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暁降ちを望む  作者: コウ
金欠ペネトレイト
177/333

 相手から見えなくなった。この場で何かをしようとしている事は悟られても、実際に何をしているのかは分からない。そう考えれば状況はマシになったと言って良いのかもしれない。少しは余裕を持って次の行動を考えられるというもの。


 とは言え、遠くからコンクリートを貫通させるのと近くから鉄を貫通させるのは、どちらがより高い威力が必要なのだろう。後者の方が難易度が高いのだとしても、与えられた時間はそうは多くはないだろう。その逆だとすると時間はほぼ無いに等しい。温情で生かされているに同義だ。どちらにしても即断即決、それが求められている。


「……端的に僕の意見を言います、このまま逃げましょう。中から逃げれば追って来られないはずです」


 逃げの一手。現時点の戦力では優位な状況に立つ事が困難であると真田は判断する。そもそも狙撃された状態から戦闘が始まった段階で勝利の可能性は限りなく低かったのだ。相手の顔を見て、能力も何となく察した。かなり盛り返しただろう。

 固体を発生させられるような能力、あるいは武器や防具といった物理的な防御方法。敵の視界を遮って動く事の出来る能力。敵の攻撃をも上回る圧倒的なスピード。パッと思い付くだけでもこのような要素が無ければ、ここからは戦えない。


 慎重な考えだ。もちろん間違いではない。しかし、簡単に通る話でもない。


「俺は反対。また襲われるかもしれねぇし」

「お互い顔を知ってる状況が抑止力になります。間違いなく手を出しにくくなるはずです。相手も、もちろん僕達もですけど」


 それだけ情報は重要だ。わざわざ飛行機か何かで遠征している訳ではないだろう、顔が分かれば名前や、上手くいけばそれ以上の情報まで辿り着く事も不可能ではない。そうなれば戦闘は夜に限定されているという訳ではないため、昼間に相手の生活圏で奇襲を掛けるなどと言う大技も使える。実際にそんな事をするかどうかではなく、可能であるというだけでもそれは重い重い枷になるのだ。相手に可能なら自分にも可能、自分にも可能だから相手にも可能。この関係が戦闘を回避させる。


 そうは言っても、確実に回避できるかどうかは定かではない。結局は相手の出方次第だ。それは分かっている。分かってはいても、意見は変わらない。変えられない。


「あー……もう、正直に言います。ちょっと……今、本気でビビってます。あの銃は、駄目です」


 その軌道を追う事が出来ない、驚異的な耐え難い威力を持つ、そんな攻撃が人差し指の小さな動きだけで放たれる。

 実際に対峙しているのは危険はあるものの基本的には玩具のような物だ。しかし、今その玩具はまさしく銃の恐怖をそのままに体現している。銃は便利で、何より極めて恐ろしい物である。それは情報としては誰もが知っている、常識だ。けれどもその恐ろしさを体感として知っている人間が日本にどれだけ居るだろう。少なくともこの場において、知っているのは真田だけだ。一度も撃たれていない宮村はもちろん、きっと敵ですらそれは知らない。


「僕は逃げたい。と言うより、前に出たくはないです。そもそも勝算がありません、ただの動く的ですから。……でも、宮村君の意見に従います」

「俺の?」

「宮村君はどうしたいですか? それを聞かせてください。宮村君が本気でやりたいと思ったなら、僕はそれを全力でサポートします」

「俺が……やりたい……」


 何に勝ちたいのか。魔法の戦いか、それとも目の前の敵か。何を守りたいのか。命か、それともプライドか。どちらを選んでも正しい。だからすべては気持ち一つ。それだけで良い。


(俺のやりたいように……真田も巻き込んで、それでも俺の自由に……良いのか?)


 この宮村と言う男は自由な男だ。いつも自分に従って生きている。だが、その従っている自分が本当に何にも抑圧されていないのかと問われたら答えは難しい。やりたい事、出来ない事、やらないといけない事。それらが混ざり合って、根本的な部分に制限を設けているのではないか。広い草原の真ん中の大きな檻、その中で自由を謳歌している男。それが宮村なのではないか。


 内側から簡単に開けられるはずのその檻を、簡単な開け方から目を背けていたその檻を。今、出て行く時。きっとそうだ。


(……良いんだ。俺はエゴを通す。やりたい事も、やらないといけない事も、それくらいの気持ちを持ってないと駄目なんだ。出来るはずがねぇとか、迷惑かけらんねぇとか、そんなのは捨てろ! 俺は、やるんだ!)


 宮村の拳が強く握り締められた。僅かに魔力が高まり、そして収まる。熱く、そして冷静に。言葉は無くともその意思は伝わる。


 呆れ半分、否、九割。馬鹿な事をと思いながら、それでも真田も決意を固める。人の意思に流されたとも言えるかもしれないが、それでも勇気を振り絞る。


「宮村君、僕は前には出られません。だから、宮村君にその役目は頼みます。サポートはしますけど、絶対安全ってワケではないです。でも……強引に、突破してください」

「突破か……良いじゃん、そーゆー勢いとかノリとかそんなの、好きだぜぇ?」

「じゃあ、先に飛び出して、すぐにしゃがんでください。僕のサポートに合わせて、後は流れで」

「オッケーィ、任せとけや」


 顔を見合わせてニヤリと笑う。意思の疎通を図る必要は無い、そもそもそんな時間が無い。ただ、言葉を交わさずとも呼吸を合わせられる。そんな確信めいた自信があった。


 勢いよく扉を開け放つ。仁王立ちをする宮村。そこに、まるで待ち構えていたかのようにBB弾が飛ぶ。二人の内のどちらかが屋上に躍り出たその無防備な瞬間をずっと狙っていたのだろう。だがもちろん、その一発は宮村には当たらない。一も二もなくしゃがんだ頭の遥か上を通り過ぎるばかり。相手の行動を正確に読んだ訳ではなく、そんな事もあるかもしれないという警戒心の結果だ。これが仮に真っ先に足を狙って動きを封じようとしてきたならば、こうも上手くはいかなかった。

 流れのようなものが確実に来ている。能力的な話はともかくとして、宮村は敵との相性が良い。戦っていると運が向いて来る、そんな相手だ。


「避けられたか!」


 敵が銃口を下げる。しゃがみ込んだ宮村に対応しての動きだろうが、それを許す訳にはいかない。後ろから飛び出した真田が大きな炎を目の前に発生させて、そして自らの体から切り離す。魔力という燃料が供給されないためにすぐに消えてしまうが、それまでは切り離されても残り続ける。制限時間付きの炎の壁。その陰に隠れて敵から二人の位置は分からない。


「障害物……チッ、どう出る……?」


 これでは真田達が動いたかどうかも分からない。分からないという事は、敵もまたそこからの行動が出来ない。確かに敵は高速連射が可能だが、それでも一発一発の間には僅かながら隙がある。最悪、見えている相手に対して弾をばら撒く事は出来るが、見えない相手に対して適当に撃つ事は出来ない。どこに潜んでいるのかも分からない相手に隙を曝け出す行為だ。

 魔力を探ろうにも、目の前の炎は言ってしまえば魔力の塊。二枚の木の葉が森の中に隠されてしまっている。敵に出来る事は、あまり力まずに銃を真っ直ぐ構え直す事くらいのものだ。まるでゲームセンターのガンシューティング。エネミーがどこから出ても対処できるよう身構える。


「――そこかっ!」


 敵の視界に、炎の壁から出てくる影が見えた事だろう。敵から見て右手側、銃を素早くそちらに向けてトリガーを引く。高まる魔力、極限状態まで圧縮される空気、凄まじい速度で発射される弾。


 その弾は飛び出した人影を撃ち抜く……事は無かった。飛び出した人影はその体勢を低くしていた。さながら軽いスライディングのよう。そしてその手には熱く明るい炎を生み出し、空気を熱して上昇する力をほんの少しだけ生み出している。

 そう、ここで飛び出したのは宮村ではなく真田であった。すぐさま撃ってくると踏んで、スライディングと熱の二段構えで出来る限り自分に当たる可能性を減らしながら囮となる。これ以上の事は出来ない、恐怖に押し殺した最大限の妥協。


「悪ぃが、こっちだ!」

「っ!」


 タイミングを外して、もう一方から宮村が飛び出す。僅かに生まれた発砲直後の隙、敵は銃口を向け直さなければ攻撃する事が出来ない。即ち、宮村の方が一歩早い。


「貰った!」


 技術も何もあったものではない、あまりに露骨なテレフォンパンチ。しかし威力は折り紙付き。大振りのために時間的有利は埋められる。風弾とBB弾、同時に放たれた二つの攻撃。乱暴に振るった腕に従って曲線を描く風弾と正確に真っ直ぐ飛ぶBB弾は交わる事なく、お互いへと。

 しかしここで、ある事が起こった。奇跡、偶然、幸運。どれかは分からないが、宮村に利する出来事だ。格闘技の経験が無い宮村はとにかく力任せに腕を振るう。その勢いで宮村の体が横に流れた。振るった右腕から離れるように。


 敵から放たれた弾は宮村の体を確実に貫いたはずだった。だが、その体が動いてしまった。その結果、弾は本来当たるはずのなかった大振りした右手、その肩に。無傷とはいかなかったが、致命傷でもない。

 BB弾が肩に当たったのなら、風弾の方はどうなったのか。この戦闘で初めて放った一撃、能力の内容を相手は知らない。そしてもちろんその攻撃は見えない。避ける事は不可能。


「なっ――」


 少し冷静に考える時間を得られたならば、宮村が遠くからパンチした事からその能力の正体に簡単に気付く事が出来ただろう。その時間が与えられなかったならば、当たり前のように戦闘中の時間が流れたならば、気付くのは遥かに遅くなる。


 直撃した風弾は当然のように強力。とは言えども、それこそ銃のような貫通力には欠けるためそれ単発で致命傷を負わせるには至らない。反対に、表面的な衝撃はこちらの方が勝る。不意を突かれた事と合わせて命綱である武器を取り落としてしまうほどに。


「よぉし!」


 ハンドガンは落下し、ライフルは仕舞い込まれている。武器は無い。ハンドガンを拾い上げて再び構えるまでどれだけの時間が必要だろうか。パンチとスライディングで体勢を崩している二人だが、一気に攻めかかれば被害は最低限、これ以上は決着をつける事も出来るかもしれない。


 だが、敵の行動はその想像とはまったく違うものであった。


「悪い、じゃあな!」

「なっ……待ちやがれ!」


 なんと、ハンドガンを拾い上げる素振りも見せず、そのまま背を向けて全力で走り去ろうとしたのだ。その速度、体勢を立て直す短い時間で既に屋上の端へ到達してしまう。そしてそのまま、消えてしまうかのようにストンと落下して……


「オイオイオイオイ!」


 まさか落ちて死んだか、そう思って宮村も端へと駆け寄る。いくらなんでもこの高さから落ちては無事では済まない。遠い地面を睨んでも何かが見えるような事はない。一体あの男がどうなってしまったのか、敵とは言え心配する気持ちはある。無事の確認が出来ず、ここからでは埒が明かないと下に降りようと顔を上げた、その時、宮村はその姿を見付ける。


「……あ」


 少し離れた、このマンションよりももう少し低い建物の屋上。そこで男は、こちらを向いて笑いながら手を振っていたのだ。


「もうちょっと実力付けてリベンジするよ! それまで、やられんなよーっ!」


 そう言って、男は闇に紛れるよう走り去って行った。



「あの野郎、どうやって……」

「落ちてる途中で壁を蹴ったのかもしれませんねー。上からならああやって無理矢理でも降りられるもんなんですねぇ」


 落下しながら壁を蹴る。それは真田も先程やった事だ。きっと最初からそうやって逃げる覚悟を決めていた、あるいは実験まで済んでいたのかもしれない。だからこそ下手すれば行き止まりに追い詰められる屋上での戦闘に余裕を持って挑めたのだろう。


「あああ、もう! 逃がしちまったぁぁぁ!」

「まあ、悪い人じゃなさそうでしたから良しとしましょう。もっと強くなるまでは手出ししてこないみたいですし」

「でもよぉ……何かモヤモヤする」

「良いじゃないですか、一応ですけど戦利品もありますし」


 真田は男が落としていったハンドガンを拾って持っていた。記憶によればなかなかの値段がする物だったはず。そう考えるとかなりの戦果ではないだろうか。やはりこういう物は心が震える。ありとあらゆる武器は男のロマンだ。


 宮村に銃口を向けてみる。もちろん危険行為だが、トリガーに指を掛けてはいないし、先程の男と同じような威力で撃つ事は出来ない。ちょっとした冗談という範疇に収まるだろう。が、そのリアクションは想像と違った。


「うわ、うわぁぁぁぁ!」

「なっ……何ですか、いきなり!」


「マジ、銃、ダメ……さっき、あんまリアクションしなかったけど、すっげぇ痛かったんだって! マジで、マジで……」


 などと、頭を抱えながらしゃがみ込んで、それはもう情けない姿を見せる宮村であった。

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