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暁降ちを望む  作者: コウ
どん詰まりの楽園から
218/333

「ほーん……それで宮村と仲直りしたいんだ」

「仲直り、まあ、そうですね」


 数分後、ここ最近の出来事について説明する真田の姿が。なお、白い少女、腐った妹(自称親友)と着ぐるみ兄妹、コイントス男についての顛末は説明がややこしくなるので大胆にも全カット。編集センスが光る。よって、二人に教えた情報は「魔法使いの変な兄妹に挑まれた」という事だけだ。それに付随して宮村と二人、期限付きという要素。


「でも、こんな事を言ったら悪いかもしれないけど、ちょっと意外」

「なにが?」


「真田君はもっとこう……何と言うか、もう少し……斜めから戦う人だと思ってたから」


 そんな言葉を口にした雪野が知っている戦いと言えば叶戦くらいだ。さんざん頭を回した挙句、全員で取り囲んで前衛は誰かを常に死角に置いて、チクチクと気を散らせながら戦って、駄目そうだと思ったらさっさと最小限の犠牲で逃げて再戦しようとしていた戦い。結果的には真田と叶の一騎打ち(ハンデ・助力有り)のような形とはなったものの、真正面からぶつかった戦闘とは言いがたい。もっとも、それだけ相手を評価しているという事に他ならないのだが。


 ともかく、この発言を受けて真田は小さく笑ってから答える。


「――そういや何で真面目に戦おうとしてんでしょうね……」


「あ、何も考えてなかった。これ宮村の名前出てビックリしちゃって頭動かなくなったパターンだわ」


「うわ、痛恨のミス……そっかぁ、宮村君や梶谷さんがいなくても日下君や篁さん辺りを誘ってこっちが各個撃破しちゃえば良かったんだぁ……」

「真田君、それは流石に……」


 優等生の雪野氏、再びドン引き。明らかに卑怯な手を口にしながら頭を抱えて本気で後悔しているのだから当然だろう。真田自身も正直どうかと思っている。しかし真っ当な陽の当たる道を歩けない人間だっているのである。格好良く言うとそんな感じのサムシングなのである。


「でもまあ、今は戦うなら正面とは決めてます。白河さんと話す前なら方針を変えてたかもしれませんけどね。本気で戦いたいって気持ちを伝えられたなら、こっちも受けて立たない訳にいきません。一応仮にも彼女の親友ですから、信頼には応えますよ」


 出会いは偶然のような運命のような、両者の間をユラユラ揺れ動く曖昧なものだ。時に、本当に運命としか思えない奇跡的なタイミングで誰かと出会う事もあるが、決してそればかりではない。ただ、実和と会って話したタイミングはまさに運命、その分かれ道だったのだろう。その出会いが無ければ真田は今からでも戦い方を変えていた。


 真田は不意打ちのような戦法は嫌いではない。むしろ好ましいとすら思う節がある。正々堂々とした戦い方ではないと分かってはいるが、だからこそ自分には合っていると思っている。しかしそれはそうまでして勝つ理由があるのならば、だ。今の真田が背負っているのは自分だけではない。宮村の、そして詳細は分からないが他の仲間達の願いも分担して背負っているのだ。意味も無く殺されたくはない。故に、常に不意打ちも辞さない。


 だが、今は正々堂々と戦う理由も同時に存在してしまっているのだ。真正面から宣戦布告をした和樹には礼儀として真正面から受け止めるべきだろう。実和から押し付けられた親友という言葉に縛られているような気もするが、それでも応えるのが人間というものだろう、男というものだろう。


「ゆーすけのくせに、ミョーに晴れやかな顔しちゃってぇ」

「ははは、顔に出ますか」


「あんま見えないけどね。でも何でも出来ちゃいますよっみたいな感じ」


 事実、正々堂々と戦う事を決めた真田の胸中は実に晴れやかだった。やけに心が軽い。たまにはこんなのも良い事だ。もちろん正々堂々と戦うよりも前に厄介な関門が存在しているのだが、それすら何とかなるだろうと思っている。可能性は無限大に広がっている気すらするのだ。


 そんな真田の様子を笑って見ていた吉井だったが、小さく息を吐いてから呟くように言う。


「……これから、どうなるんだろうね」

「さあ、とりあえず宮村君をどうにかする方法を……」


「そうじゃなくって」

「ああ……」


 真田の視界が少し暗くなった。そうだ。魔法使いだ何だとは言っているが、高校生活も折り返し。現実の方から目を背けた先に回り込んでその姿を見せつけてくるようになる時期だ。人生は止まってはくれないし、振り落としもしない。その場に立ち止まる事を絶対に許してはくれないのだ。


「やー、なんかゴメン。優介の顔見てたらちょっと思っちゃって。これから何をしてくんだろうなーって。微妙に真面目に」


「私はもう志望校も決まってるから……受かるかどうかは別だけど」

「僕は……まあ、どこかで四年ですかね」


「ざっくり」

「人それぞれ色々と違うのは分かってるんですけどねぇ……やっぱ宮村君を見てると少し焦ります。が、自分で言うのもアレですけど今の所は完全に社会に適合できないタイプですので。引き伸ばし引き伸ばしで。人生延長戦で」


 将来のビジョンがハッキリと見えているような人間はそう多くはないだろう。しかし、真田の場合はそれが顕著だと言える。仕事とは何事も人との接触が避けられないものだ、そんな世界に飛び込んでいる自分というものが少しも見えてこない。あんな仕事をしている自分、こんな仕事をしている自分。そんな妄想すら出来やしない。就職とは働かずに飢えて死ぬか、働いてストレスで死ぬかを選択する儀式だと考えている。それを先送りに出来るのならばしたくなるのが人の常というものだろう。


「何か、色々とあるんでしょうよ、僕にも。可能性とか才能とかね。でもそれってただ『ある』ってだけで『なれる』ってのとは全然別の問題なワケです」


「アレだ、ここみたいな感じだ」

「香澄……何言ってるの?」


 両腕を広げて何事か言い出した吉井に若干冷ややかな視線が送られる。真田も言葉無くただ見ているだけ。


「ちょっ、その変なこと言ってるみたいな目やめてよ! だからぁ、屋上に行く道は見えてるのに行けない、この踊り場みたいだねって状況を上手く活用してナイスコメントをしたの!」

「ナイスコメントだったかどうかは置いといて……言いたい事はまあ分かりました」


真田が発言に対する一応の理解を示しながら頷いて見せると「置いとかないでよ!」と吉井が文句を言うのが聞こえた。もちろんこれも置いておく。


「つまりアレですね、僕が穴場だと思って行きついた場所はどこにも行き場の無いどん詰まりポイントでした、人生どん詰まり状態の僕にお似合いですね、あははははって話ですよね」

「ううっ、ゆーすけ……笑ってない……」


 機械的に口角を上げただけの表情になっているのが自分でもよく分かる。笑い声こそ発したものの目は爛々だ。怪しく鋭く暗く、ギラギラドロドロと輝いている。あるいは淀み切っている。

 真田の背中から黒いオーラか何かが出ているのが見えたのだろうか、両手を打ち鳴らしながら慌てたように雪野が喋り始めた。


「で、でも! ほら! 見方を変えればスタート地点みたいじゃない? ここから、ねっ? ここからまだまだ道を探せるから!」

「わあ、熱いフォロー。や、良いんですけどね。意外と響きましたし」


 茶化したように答えながらも実は少し納得させられた。なるほど、迷路の行き止まりは振り返ればそこがスタート地点のように思えなくもない。逆から辿ってみればまた新しい道も見付かるだろう。


 淡々と、それでも沸々と元気が湧き上がってくるような気がした。ここから、どん詰まりのこの場所から改めて始まる。


「まー、そーですねー……ここから初心に戻る事が必要かもしれませんねー……今は完全に立ち止まってる感じですから、再始動にはエネルギーがないと。よし、思い切って宮村君に声かけますか……ちょっとずつでも変わっていこう、自分」


「おお……優介が前向きに」

「良かった……」


 変わる事、それが少しずつでも構わない。それこそが真田の初心だ。両手をグッと握り締めて、決意を新たに立ち上がろうとする姿を妙に感慨深そうに二人が眺めていた。いつの間にか謎の保護者目線である。頑張ろうとする子供を温かく見守る姿勢。なんとなく気に入らないが、迷惑を掛けているであろう事は確かなので甘んじて受け入れておく。


「そうと決まったら、昼休みももう少しですし、教室に戻りますかぁ」


「あ、その前に」

「はい?」


 真田は目立たないようにするあまり、何だかんだで欠席も遅刻もしていない。今も充分な余裕を持って教室に帰れるようゆったりと立ち上がるのだが、歩き出そうとするその進路を塞ぐようにして吉井が素早く行動してきた。魔法使いすらちょっと驚くスピード。恐ろしい。

 何事かと思った真田の肩にポンと手を置いて、彼女はやけに明るい笑みを顔全体に広げながら言葉を発した。先程の真田とは違って確かな笑顔だったが、不思議と、笑っていないように感じられる何らかの『凄み』があった。


「その……白河さん? についてお話を聞かせてもらおっかな? 彼女って事は女なワケだ、それで親友なワケだ。ちょっと詳しく聞くまでは戻れない。それで仮に授業に出られなくても良い!」

「いや、出ましょうよ!」


「真田君……そう思うなら早く話した方が良いわ」

「味方が居ない!」


 やはりここはスタート地点などではなく、単純に袋小路に追い詰められただけのような気がする。二人の捕食者に囲まれて逃げ場を失い、真田は顔をひきつらせながら冷や汗をかくのであった。


 なお、死ぬ気で授業には間に合わせた。

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