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「真田君、どうかしたかい? ――ん?」
麻生だった。どうやら騒ぎを聞き付けて店から出てきたらしい。地面に先程までは存在していなかった石を見て眉をひそめる。そしてその視線は、未だに右手を燃やしている真田へと。
「……真田君?」
「い、いえ! その、これはですね……!」
とにかく何か言い逃れをしようと麻生の方に顔を向ける、その瞬間だった。顔を叩くように風が吹き、その風によって舞い上げられたいくつもの石が真田の左半身を強かに打つ。
「ぐっ……! う、うぅ……」
この男の魔法は風属性、風を操って石などの物を飛ばして攻撃する戦い方をしているようだ。つまり先程の木材は、単体では虎の子と呼ぶべき最高の武器だったかもしれないが、必ずしもそれが最高の戦い方とは限らない。
敵の周囲に石をばら撒き、それらを飛ばして攻撃する。全方位からの面攻撃、それこそが相手の最も得意とする戦法という事だ。
麻生の登場によって焦ってしまった真田は完全にノーガードの所に石の散弾を受けてしまう。すると必然、膝から崩れ落ちる結果となった。当たり前だ、真田は痛みに対する耐性が少ない。喧嘩をした事が無ければ大きな怪我をした事も無い。そんな人間が思い切り石をぶつけられて平静でいられるわけがないのだ。
「さ……真田君! 大丈夫かい!」
地面に倒れ伏す真田に麻生が駆け寄る。真田の意識は薄弱としていて、意志力の結晶である炎は完全に消えていた。体は制服に隠れて分からないが、顔には石をぶつけられた事による傷が生々しく付いている。
腕輪の存在は魔法を使えるようにする、身体能力を高める事が全てではない。ある意味で、命をもう一つ与える事も大きな能力だ。このままさらに攻撃を受けて、仮に致命傷を喰らったとしても真田は死なない。しかし、そんな事は分かっていたはずの真田の頭からその事実は完全に抜け落ちていた。
それこそがリアルな死の実感。全ての知識も常識も忘れた境地に真田の精神はあった。
頭の中にあるのはシンプルな気持ちだけ。死にたくない、殺されたくない、生きたい。それだけが真田を動かす。ある意味で、何よりも強い意志力がそこにあるとも言えた。
「あーあ、オッサン急に出てくるからそいつ死んじゃいそうじゃん。どうすんのよ」
「き、君と言う人は……」
遠くから声が聞こえてくる。麻生と男が話しているようだ。現在、真田の頭は戦う事に特化していた。真田は学校の成績は悪い。が、頭の回転そのものは決して遅くない。むしろ早い方だ。
その頭を必死に回転させて現状からの打開策を考える。同時に体力の回復と立ち上がる気合を奮い立たせようとしていた。
(考えてみると、攻撃って避けるか防ぐかしかないんだよな……当たり前か。さっきも石降ってきた時それしかなかったもんなぁ。さっきのは背中で受けたんだっけ……ん?)
ふとした疑問が頭に浮かぶ。生きたいと思っているのだが、そもそも何故まだ自分は生きているのだろう。脇腹に一度、背中に一度、左半身に一度。回数で言えば三回だが、昨夜の戦いでは自分は一度しかまともな攻撃をしていない。もちろん能力の差はあるのだろうが、それにしても自分にまだ思考する力が残っている事が不思議だった。
(これって大事な事なんじゃ……僕は一回、あの人は三回、魔法の違い……)
「待ちなさい、何をするつもりなんだ!」
「いや、何って……まだ腕輪壊れてないし。魔法使うのも疲れるから自分で殴って殺しとこうと思ってさ。やっぱアレだよ、自分の手に殺した感触みたいなのを残してあげないと失礼じゃん?」
再び会話、そして足音。内容から察するに、相手が近寄って来て自らの手でトドメを刺そうという魂胆らしい。危機ではあるが、真田はそれをチャンスと受け止める。
足音が頭のすぐ近くで止まったかと思うと、石を拾い上げるような音が聞こえる。文字通りすぐ近くまで近付いている。自分の死と、そして逆転のチャンス。
「止めないか! 人を殺そうとするなど……許される事ではない!」
「良いんだよ、俺もコイツも……殺したって死なないんだか……らぁっ!」
視覚も、そして聴覚もほぼ閉ざされている状況下、真田の感覚はこれ以上ないほどに鋭敏になっていた。石を振り上げ、振り下ろす。そんな風の動きを頬に感じる。今こそが反撃を可能にする唯一の機会だった。