほどに危険であると理解している。だから積極的に動き出そうとはしない。間違って自分が倒れてしまえば戦力のバランスが崩れてしまうのだ。勝手な事は出来ない。自分達で始められないのなら、そのキッカケとなるのは後衛の二人となるだろう。二人の呼吸が最初に合ったチーム、それが最初の一撃を放つのだ。
(狙うのは和樹さんの方、でもそのためにはまず実和さんをやり過ごす必要がある……最悪、僕は触らなくてもダメージを与えられる。そのリーチを活かしながら上手く……イケる、やろう、大丈夫。けど、動けるか?)
真田の準備は整っても宮村の準備が整っていなければ意味が無い。そういう意味では、この局面の真田と宮村の相性はあまり良くない。と言うよりも宮村の能力がこの局面に向いていないのだ。高い正確性を身に着けた宮村であるが、射線上に真田が立っているのだから正確に狙うも何も無い。変化させて真田を避ける事も可能だが、それだけ到達は遅くなる。到達が遅くなれば正確な狙いも意味を失う。相手の動きを呼んで放てば良いのだが、宮村の関与できない真田の動きによって相手の動きも変わってしまう。つまり、宮村という男が最もその力を発揮できる場面は一対一、タイマンの時なのである。
さて、ここで宮村にその力を何とか発揮させようとすると真田が絶妙なタイミングで一瞬だけ射線を通してやる必要がある。それはあまりに難易度が高い。
それと比べた時、相手方はかなり有利となる。何しろ、呼吸の合い方といったら抜群なのである。その点に関しては正直に言って勝てる気がしない。もちろん、この場で先手を取ったのは相手、白河兄妹。
少しずつではあるが確実に動いている実和の後ろ、和樹が大胆に腕を振り上げるよう動かし、その手を真田に向けてかざした。
(ヤバいっ!)
明らかな嫌な予感がした。何が起ころうとしているのかはとりあえず分かる。一瞬の判断、迷っている暇などあるはずもない、全力で前に向かって走り出す。単純に状況だけを見れば、真田が焦れて突撃を敢行したように思えるだろう。手をかざしてから真田が走り出すまでの間は瞬きする時間すら挟まれていなかった。それだけ視界全体の動きに集中していたのだ。それなのに、たったそれだけの時間なのに、真田が走り出したすぐ後ろで轟音が響く。吹き飛ばされそうになりながらも、それより速く駆け抜ける。微かに「おわぁっ!」と宮村の悲鳴が聞こえたような気がしたが、もはやそれも定かではない。
間違いなく落雷だ。あまりに速すぎる。こんな速さで攻撃が出来て良いのか。手をかざした瞬間と真田が走り出した瞬間、そして落雷の瞬間は全てが同じタイミングであったと言っても過言ではないほどであった。あまりにも、あまりにも強力、凶悪。
ともあれ、誘い出されるようにしてではあるが事態は大きく動き始める。真田が動いた様を確認してから実和もまた走り出す。中間地点、そこよりもやや白河兄妹寄りの位置で邂逅する二人。位置としては相手に近い真田優勢ではあるが、状況に強引に突き動かされた真田としっかり余裕を持って迎え撃った実和では精神的に相手の方が優勢。先に動いた方が負ける、そのパターンだ。だが、真田が戦おうとしているのは実和ではなく和樹の方。それならば、パターンやフラグ、ジンクスなどと言うものは振り切ってみせる。
「おおおっ!」
咆哮と共に腕を伸ばす。胸ぐらを引っ掴んでしまおうという魂胆だ。相手には触れず、それでいて動作に制限を掛ける事が出来、引き寄せればこちらの攻撃の威力を上げて魔法を発動する間も無く戦闘不能に出来たり、あるいはそのまま投げ飛ばす事も選択肢として挙げられる。非常に有効な初手であると言えるだろう。ただ有効な手というものは相手も警戒する訳であり、上体を反らしてあっさりと回避されてしまった。だが話はそこで終わらない。実和は上体を反らしたまま、細い足をしならせてハイキックを放つのだ。何と無茶な体勢だろうか。真田ではイメージする事は出来ても体の柔軟性が実行を阻止するだろう。パンツルックの動きやすそうな格好であるが、よもやここまで自由度の高い動きをしてくるとは。能力に関係なく、こちらも恐ろしい敵だ。
必要な分だけ膝を曲げてハイキックを回避。同時に少しだけ横に移動する。角度がついた事で和樹の姿がよく見えるようになった。常に視界に収めて警戒しておかなくては危険である。もちろん実和との距離が近い内は少しくらいは警戒を緩めても大丈夫だろうが、それでもいざとなったら諸共に、という可能性も否めない。
そんな事をちらりと考えた真田の背後で一瞬、魔力が迸った。宮村の一撃だ。最高速の右ストレート。それは真田達の方ではなく、横移動した真田に合わせるようにして実和も動いた事で通った射線の先、和樹の方へ向かう。最高速とは言えど所詮は単発の直線的な攻撃、容易に避けられて、反撃とばかりに手をかざして雷を落とされる。真田には背後の様子を窺い知る事は出来ないが、それでも「うぉぉぉい!」「あっぶねぇ!」などと聞こえる内は問題ないだろう。万が一に備えて宮村が和樹と交戦して引き付ける。遠近のせめぎ合いが予測される本番の前に前衛同士、後衛同士の前哨戦が始まっていた。
足技が得意なのか、再び放たれた上体の距離を取りながらのハイキック。それをこちらも再び最小限の動作で逃れた後、どう見てもバランスの悪い体勢を崩してやろうと、腕に炎を纏わせてコンパクトに横に振ってみる。炙るような感覚だ。少しでもそれに恐怖を覚えて重心を後ろに傾ければ転倒する未来は避けられまい。しかし実和は底が知れない相手だ。成功する確率は最大限好意的に見て五割と言ったところ。いや、その想定すら好意的に見過ぎていたのかもしれない。実和の肝の座り方ときたら素晴らしいものだ。直に攻撃はされない、それならば精々熱い程度だろうと読み切っているのか僅かほども動じない。素の淡々とした表情で足を引き戻し、今度は真っ直ぐ突き刺すような蹴りを放ってくる。最短距離を突っ走るその蹴りの速度はこれまでの比ではない。油断していたら確実に顔面を捉えられていただろう。その点においては、似たような蹴りを何度も喰らったばかりである事が功を奏したと言える、冷静に片足を引いて半身に構える事で回避する。
(蹴り主体か……そうなるとリーチの有利がなくなっちゃうな)
この兄妹、腹立たしい事にスタイルが良い。足が長い。ただでさえ腕よりも長い足がさらに長いのだから、少しくらいのリーチの有利は完全に無視される事となるだろう。
真田は近接戦闘が主で、全力を出せば中距離、遠距離に差し掛かるであろう距離まで対応できる。この場合の全力とは努力のような意味ではなく火力、火勢の方面の意味合いだ。全力を出せば実和の蹴りの射程よりも遥かに遠い場所から攻撃する事が可能ではあるが、この場合それは得策ではない。その大きさの炎を扱うにはどうしても動作が大雑把になってしまうためだ。実和は近接戦闘タイプ、小回りの利く動きで接近を許そうものならもう真田には為す術が無い。また、実和から離れると先程からこちらとは正反対のド派手な戦闘を行なっている和樹の落雷の餌食になる可能性が飛躍的に高まるのも大きい。現状、真田にとっての最適解はこの距離でほんの一瞬で良いから実和の隙を生む事だ。
片足を引いた、その状態から少し腰を落として直突き。決して拳は当てないように寸止め、よりももう少し手前で止める。技術不足。そして当てる気が無いと確信している実和はそれを気にする素振りも見せず、狙われている箇所を今よりも前方に移動させないようこれまでよりも浅くではあるが体を反らしながら真田の拳とは反対の左手側にミドルキック。横方向の攻撃、しかも胴を狙われると避けにくい。屈めば次の動作がそれだけ遅れる、ならば敢えて避けずに当たりに行くまで。おもむろに左手に大きな炎を発生させ、思考で制御して無理矢理に相手の足に向けて伸ばす。
確実に衝突する。それは実和の攻撃の成功でもあるが、同時に真田のカウンターでもあるのだ。彼女の攻撃は通るだろうが、まさかそんな返しをするとは予想していなかっただけダメージも大きくなるだろう。それを察したのか、彼女もまた恐らくは思考によって強引に、当たるはずだった蹴りを引っ込める。
真田はもちろん、相手もまた接触を強く警戒している。真田の意識の外から蹴り飛ばしたい、反撃の芽が出そうにない状態を狙いたいのだ。
(……よし、とりあえずこの場は見えたな)
真田の口角がヒクリと微かに上がった。