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暁降ちを望む  作者: コウ
気付けない
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 宮村 暁は心配していた。


 何かあっても大丈夫だとは思っているが、それが病気などであった場合は必ずしも大丈夫だとは言えない。冷静に考えてみればその可能性もあるのだから、心配はどうしても浮かんでくる。何を、と問われたならばもちろんそれは真田の事だ。


 およそ十分前に続いて今もまた電話を掛けているのだが、やはり真田は応答しない。一日くらいなら音沙汰が無くてもまだ理解できるが、これほど続くとどうしても連絡を付けてやろうと躍起になってしまう。「いい加減に気付け、連絡しろ」と思いながら頻繁に発信するも返事は無し。


(やっぱダメか……)


 何とか重く考えないようにしながら胸のざわつきを無理矢理に押し止める。地元に帰るとは聞いていたが、それが何処かは聞いていない。つまり連絡が取れない以上はもう宮村に、宮村達には何もする事が出来ないのだ。考えるだけ無駄な事は考えない、それで人生はバラ色だ。


(よし……大丈夫だ、何にも問題ない、大丈夫、大丈夫……)


「真田先輩ですか?」

「大丈夫だ」


「は? ああ、そうですか……」


 思わず口をついて言葉が出てしまった。頭の中での考え事など分かるはずもない日下は怪訝そうな顔をするもののとりあえず受け流してくれる。大丈夫という言葉もこれだけタイミングを外した即答をされるとむしろ不安で仕方ない。それを無視してくれたのだから感謝すべきだろう。


「よぉーし! よし、よっしゃ! 続きといくか!」

「どうしたんですか、急に」


 流石にこのテンションの上がり方だけはあまり流す事は出来なかったようだが。



「まあ、宮村先輩は立派ですよ。本当に」

「や、でももうちょっと……」


 日下の賞賛も宮村は受け入れようとしない。自分としてはまだ納得がいかない様子だ。今日も今日とてグラウンド、気を取り直して特訓を再開したは良いが双方の感想は正反対。


「完璧ですよ、全然当たってないんですから」


 などという言葉は単純に受け止めたら皮肉のように聞こえるかもしれないが、一応真っ直ぐに褒めているのだ。


 昨夜、宮村は案の定と言うべきか、日下の竹刀、その先革を捉える事は出来なかった。少し空が白み始めていたが、そこまで頑張っても先革だけに攻撃を当てる試みはいくら何でも上手くいかない。

 そこで日下が特訓の方法を考えたのだった。寝起きの頭で三分くらいで思い付いたのだ。実行に向けての作業の方が圧倒的に時間が掛かった。


 五十センチ四方くらいの板、その中心に大まかに拳大の穴を開けた。パッと見で日の丸のようになったその板に足を付けて立てる。そして宮村が穴に向かって風弾を放つのだ。狙いが正確であったら穴を通過、その後方で同じ程度の高さに置かれたペットボトルに命中する。しかし、少しでも狙いが外れてしまえば風弾は太い太い枠に命中して的を揺らす。立つ位置を正面ではなくして角度を付ければスイングにも対応可能だ。


 まずは静物ターゲット、まずは一歩一歩だ。そうしなければ先に進めるはずがない。


「動かないのを相手にしてもあんまり意味がなぁ……」

「物事は意味をあまり感じない基礎から始まるものです。試合中に万全の体勢で打てる訳ではないけど、何本の素振りをしてきたかが、いざという時には力になるんです」


 体を動かすという事に関して、宮村は天性の才能を持っている。ボクシングスタイルもまるで水を吸い上げるかのような勢いで習得し、さらには自分で発展までさせた。サッカーにしても、体力以外の能力はかなりの速度で上昇していった。ただその体力を付けるために走り続けた、その苦しい記憶がどうしても基礎と言うものを嫌いにさせる。今は走る事などいくらでもやってやると思っているが、「新しく始める基礎練習」、そう思うだけで嫌な気分になるのだ。


 この特訓でコントロールを身に付けたとして、その先をどうするかがまだ見えていないという焦りも少しある。成長ではあるが進化はしていない。変わる事を甘く見るな、そう言った者が居た。まったくもってその通り、宮村の基準ではこの程度の成長はまだ変わったとは言えない。彼にとっての変化とは、目に見えて分かるような成果を残す事が出来るようになった時に起きるのだ。


「もっと燃える特訓がしたいよなぁ」

「さあ、基礎練習で完全燃焼ですよ。ストレートを十本、成功率はいっそ十割を目標でいきましょう。十本撃ったら一分インターバルの後でもう一度。三セット連続で成功するまで続けますよ!」


「げぇっ……」

「文句言わない、時間はいくらあっても足りませんよ! ストレートが終わったら右スイング、その次は左スイングを同じ条件でやるんですから!」


「うぇぇ……」


 何故か日下の方が乗り始めてしまった。これは道場の息子だからであろうか、指導するという行為に何かしらの悦びを見出してしまったようだ。将来、良き師範になるだろう。日下一刀流剣術道場の未来は明るい。


 ただ、この厳しい指導に、宮村も少しだけ喜びを感じていた。目の前の事にだけ集中して、ひたすらに同じ事を繰り返す。そうしていれば、胸の内の、奥の方にある不安から逃れられるような気がしていた。一発放てばほんの少し、もう一発撃てばまた少し。どうにもならない事を忘れてしまう、そんな後ろ向きで不純な動機ではあるが、この特訓にとてもよく集中出来た、そんな風に感じた。

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