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二回は観直す事が出来るだけの時間が経過して、しかしそれでも一話分の話がまだ尽きようとしない。
「やっぱさ、サポートしてでも戦うって言ったのはフリだよなぁ。すーげぇ悔しそうだったもん」
「でも次回予告でそんな感じ無かったよね。いつもならそういう感じの出すでしょ?」
「あー、予告で新フォーム見せちゃう的な? あるある。じゃあ次の次……でも急か?」
真面目な顔で饒舌に、戦隊ヒーローの話だ。いい歳した男が子供と。不思議な光景。
そもそもは夕の趣味だ。健康に良い規則正しい生活、早寝早起きの生活を徹底していて、日曜の朝も早くに起きて特撮番組を観る。その手の番組をすっかり卒業するタイミングを逃した感があるが、楽しいから良しとしている。
入院に伴って、話し相手となって暇潰しに付き合うために宮村もまた特撮番組を観るようになった。即ちキャリアは夕に比べてとても短い。大昔に自分も観てはいたが、卒業するタイミングは早めだった。それが今や、すっかり特撮ファンとなり夕よりも熱く語るようになっているのだからおかしなものだ。
「――あっ、そうだ。テレビカード買っておかねぇと……あと、欲しい本とかあるか? 暇なのは良くねぇよな」
思い出したように唐突に言いながら、宮村は財布を取り出そうとする。懐は冷え込んでいるが、こればかりは躊躇しなければ後悔もしない。放っておけない弟の面倒を見ていたのが、いつしかブラコンと呼ばれそうな段階にランクアップしている。そんな姿に夕は思わず吹き出してしまう。
「もう……大丈夫だよ。ここに……ほら、使ってないのが四枚もあるから。みんな来るといっつも買おうとし過ぎ。それに、自分で買いに行けるし」
「いや、自分で買いに行くのは止めといてほしいんだけどな……。でもでもそれに、あって困るもんでもないし……」
「どんだけテレビ観させようとしてんの……僕は他の事でも暇くらい潰せるよ」
苦笑いしながら夕は棚を指し示す。病院に許可を貰って持ち込んだ小さな棚だ。扉があって中身は見えないが、どうも開けてみろとでも言いたげな様子だったので大人しく従ってみれば、そこには不思議なものがいくつも並んでいた。
色とりどりの……何だろう。とりあえず、物。悩んだが、ハッキリと正体が分かる物が一つだけあった。鶴だ。鶴を模した……その時になってようやく、本当の正体が分かった。それが何なのかではなく、それが何によって出来ているのかが問題なのだ。面食らってしまってそこに思い至らなかった。
「――折り紙?」
「うん、最近ハマってるの」
最初に見た時は意味が分からなかった棚の中の何かだが、それが折り紙であると一度認識してみるとその形には何となく見覚えがある。黄色い紙で作られた小文字の『h』のような形の物は恐らくキリンだろう。簡単な作りで、模様なども無いので少し分かりにくい。
「こんなん、どうしたんだ?」
「教えてもらったの」
「ふぅん……」
何とも雑な説明である。
(まあ、子供が暇そうにしてりゃ何か教えたりするわな……コイツ、どうせ普通に出歩いてるし。病室で出来そうな趣味を教えてくれてありがたいってもんだ、マジで)
心の中で感謝。間違いなく体は悪いのだが、体調が落ち着いているのか本人が慣れてきたのか動き回れるほど元気なのが厄介だ。悪い事ではないのがまた複雑な気持ちにさせる。折り紙に目覚めれば上向きな精神状態を維持したまま病室に居てくれる事だろう。
そう思うと、誰がどんな意図で教えたのかなどどうでも良い。それよりも宮村には気になる事がある。ゆっくりと棚の中に手を伸ばして作品を一つ取る。それが何かはよく分からないが、何かしらの四足歩行動物。もしかすると今、自分が認識している方向とはまったく別……たとえば上下が逆になった状態が正しい形だとしたら話は変わってくるだろうが。
「……お前、不器用だよな、結構」
「ええっ!?」
手にした謎の動物と思われる物体は、一見それらしい出来なのだが、こうしてよく見てみると決して下手ではないが何となく歪だ。きっと作る時にしっかりと合わさっていないのだろう。ズレた状態で折ると、ほんの小さなズレでも最終的にはそこそこ大きな影響を与えるものだ。
「や、マジで。パッと見は悪くないと思ったんだけどなぁ。こんなとこだけ俺にそっくり」
「もう……良いから戻してっ」
「はっはっは! 要練習、だな。そうすりゃ少しくらい不器用でも何とかなんだろ」
不服そうに睨み付けるその顔がまた実に面白い。その後およそ五分ほど笑い続け、他の患者の見舞にやんわりと注意されて平謝りする羽目になったのであった。
あまり長居は迷惑だ。語り合うだけ語り合ったらあまり粘らずに帰るようにしている事にはそんな理由がある。今日は他の人にも明確に迷惑を掛けてしまったのだからなおさらと言うか。結局購入した五枚目のテレビカードを夕に押し付け、次は大量の折り紙を土産に持って来る事を約束して宮村は病室を出ていた。
彼はあまり考えない人間だ。そのように表現すると悪いように取られるかもしれないが、良い意味でもある。理屈を無視する行動力、常識を無視する勢い、そして何より変にストレスを溜めない。あまり考える事なく無心で物事に取り組む、腐っていてもバイトに忙殺されていてもそれだけはほとんど変わらなかった。そうでなかったら今頃は押し潰されていたかもしれない。
ストレスを溜めない理由として、今は友達の存在も大きい。学校に行けば真田を始めとしてレージ、ショーゴ、吉井に雪野。多いと言えるほどではないかもしれないが充分過ぎる人数だ。恵まれている。学校の外に出れば人数はもっと増えるのだから幸せなものだ。くだらない話をしていればストレスなど感じている暇も無い。
だが、それでもなお、夕との会話は特別に思えるのだから不思議だ。
人との会話は異物との接触。自分とは違う人間だから自分とは違う考え方をする。その違和感、すれ違いに意味を見出すもの。ある意味で強烈に自分というものを持っている真田は、だから人との会話が苦手なのかもしれない。違う考え方に興味を持たず、自分が否定される事を恐れる。
宮村と夕は別の人間だ。少しは似ている所もあるが、性格を始めとして全体的に異なっている。話してみれば同じものを見て違う考え方をしている事もしばしばある。それなのに違和感のようなものが一切ない。それはきっと根柢の部分の問題だ。他人とは違って、同じ価値観であったりそういうものに基いて違う考えを導き出している。つまり、別の視点の自分とも言える。だから違う考えでも理解も受け入れも早い。それが家族だからなのか兄弟だからなのか、それとも仲の良い兄弟だからなのかは分からないが。
何はともあれ、この病院で過ごす時間は宮村にとって、それでも少しだけ蓄積されるストレスを洗い流す事の出来る大切な時間だ。
(さて、どうすっかな……腹減ったし、帰って寝るか?)
空腹への対処法として最初に出てくるのが睡眠なのはどうかと思うが、そんな事を考えながら、大切な時間に背を向ける事に後ろ髪を引かれる思いをしながら、ロビーを歩く。すると、目の前に不思議な光景。
正確に言えば、病院内を意外な人物が歩いている光景。
「あれ……おっちゃん?」
「? ――宮村君?」
「おー、やっぱり」
考えてみれば若くはないのだから病院に居ても別に良いのだが、普段はそんな様子を見せない梶谷が居たのには驚いた。ただそれは梶谷の方も同じだろう。いや、宮村は若いのだから梶谷はもっと驚いたかもしれない、気持ち早歩きで近寄って来る。
「宮村君、こんな所でどうしたんだい?」
「やー、俺の弟が入院しててさ見舞いに来た」
「そうか、ここに君の弟さんが……」
叶との戦いの後、真田は自分の家族についてみんなに適当に説明をした。すると同情的な空気が流れ始めて、それに対して少し気持ちの良くない顔をしていた(と何となく感じ取った)ので宮村が自分の弟についても説明をしたのだった。それで何とか空気を自分の所に引き寄せる事に成功したし、いつかは言わないといけない戦う理由の説明も出来たので悪くない行動であったと自負している。
とは言え、同乗的な空気は宮村にとっても居心地の良いものではない。梶谷がしんみりとした顔で病院の奥の奥の方に視線を彷徨わせているこの場で空気を打ち破る方法は一つ、相手の方に話を向けるしかないだろう。
「おっちゃんは何しに来たんだ? 病気とか……それとも見舞い?」
「ああ……僕は仕事の用事があったんでね」
「仕事ぉ? ご隠居じゃなかったか?」
「仕事に人脈は不可欠、そして人脈は引退したからと言って簡単に切れるものじゃない。大きな話なら会社の方に持って行ってもらうが、個人的に相談があると言われると聞かない訳にはいかないさ」
「はぁん、大変だねぇ」
実感が湧かない理解の及ばない話題となるとどうも返事が雑になる。まったく違うものに基いて考え、発言をする梶谷だからこそ話すと刺激になる。そして少しも理解できない時がある。夕とは良い対比だ。
「ああ、もう帰る所だろう? 引き止めて悪かったね」
「いーよ、別に後に用事があるワケでもねぇし。そんじゃ」
軽い挨拶を残してすれ違い、家に帰ろうとする宮村だったが、その背中に梶谷から声が掛けられる。
「宮村君」
「んあ?」
「君が勝ち残れば、弟さんは確実に生き残る」
「……ま、そだな」
「味方で対抗馬の微妙な立場ではあるけど……応援しているよ、私は」
それだけ言い残して、梶谷の方が歩き去って行った。いきなり言われたので少し戸惑って返事も出来なかった宮村だったが、
「――サンキュ」
もう届かないと分かって小さく感謝の言葉を零して病院を出た。
夏。強い日差しが照り付ける。そんな暑い、とてもとてもよく晴れた日。
「んーっ! 今日も、明日からも、良い日になりそうだなぁ」
抜けるような快晴の青い空の下を、宮村はとても気分良く歩いて行った。




