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暁降ちを望む  作者: コウ
気付けない
196/333

 真田 優介は眠っていた。


 そして、眠る事も出来ずにいた。


 今はどちらかと言えば覚醒寄りだろう。意識は少しボンヤリとしているが、途切れそうと言うほどではない。ただ体が重い。まるでベッドに縫い付けられているようだ。体は眠っているが、頭はそこそこ起きている。ちょっとした金縛りみたいなものだ。


 真田は仰向けに寝ている。少し前、死ぬほど我慢して。我慢して。我慢して。指を動かす事すら億劫な体を強引に起き上がらせて、一度だけトイレに行った。その時は時間の確認をするような余裕は無かったが、とりあえず暗いという事だけは分かった。とは言っても、それが夜なのか明ける前の朝なのかは定かではない。恐る恐る部屋を出たが人の気配が希薄だったため、寝静まっている時間帯だ。

 部屋に戻るとベッドの上に座って、少しだけ放心してから仰向けに寝転がる。こうなったらおしまいだ。二度と動けるような気がしない。


 この「割と意識は覚醒している状態」というのがまた少し厄介だ。時間を忘れる事も出来なければ何かをして時間を進める事も出来ない。ただただ何も無い時間が一秒ごとにきっかり一秒、流れ続ける。もうこんなに時間が経ったのかと驚く事も無く、まだこれだけしか経っていないのかと嘆く事も無く。そこに欠片ほどの感情も存在しない時間がベッタリと体に貼り付いているような息苦しさ。


 体はもちろん動かない。動かす気が起きない。次に動かす時も、きっと我慢の末にトイレに行く時だろう。それ以外の理由が見当たらない。いつまでもこのままで居られるはずがないのに、それ以外にこの部屋を出るような理由を考えようともしていない。破滅に向かって近付いているという事から目を背けている。


 何となく動くものと言えば眼球くらいのもの。それにしたって顔それ自体を動かす事は出来ない、しないので見える範囲はほとんど変わらない。ずっと天井を見ているだけだ。知らない天井、と言うほどでもなくなった中途半端な部屋。自分のホームではなく、完全なアウェイでもない。この中途半端な親しみが逆に自分の居場所を見失わせる。守る訳ではなく、孤独に追い込む訳でもなく。僅かな優しさで心を蝕む、まるで麻薬のような空間。暗い部屋の中で、闇に慣れた目が天井から下がる球状の蛍光灯カバーを捉える。それはさながら大きな目だ。こちらを監視するかのように見詰めている。もちろん、そんなのはただの錯覚だ。しかし、それにも圧力のようなものを感じてしまうのは精神状態の影響があるのだろう。


 責め立てる天井の視線から逃れるように瞼を閉じる。走すれば何も見えないはずなのに、変に意識をしてしまったからだろう、まるで電気が点いているかのように何かが瞼を刺していた。


 暗転した世界に頼れる物は無く、頼れる者も無い。圧力は掛かるけれど光も見えない。息苦しくて、心の頼りなさには夏なのに寒気を覚える気すらする。全身を圧迫されているかのような重圧もある。ここは宇宙空間。その中でも特に暗く深いブラックホールの中心点。光すら逃げ出せぬその場所から、どうして脱する事が出来よう。



 真田は疲れ始めていた。何もしていないのに。何もしていないからこそ。自分の考えと正面から向き合い、そこから目を逸らせば今度は時間の流れと正対する事となる。終わりの見えぬ苦悩と退屈の繰り返し。疲れない方がおかしいと言うものだ。


 無音の部屋に小さな、しかし自分の中では大きな音が響いた。これは自分の内側から発せられた音だ。体の真ん中が締め付けられるような苦しみ。これはそう、空腹。


 体内時計が嘘のように狂っていないならば、最後の食事から数時間しか経過していない、などと言う事はありえない。丸一日は経過しているはずだ。その間、食事は愚か水分すら補給していない。それどころか体外に排出している。苦しいのも当然だ。だが、食事をする気力すら沸き上がらない事が最も苦しい。


 考え事をしていると余計に腹が減る。疲れ切った今ならば、本当に頭を真っ白にする事が出来るかもしれない。体中のエネルギーを集めて、最低限の消費をする。そんなイメージだけを残して、後は全て忘れてしまえ。


 こうして、二酸化炭素を吐き出す肉塊は、それすらも忘れつつあるかのようなか細い呼吸をし始めるのであった。

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