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「んじゃ、まあ……情報屋の正体を探るワケだけ、どぉー……」
「では、情報を探るために使えそうな魔法について考えてみようか」
具体的に何について話し合うのか、その辺りがノープランである事を察したのだろう、梶谷が最初の話題を切り出す。先程は透明人間などと言うような例が出たが、可能性はそれだけではないはずである。
「情報を集められそうな能力と、それが魔法の中に存在するのか……」
それがどんな能力であれ魔法として使えるからには、どのような意味でも良いから五属性との関わりが存在していなくてはならない。『何もしなくても情報が集まってくる能力』があれば情報屋としては最強だが、五属性で解釈できないのならそれは存在しないのだ。
「……風の噂、とか言うよな」
「風属性で情報が集まる能力って? それを発動させたとして、どうやって情報が集まってくるの?」
「難しいですね……耳に届くなら、その情報が声として出されないといけない。それだと欲しい情報を集められない。自然と情報が集まる能力なら、例えば俺がネットを見てたら偶然情報が手に入る。もしくは人と話している時に情報が手に入る。でもそれも駄目です。魔法は自分の意思を能力に変えるものですから、任意のタイミングで発動してコントロールするものであるはずです。これまでのパターンからしてもそうですよね? 常に発動している、発動していないといけないような能力はきっと存在しないと思うんです」
魔法は全て、スイッチを入れる事で自分の力を消費しながらそれぞれの現象を引き起こすものだ。ゲーム的に表現するなら、いわば、全てがアクティブスキルであると言える。自分の力を消費する、という点においてパッシブスキルはありえない。
最強の魔法使い、叶 正治の能力は魔力の無効化、侵食。それらは常に発動していても良いような能力だが、任意で発動する必要がある。そして彼は安全を考えれば無効化の魔力場を常に展開していても良いはずだが、それをしなかった。どんな魔法だろうと消耗があるという事だ。
身近な所では、マリアもそうだ。幼いながら、それでも腕輪の力によって常人を圧倒するスピードは持っているのだが、魔法を発動した時にだけ魔法使いの素早さや動体視力をも圧倒する。常に目にも留まらぬ速さがあるのではない。そして精神を消耗しながら走る。
強制的に常に発動していなくてはならない能力など、腕輪に心を食わせているようなものだ。
もちろん、これらは自分達の狭い世界の前提が通用するならばの話ではある。どこかの誰かは当たり前のように魔力を常時垂れ流していたりするのかもしれない。しかし、可能性なんてものを考え始めるとどうしたってキリが無い。だからそんな可能性は全て切り捨てて考える。積み上げてきた情報、それを信じなくてどうすると言うのか。仮にイレギュラーな事態が起これば、それはその時、アドリブでどうにかすれば良い。無限の可能性に縛られるなんて馬鹿らしい。
「ねーねー、青葉君。魔法が時間で切れちゃうのとかってダメなの?」
「そうですね……可能性としてはありますけど、魔法を発動してから一時間だけ情報が集まってくる能力があったとして、自分が情報を集められる範囲、ネットや人脈からは手に入らない情報もあるじゃないですか。集められる情報しか集められない……それじゃ魔法の意味も無いですよね。魔法能力について考えてる今は無視しても良いと思うんです」
吉井の質問も一刀両断。今日の日下はこの中では数少ない、調子が良さそうな状態だ。いつも何だかんだで自分の考えを述べる事で話が進んでいく真田が居ないので、自分がその役目を担おうと張り切っているのかもしれない。
叶や赤いシャツの男の時のように、大きな作戦は真田の意思で始められる。つまり、本人の意思と反して真田は会議の中心にならざるを得ない。だが、今回の会議は今までとは違う。真田が発起人ではなく、その発起人が話の中心に居ない。
ではその人物が何をしているのかと言うと、頭を抱えながら全力で話の内容を噛み砕いているのであった。風の噂などと言い出したのは自分なのに、いつしかついて行けなくなっている。
(えーっとぉ? つまりそんな魔法は無いって事なんだろうけど? アレか、魔法ってのは出来ない事が出来るようにならなきゃダメなのか? そういう事なのか?)
頭の中は疑問で一杯である。一応、馬鹿だと言うのではない。脳内での処理が遅れがちなだけであり、それでも自分で考えて理解しようと出来る人間なのだ。フォローとしてはこれで充分だろうか。
「じゃあよ、姿を消す魔法ってのはアリなのか?」
鴨井が問う。姿を消す、それだけ言えばどの属性にも当てはまらないだろう。そう考えればこのような疑問が出る事は分かる。ついでに、それと同時に鴨井の理解が宮村よりも進んでいる事も分かる。
「魔法の属性が単純にそれだけでない事は分かるだろう? 前にも少し話した事があったか、私は水属性だが氷を扱う、火の属性は火を起こすだけではなく熱も扱う」
魔法の属性というものは妙に懐が広い部分がある。赤いシャツの男は火属性、だが火を起こさずに赤熱するほど体温を上昇させた。即ち熱を操る能力。梶谷は水からの派生で氷の能力を使うが、もしかすると火属性で熱を操って凍らせる、なんて事も出来るかもしれない。本当に、嫌になるほど懐が広い。敵の能力を推測する時に非常に厄介だ。
「あたしは雷属性だけど、何かって言えば光属性よね」
「あー……そう言や、前に会ったエアガンぶっ放してくる敵は風だけど空気がどうとかって真田が言ってたっけ……」
この話は宮村もすぐに理解出来る部分がある。やはり実際に体験していると話が早い。火は熱に、水は氷に、雷は光に、風は空気に派生する事が出来る。土はよく分からないが、魔力の侵食まで出来るのならば派生の前にそもそもからして何でもアリと言えそうだ。
「そう、光だ。姿が見える、体が見えるという事は、つまり光が体に反射して目に届くという事だ。簡単に言えばね。光が反射しなければ、反射した光が誰の目にも届かなければ……それは姿が消えたと言える」
即ち、アリという事だ。もちろん推測の話。実際にそのような魔法使いに出会った訳ではないのでこれ以上の具体的な話は出来ないが、それでも光という言葉を交えて説明が可能であるという事は存在し得るという事。
可能性は切り捨てると言っても、これは経験から積み上げた結果だ。居ないと考える、という形で切り捨てるべきではない。捨てるのならば、きっと居るだろうと考えた上で、「今も近くに居るかもしれない」という可能性を捨てて「どうせ居たって気付けないんだから気にしないで良い」という方向に持って行くのが吉と見た。もっとも、女性陣はどうしても気にしてしまうかもしれないが。
「同じとこに行かなきゃいけないんなら透明人間ってメンドーでなりたくない……」
会議となると話を向けられない限り口を挟む事は少ないマリアだが、それでも聞いているのは間違いないのだろう。話の全てを理解しているかどうかは分からないが会話の端を切り取ってポツリと呟く。別に何てことないただの感想だが、これも考え事にきっかけになる。
「……遠隔操作、視界ジャック、監視カメラ……電子機器を操る魔法とかがあれば……ハッキングやクラッキングの範疇になるかしら……いや、でも……」
雪野が小声で言いながら考え込んでいる。性格的に真面目な事もあるが、自分の名前が使われた原因、個人情報が自分の方から漏れている可能性もあるのだから真剣に考えもするだろう。つい今しがた、姿の見えないという気味の悪い人物について話したばかりだからなおさら。
考えようと思えばいくらでも考えられる内容だ。恐ろしいほどの種類があると思われる魔法の中からどのような魔法が使われた可能性があるか、絞り込みは出来たが、それでもその数は膨大なものになるだろうと予想される。今すぐ思い付いた魔法からその存在の有無を判断しただけであり、思い付かなかった魔法が存在しているという可能性は常に残る。どれだけの数を思い付いたとしても、だ。
「分からない、か……まあ、当然ではあるけれどね」
「情報は無いに等しいですからね」
「……でも、少なくとも俺達の知らない相手ではあるワケだよな」
ふと何かに気付いたらしく宮村が言う。ここに来てついに話について行く事が出来るようになったのだろう。ただ、その言葉には他の面々も「何を言ってるんだ」とばかりに不思議そうな顔を向けるだけ。
「いやさ、俺達……つっても、日下とかが俺らに会う前とか今までどんな魔法使いに会ったのかは知らねぇけど、そういう情報を集められそうな能力を持ってるヤツがいたか? 少なくとも俺は思い浮かばねぇ。つまり、俺達に近付ける範囲にいる魔法使いで、俺達がまだ会ってない、もしくは能力を知らないヤツが情報屋って事に…………ならねぇ?」
少しだけ驚いたように目を見開いてから、みんなが一言も発する事なく考え込み始める。これまでに遭遇した魔法使いを一人一人、思い出しているのだろう。どのような能力を使うのか、それを情報収集に転用できるか、生きているか否か。そして、それぞれが首を横に振る。答えは「誰も情報屋になり得る相手は思い当たらない」だ。
魔法使いが世の中にどれだけ存在するのかなど知った事ではない。だが、身の回り全てが魔法使いであるなんて事はありえない。そしてどんな相手であろうと、接触が出来る範囲に情報屋は存在している。
状況が変わった訳ではない。依然として情報屋の正体は見当もつかない。だが、この世全ての魔法使いから特定の相手を探すのではなく、自分達の身の回り、その中でも魔法使いと言う一部の人種に潜む特定の相手を探し出す。そう考えると随分と絞り込めたような気がしてくる。危険は近いが、答えも近い。まるで雲を掴むようだったその正体が、今や雨粒くらいには掴めそうになっている。
「……あたし達が手も足も出せない相手じゃないってワケね」
「そうですよ! どんな魔法を使うにしたって、結局は俺達の小さな情報も調べられるくらい近くにいるんです。ピンチはチャンスなんですよ!」
場は、にわかに活気付き始めた。まったくの暗闇に光が灯ったのだ。豆電球くらいの小さな光ではあるが、それでも光があるから何かが見える。
「だが、結局どうするつもりなんだい? 何かが分かった訳でもなく、不安は取り除けたかい?」
「んー、あー……わっかんね。でもさ、そもそもこうやって話し合おうとしたのは、何も分からない状況に不安になったからなんだよ。でも、今はそれに比べてちょっと前に進んだ。それだけでも不安はかなり減ってる。そんで、俺が狙われる可能性が高いのは変わんない、じゃあ俺が気を付けりゃ良いワケだ。真田も言ってたろ? 俺は囮に向いてるって。俺が敵を引き付けて、逆に情報を奪ってやるさ」
「お前……やたら前向きだな……」
手のひらに拳を打ち付ける宮村の姿に、周囲からは苦笑やら生温かい目が向けられる。「馬鹿な事を言っている」と目で語っているようだ。しかし、「何とかなりそう」という根拠こそ無いが妙に自信に満ちた雰囲気が流れ始めている。まさに、流れが変わったようだ。
「やってやろうぜ! 俺達が、勝ぁぁぁぁぁつ!」
宮村は天然のモチベーターなのかもしれない。
彼は確かに、チームのリーダーに相応しい人間であったようだ。




