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「まぁ、そんなわけなんで……ちょっと倒されてもらえると嬉しいな」
そう言って男はショルダーバッグに手を入れた。中から出てきたのは肘までくらいの長さのある木材だった。先端は鋭く尖っている。それはまるで大きな杭のようにも見えた。
男は木材を右の手の平の上に乗せる。その尖った先端は真田の方を向いていた。そして唇を歪めるようにニヤリと笑う。恐らくは魔法発動の合図だったのだろう、男の背後から強烈な風が吹き始める。
その風によって前髪も後ろへと持って行かれる。視界は開けたが、それによって有利になる事は何一つ存在していなかった。
風は弱まる事も無く、置かれていた木材を揺らし、そして……。
「……っ! 来た……!」
木製の杭が風に乗り、真田に向かって飛来する。正面から見ていたために正確には分からないが、その速度は恐らく車並みだっただろう。車並みの速度で車よりも貫通力、殺傷能力の高い物体が迫り来る。
動体視力にかかった補正によって動き自体はよく見える。具体的に狙われているのは腹部、体の中心で回避するのは難しい。ならば、落とすしかない。
「――ったぁっ!」
火力を上げた右手の炎で薙ぎ払う。一度は弱まっていたとは言えども水まで一瞬で蒸発させた炎だ、木材を燃やしてしまうには充分過ぎる。当然の如く体に届くよりも早く灰になってしまった木材を見て、男は小さく口笛を吹いた。
「ヒュゥ…木じゃ相性悪いっちゃ悪いけど、やるじゃん。アレ、わりと虎の子だったんだけどなぁ」
言葉とは裏腹に、まだ余裕があると言ったような様子だ。実際にそうなのだろう。持っているバッグの中身は恐らく木材や先程飛んで来た石のような武器になる物が入っているに違いない。そして石が二個に木材が一個、内容量を考えると恐らくまだ在庫は充分にあるはずだ。
その予想を裏付けるように、男は再びバッグに手を入れる。しかし、次の行動は真田の予想を大きく超えていた。
「じゃあ仕方ないよな……オラ! パーティータァイム!」
「はっ?」
やたらと景気のいい掛け声を発したかと思えば、男はバッグの口を大きく広げてその中身を全てぶちまけた。大小様々な大きさの石が頭上から雨のように降ってくる。卓越した動体視力を持っていても、それら全てを回避できるかと問われたならばそれは不可能だ。
なんせ量が多い。体一つ分が完全に回避できるスペースなどそもそも存在していないのだ。どうやらバッグ一杯に石を入れてきていたらしい。その重さも腕輪による筋力増強で関係無い。
結局、真田は完全回避を諦めて防御に徹する事にした。体を丸めて頭を抱え、とにかく危険な部位への直撃は避けようとする。背中に大きめの石が当たった時は息が止まりそうになったが、それは気合で我慢した。
すると、石の雨はすぐに止む。元々は一瞬で重力に従って落ちてきていた物を持ち前の反応速度でゆっくりと見ていたので当然だ。もう降ってこない事を理解するとすぐさま体制を整える。無防備な姿を晒し続けるのは良くない。
「これは……」
何か行動を起こしてくるかと思っていたが、思いの外、男はその場から動かずにニヤニヤとこちらを眺めていた。しかし、それ以外の状況は変わっている。
真田は降り注いだ石に囲まれていた。地面に転がる大量の石。普通ならそれほど気に留める事は無い物だが、相手の魔法が考えている通りの物だったとしたら、この状況は極めて危険だ。
(分かりやすい……最初に石が飛んで来た時も、さっきの木も、風が吹いて来てた。と言う事は、つまりは多分そう言う事だよね。じゃあ、もしかするとこうやって周りをグルリと囲まれたのは……嫌な感じ)
真田はその嫌な感じの真ん中に立たされてしまったのだが、それだけでは終わらないさらに、状況は悪い方向へと動いてしまう。




