1
宮村 暁は興奮していた。
不思議な盛り上がりを見せて終わった会議から一夜明けて日曜日、時刻は午前八時。そう、日曜日の朝である。その時間は、ある意味で宮村が週の中で最も元気であると言って良い時間かもしれない。
「やぁ……もう折り返しの時期か……毎っ年、まだ先は長いと思っても寂しくなるよなぁ。そろそろレッドも強化されて、次の展開に持ってかないと」
テレビの前で腕組みして何度も何度も頷く。この時間と言えばもちろん、ヒーローのタイム。そしてその中でも戦隊ヒーローが一仕事を終えた直後の時間だ。リーダーと言う訳ではないが何だかんだと中心に立っていたレッドだが、メンバーの中で唯一パワーアップを果たしていない。強くなっている敵に対して仲間達のサポートに徹して戦う姿は何とも切ない気分にさせられた。しかし、必死に戦う姿はやはりテンションが上がる。
宮村は戦隊ヒーローが好きだった。年によっては好みに合わない作品もあるが、それでも全話観続ける。その次に放送される仮面の戦士も好きではある。しかし戦隊の方が好みの度合いは大いに勝る。ある程度の年齢に達すれば子供向け過ぎるように感じられつつも、時に「これを子供達はどんな気持ちで観てるんだろう」と思わされる闇をブチ込むそのスタイル。とても良い。
「こっちは後から録画したのを観るとして、もう一回……いや、二回……三回? くらい観直すとするか」
日曜日の朝、宮村は満ち足りた時間を送っていた。こうして何度も観る時間を作る事が出来たのは、バイトを減らした事の大きなメリットの一つとも言えるだろう。
そこから約五時間。OP、ED、CMを飛ばして一話を二十五分くらいとした場合でおよそ十二回分。仮面の方も何度か観たとは言え、かなりの時間を費やしてしまった。だが、その時間は決して無駄ではない。無駄にはしない。
「一時か……ちょっと遅くなっちまった。ま、でも今から行けば半頃には着くか」
テレビの前からほとんど動かなかったせいで固まった体を強引にほぐしながら立ち上がる。首や肩の辺りから鳴るバキバキと言う音がやけに心地いい。手早く身支度を整えて家から出て施錠する。父は休日出勤、母は買い物あたりだろう。今、この家に住んでいるのは三人。これで空っぽだ。
足を向けるのは駅の方。歩きながら、頭の中で少ない財布の中身から電車賃を引く計算。電車賃など特別に高いものではないが、往復で、それが何度も続いて気付けば累計でかなり使っている気がする。移動する時間も確保できる、そして何より魔法使いになった事で走りでの移動速度が大いに上昇した今、別に電車を使う必要は無い。その気になれば電車で移動するよりも速く、しかも体力の消耗も少なく移動が出来るのだから。
だとしても、宮村は変わらず電車を使い続ける。思い至らなかったのではない。ただ、移動手段の一つでも何かを変えると他の事も変わってしまうかもしれない。良い方向かもしれないが、悪い方向かもしれない。ならば確実に良い方向に向かう事が出来るようになる日まで現状を維持したい。験担ぎとまで言うつもりはないが、そのようなものだ。ただ変わりの無い日々が続きますように、そう祈りながら電車に揺られる。
そうやってどこへ向かっているのか。宮村が持つ選択肢はそう多くはない。まず、バイト先。だが、数を減らした今は日曜日のこの時間は空いている。つまりこの選択肢は正しくない。
次に、いつもの店だ。即ち《Lilion Cafe》である。昨日も行ったばかりだが、それでもここ最近では最も足を運ぶ場所。しかし、今日は行く用事も無ければ使える金も無い。昨日は梶谷にたかる事も出来たが、今日は来るかどうかも分からないのだ。そんな賭けに挑む事は出来ない、したくない。
他に選択肢は無いのか、そう問われれば一つだけある。
《謙諒大学病院》、それが宮村の向かっている場所だ。
病院に向かっているからと言って怪我か何かを負った訳ではなく、病気の様子がある訳でもない。ならば病院に用は無いのか、もちろんそうではない。
到着するや否や慣れたような足取りで、迷う事も無く廊下を進む。何度も何度も来ている、そんな様子だ。そしてその足は唐突に止まる。ある病室の前。何の変哲もない病室だ。個室と言う訳でもない、極めて一般的な四人部屋。だが宮村にとってはとても特別な部屋。
「あっ、兄さん。待ってたよ」
病室に入って左奥、カーテンの閉まったそのスペースに顔を出すなり、周囲への配慮もあってか僅かに抑え気味ながらも明るい声が飛ぶ。
「夕、元気してたかー?」
「そんなワケないでしょ」
「だわなぁ」
二人揃って笑い出す。
ベッドの上で体を起こして本を読んでいたのは宮村 夕、いわゆる入院している弟だ。宮村と兄弟とは思えないほど肌が白く線が細い。入院生活が長くなっているのもあるだろうが、その前からこんなものではあった。このように入院生活を送るほどではなかったが、元から体調は崩しがちで内向的な子だった。
読んでいたのはページの途中までだったらしい、手にしていた本を切りの良い所まで読み進めて閉じ、脇に置く。最近はあまり気付かなかったが、本を読むために俯くと前髪がサラリと落ちてその長さをアピールしている。
「……お前、髪伸びたな」
「そう?」
「そろそろ切らねぇと」
「えー? ……嫌だなぁ、髪切るのあんまり好きじゃない」
「ワガママ言いやがって……」
歳の離れた兄弟だが、それでももう小学四年生だ。それにしては子供っぽい所があるが、それはどうしても甘やかしてしまうのが原因だろう。いや、原因は悪い言い方だろうか。基本、病人は甘やかされるべきだ。その回数が多いのは仕方のない事。しっかりと自立してもらうための教育は後からでも出来る。その時間はまだまだいくらでもあるのだ。
髪の長い内向的な、口振りは落ち着いているのにどこか子供っぽい男の子。名前が少し似ている事もあって、どこかの暗くて口の悪い火を使う魔法使いを思い出して少し笑えてくる。
「? どうしたの、兄さん?」
「なーんでもねぇよ」
乱暴に髪をグシャグシャ掻き回す。友達の事を思い出して笑っていたと言うのは簡単だが、夕は宮村が部活を辞めて腐っていた時期も知っている。友達なんて居ないと言っても良いような時期。それだけに、下手にそんな事を言うと根掘り葉掘り聞かれそうだ。どんな人か、どうして仲良くなったのか……魔法に触れず説明するのはどうも面倒臭い。誤魔化すのも止む無し、と言った所だろう。
「そうだ、そんな事より……観たろ? 今日!」
「うん!」
ベッド横の椅子に腰かけて見舞いに来たメインの理由を口にすれば、夕も身を乗り出す。あまり興奮するのも良くないかもしれないが、刺激がある事は生きる張り合いだ。
それから一時間近くも掛けて二人は語り合った。かなりの熱を込めて、実に楽しそうに。これは二人にとって当たり前の、いつもの事だ。
日曜日には戦隊ヒーローを観て、そして語り合う。そんな幸せな時間。




