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「さ、真田っ!?」
「宮村君……気を、付けて……」
こうして注意を促すまでもなく、宮村は真田を心配しながらも忙しなく顔を動かして周囲を見渡している。姿の見えない敵の影を闇の中に見付けようと。敵の気配は真田だけではなく宮村も気付けてはいなかった。二人の魔法使いの感知を潜り抜けて攻撃をしてくる謎の敵、その正体を掴むためのヒントは、『手掛かりが何も無い』という情報だけ。まだ一撃喰らっただけの段階ではあるが、絶望的なレベルで何も分かっていない。せめて何によってダメージを受けたのかだけでも把握できれば少しは助けになるのだが。しかし、得られる物が何も、少しも存在しなかった訳でもない。敵が居る、その情報だけはこれ以上無いほどの実感として得られている。精神が戦闘状態にあるか否か、それだけでも話は大きく違ってくるものだ。
細く息を吐き出して、怪我の治療に意識を集中させる。血が止まり、痛みの増加も止まり、頭が冷え始めると取り敢えず攻撃してきた方向くらいは思い出せるようになった。宮村を挟んだ向こう側、それ以上はよく分からないが、そちらの方から攻撃された。
(……そう言えば宮村君、腕輪を出してる。それで見付かったか。……まあ良いや。とにかく何か感じ取れ、次の攻撃は絶対に見極める!)
周辺の警戒をする宮村の方をジッと見る。敵はそちらの方向に居るはずだ。宮村が全方向を警戒している間に真田は一方向だけを注視する。
その時、首筋に冷たい何かが走る。視界の中で一瞬だけ、新たに光が生まれたような気がした。感じた。気配か、殺気か、魔力か――何でも良い。ただ本気で危険だと自分の体が、痛覚が、全力で叫んでいる。真田の意識も思考も無視して直感が体を動かすほど、全力で。
「危ない!」
「え……」
宮村の体を突き飛ばす。その唐突な行動に対応できるはずもなく、そのまま地面に倒れ込む。そして真田はその勢いのままに後方へ飛ぶ。膝をついて座った状態からなのでどうにも窮屈で体勢が悪い。その体勢の悪さがまた一つ小さな悲劇を生む。
「ぐ、うぅ……」
後方に飛ぶために地面を蹴った右足がそのまま伸び切り、被弾面積も大きい無防備な状態を晒す事となる。そしてその太ももに再び訪れる熱にも似た痛み。暗闇の中でも赤く輝いて見える血が弾けるように飛ぶ。二発目、被弾。
「悪い、真田! 無事か!」
「一応、ですけど……それより、足を止めないで体を動かし続けてください。――狙撃されてます」
「狙撃!?」
姿が見えない、気配を感じない、音も聞こえない。それらは全て距離の問題だったのだ。撃たれたばかりの真田の足、それは致命傷になるはずもなく、真田が後ろに飛ばない限り着弾点には地面以外の何も存在してはいなかった。最初から足を狙ったのではない、距離が離れている事から発生するタイムラグ、それがこの足への一撃を生んだ。偶然、不運。あるいは幸運。狙撃されていると気付かない内に死んでいた可能性もあるのだ。運が良かったと思っても間違いばかりではないだろう。
「狙撃って……銃と戦う事があるとは思ってなかったっての」
「まあ、違法ですからね。でも多分これはエアガンでしょうね、音も聞こえませんでしたし。この現代日本で、銃声も聞こえない距離から当ててくるようなスナイパーに狙われてるとは流石に思いたくないです」
「エアガンでそんな威力になんのかよ」
「多分ですけど。風属性……空気を思いっきり圧縮できるような魔法を上手く使えれば威力も上がるんじゃないですか? 違法改造でもこんな実銃ばりの威力は出ませんよ。だからきっとそこに魔法の力が働いて……まあ、銃が壊れなきゃですけど」
言いながら、きっと壊れないだろうなぁなどと心の中で付け足す。魔法の便利な所と言うべきか、認識の問題だ。真田は自分の魔法によって体だけではなく衣服も燃える事は無い。衣服も自分の一部であると認識しているから自分の魔法からは保護されるのだろう。つまり、銃などの武器も自分の一部だと強く認識すれば保護される。例えばこの場合などは、銃が容易に破損しかねないような強い負荷が掛かる原因が自らの魔法にあるため、破損から保護されると真田は推測する。
足の傷も治療した真田も急いで立ち上がり、忙しなく動く。手足や頭だけではなく、胴体も移動するように気持ち大きく。これで少しくらいは対策になるはずだ。状況が分からない人から見ればさぞや奇怪な光景である事だろう。ただ命の危険が迫っているのだ、そんな事を気にしている場合ではない。
「ただ、撃つ感覚が長めですね。僕が動き始める前にも撃たなかったし……命中精度が良くないのか、結構狙うタイプ。んー、あっちの方にある背の高い建物辺りが怪しいです」
真田の太ももに当たったという事は角度が付いていたという事。角度が無かったのなら太ももではなく体の方に当たっていただろう。そして足を狙ったのではないなら何を狙ったのか。状況から恐らくは宮村の頭だ。ヘッドショットで確実に仕留めようとしていたのだろう。だが、真田が突き飛ばした事でそれは失敗。
倒れた真田の足の傷と、倒れる前に宮村の頭があった位置。その二つを結んだ先に敵は存在している――はずである。スナイパーらしく移動していなければ。その辺りは賭けになる。何とかして確認したい。
「……お前、割と冷静だな」
「はい?」
二発も攻撃を受けながらその動揺を見せる事もなく分析を始めている。その妙な冷静さには宮村も呆れ顔だ。図太い、もっと言えば鈍感。愚かしく思えなくもないが、ただこれだけ冷静に頭を働かせる事が出来るのは頼もしいと言っても良いのではないだろうか。
「いやいや、めっちゃテンパってますよ? 死ぬほど心臓バックバクですし。そうじゃなかったらこんなベラベラ喋らないって言うか、何かもう怖いです帰りたい逃げましょう」
しかし少しも頼もしくはなかった。
「お前、俺のほのかな期待返せよっ、詐欺だぞ」
「んな事知らないですよ。僕は表情に出ないタイプなんです」
「顔が見えねぇんだよ!」
揉め始める二人。ちなみにこの間もウロウロちょこまかと動き続けている。本当に奇怪。表現を選ばないならば気持ちが悪い。真夜中の路上でこんな二人を見掛けたら即座に踵を返して逃亡したくなる。いつ撃たれるか分かったものではない状況でこんな事が出来るのだから、結局の所は二人とも図太くて鈍感なのだろう。
ただ言い争いが一段落した時、不意に真田が小さく囁きかける。
「――宮村君、背中、合わせて」
「? お、おう……」
言われるがままに背中合わせの状態で立つ。この段階で動き回るのは止めて、本当にいつ撃たれてもおかしくない状況だ。
「攻撃に備えてキョロキョロしてください。危ない時は助け合いで」
「……オッケ、分かった」
宮村は自分のすべき事に対して敏感だった。勝負所に対する嗅覚と言うべきだろうか。ここは口答えも茶化す事もせずに素直に従うべき、本能がそう言ってくる。背中を合わせて、全方位に注意を払う。
先程の言い争っている時間、そこまで長くはないが一瞬で終わった訳でもない。その最中、敵は攻撃してくる事は無かった。動き回る二人に何とか照準を合わせようとしていたのか、それとも――
(移動する時間はあったはず。さあ、どう出る……?)
腕輪による視力の強化や、あるいは持っていると思われるスコープか何かによってこちらの様子は視覚情報に関して筒抜けであると言って良いだろう。何となく方向に当たりをつけられた事については敵も察したはず。その上で、この時間を如何に使ったのか。敵は慎重に移動したのか、それでも陣取った良いポジションをキープして戦いたいのか。その性格を読み取りたかった。
今、真田は敵が居たと思われる方向を向いている。こうして動きを止めて攻撃を誘い、次の攻撃が正面から来れば相手は後者の性格だ。それならば、前者に比べて戦いやすい。
(真田のヤツ、本気だな……じゃあ、俺が足引っ張るワケにゃあいかんわな。何考えてんのかは分からねぇが、俺の思い付かない事を思い付いてくれる。付き合いは死ぬほど短いが、そーゆートコ、頼りにしてる。頼むぜぇ? 真田!)
背後から寄せられる信頼にも気付かず、真田は集中し続けている。出会ったばかり、まだ心は通じ合っていない。だが、ごく当たり前のように背中を預けられるだけの信頼は互いに持っている。それは心を通わせる、大きな一歩だ。




