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痛いほどに心臓が高鳴る。この瞬間も銃口がこちらを向いていると思うとそれだけで死んでしまいそうな、そんな緊張感が空間を支配する。二発の攻撃を受けた真田は表面上は冷静だが、本当に恐怖しているのだ。痛い。体験した事は無いが、実銃で撃たれたような気分だ。何よりも遠くから狙撃されると覚悟を決める事が出来ない。常にほぼ無防備な精神状態で攻撃を受ける事となるのは実に厳しい。帰りたい。逃げたい。
(ま、要は当たらなきゃ良いワケだ。見切れば痛くない……来い、来い、来い、来い……来い!)
その念は恐ろしいまでに強かった。それだけで魔法が発動してもおかしくない。否、既に魔法は発動しかかっている。拳が熱い。もう少し気合を入れれば爆発的に大きな炎が広がるだろう。
そして、念は通じる。
ここまでの攻撃からは気配など感じなかったが、こうして臨戦態勢になってみれば完璧に何も感じない訳ではない。推測が正しければ発射される弾には魔法の力がほとんど働いてないと言っても良い。魔法が使われているのは発射プロセスの方だ。だが、弾が完全に普通の物体かと言えばそうでもない。超高威力で発射された時に破損しないよう保護されているはずだ。
そう、真田は感じ取った。正面から本来は目にも止まらぬ猛スピードで接近する微かな魔力を纏った小さな物体。
「きっ……たぁ……っ!」
反射的に燃え上がる炎。後方に体重を掛けて宮村ごと倒れ込む。そして振るわれる炎を纏った腕。
「おおっ!? 今なんか! 今なんか飛んでった!」
「当たらなけりゃ問題なしです!」
無理矢理にうつ伏せに倒された宮村からすれば死角を何かが凄まじい勢いで飛んで行ったのだから、それはそれは怖いだろう。魔力を纏っているとはいえ基本的には普通の弾(まず間違いなくBB弾)である。宮村の攻撃には対抗できる真田の炎も、こればかりはほとんど意味を成さない。
ただ、相手はあくまでも軽いBB弾。しかも超高速で動いている。ちょっとした横槍でもその軌道は動いてしまう。この時も、熱い炎に浮かされるまま少しその軌道は上の方にズレていた。とは言え、ほんの僅かである。倒れ込んだ体に当たる可能性を減らすために半分ギャンブル気分で試して何となく成功しただけ。立った状態で頭の上を通り過ぎるくらい動かす事が出来なければ防御策とは言えないだろう。
「宮村君、立って。我らに盾無し、行きますよ!」
「お、おう! 任せときな!」
二人同時に、真っ直ぐ駆け出す。真田の正面から攻撃が来たという事は、相手は移動していない。それだけ見通しの良い射線の確保できる場所に居るという事、あるいは充分過ぎるほどに距離を取っているという事。どちらにしても迷っている余裕は無い。急いで接近すれば敵が移動する気配にも気付けるだろう。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、そして蛇行。考えてみれば狙撃されていると分かっているのに真っ直ぐ走るなど愚の骨頂だ。狙われにくいように蛇行するのが定石と言うものではなかったか。
「おおっ? 何してんだお前」
「良いから、狙い付けにくくしてください!」
「おう! ――おおおうっ! 撃たれた! 撃たれたぞ、真田!」
「当たらなきゃ良いんですよ!」
宮村も続いて蛇行をし始めた直後、弾が地面を抉る。小さいが確実に地面に穴を開けた。本当に恐ろしい事この上ない威力だ。宮村があのまま直進していたら間違いなく当たっていただろう。九死に一生。
「ひゃあ……映画みてぇだな、これ」
「言ってる場合ですか。ああもう、また撃ってきた!」
ドラマやらアニメやら、銃を乱射されながら転がり込むように物陰に隠れるといったシーンをよく見かける。何故あれで当たらないのだろうと何度も疑問に思っていたが、なるほど意外に当たらないものだ。動き回る対象が相手だと狙いもかなり大雑把になるのだろう。しかもこの場合は外的影響を受けやすい弾の都合もあって正確に狙った場所に飛ばす事も難しい。とにかく適当に弾をばら撒くならともかく、出来る限り狙いを定めて撃とうとする相手だ。動き回る相手はさぞかし苦手だろう。
真田達の動きは適当だ。曲がりたい時に曲がりたいだけ曲がり、そうでない時はそのまま直進する。走るスピードすら途中で変えたりする。これでは特定のポイントに先に照準を合わせておくような事も困難であるはず。しかし、それでもさらに一発。真田が先程走っていたポイントに着弾する。
(撃つ頻度が上がってる。狙いを捨てた……いや、違うな。近付かれたくない気持ちの表れだ。じっくり狙いたい、けど早く撃って倒したい。そんな中途半端な気持ちなら、当たらない!)
人の気持ちを察する事が苦手な真田。しかしどうも顔を合わせていない相手の思考を読む事は苦手ではないようだった。この状況ならゲームの敵のパターンを読んだり、本の登場人物の感情を読み取る方に近い。それならばむしろ得意分野だ。
(しっかし、やっぱ撃たれてるってのは気分悪いなぁ……)
当たらないとは言っても絶対ではない。結局の所は見切って避けているのではなくて偶然当たっていないだけなのだ。そう考えると襲って来るこのストレスは如何ともしがたい。それに焦らされてか思考も行動も、もちろん脈拍も、あまりにハイペースだ。どこかで少し本当の冷静さを取り戻したい。
「真田! あそこの壁でちょい休もう! ちょっとだけな!」
「あっ、はい!」
息が合うと言うべきか。気分は良いようなそうでもないような。懸念していた事への対応を宮村が考えてくれた。指差された先には左右、直角に別れている。いわゆるT字路というものだ。その突き当りの壁に体を密着させて体勢を低くすれば、相手が高所に陣取っていても死角になり得るだろう。
(こういうとこ鋭いと言うか頭が回ると言うか……助かるなぁ、ちょい癪だけど)
捻くれた思考をする真田だが、宮村を認めているのは間違いない。それを率直に表現できれば良いのだが、そうもいかない。その辺りは今後の成長課題かもしれない。
何はともあれ、スライディング気味に突きあたりの壁に到達する。一応の目安としていた建物は見えなくなった。つまり、相手からこちらの姿も見えなくなったと言っても過言ではないだろう。
「ふぃ……ここならあっちも撃てねぇだろ……ひとまず安心ってヤツだな」
「大丈夫、ですよね?」
「アイツだって弾を曲げたりは出来ねぇだろ、問題ねぇよ」
「し、信じますよ? 僕、盲目的に信じますよ?」
真田が全力で情けない声を出す。少し冷静になると臆病風が吹き始めてしまった。慎重になるという意味では決して悪くないが、基本的に後ろ向きな思考回路を持つ真田にとっては足取りをどうしようもなく重くする要因だ。勢いで戦う事が出来なくなってしまう。
「とにかく、このままゆっくり移動しようぜ。出来るだけバレねぇように……」
言いながら壁沿いに歩き始める。これならば相手は次にどこから真田達が出てくるか分からないはずだ。盾を持っていなかった真田達が壁と言う名の大きな盾を手に入れた、これは素晴らしい事だ。もちろん行動は迅速であるべきだが、心の余裕が違う。怯えきった真田も、その内に少しはマシになるだろう。それを待つ暇は無いが。
しかし、この体制を維持したまま歩くのは実に大変だ。筋肉であるとか、そのような体力的な話ではない。そちらはむしろ便利な魔法のおかげで楽と言っても良い。ただ、屈んだままでゆっくりと歩くこの窮屈な状態は耐え難い。この日の一番の敵はスナイパーではなく『窮屈さ』という概念かもしれない。それを感じた時にはろくな事が起こらない。
どうやら今日は呪われているようだ。再び窮屈さを感じたと思ったら、絶対安全なはずの状況でも腹部に刺し貫かれたかのような熱を感じてしまうなんて――
「がっ! ……あ、ぅ……」
「おいおい……嘘だろ?」
真田の腹部が血に染まる。まるで古い刑事ドラマの殉職シーン、そんな他人事のような考えが浮かぶのは、今の状況が信じられないためだろう。
(冗談……貫通してくんなよぉっ!)
当てる必要は無かった攻撃だ。壁の向こうでも構わずに攻撃が出来る、それを思い知らせるための一発。つまり、狙った場所は適当。勘だ。それが当たってしまうのだから本当に運が悪い。こんな奇跡のようなまぐれ当たりがあるから狙い撃つ相手より弾をばら撒く相手の方が怖いのだ。
「だ、大丈夫か?」
「…………っ」
首よ千切れよとばかりに勢い良く左右に何度も振る。全力の否定だ。弾は壁だけでなく体までも発射された勢いのまま貫通したので、傷の具合は問題ない。脇腹、太もも、腹部の三ヶ所ならすぐに血を止めたので死ぬほどのダメージは蓄積していないだろう。ただ、心は完全に折れている。声も出ないほど。
それでも、まだしなければならない事がある。
「大丈夫じゃないです……けど、行きましょう。外見の情報でも持ち帰らないと狩られる側のままです」
「――そうだな。悪いけど、もうゆっくりしてらんねぇ。どこに居ても撃たれんだ。一気に行くぜ!」
「はい!」




