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暁降ちを望む  作者: コウ
金欠ペネトレイト
172/333

 真田 優介は変人だった。


 どこが変なのかと言えば、自分が普通の人間だと本気で思っている所だろう。全人類の平均とまでは言わないが、少し人と接する事が苦手なだけで充分過ぎるほどに普通エリアに位置していると思っている。

 普通とは何だろうか。全人類に点数を付けて五十点前後の人間を普通と呼ぶのだろうか。それは違うだろう。誰が全ての人間に点数を付けられるのだろう。普通とは、主観と客観の擦り合わせだ。自分と他者の意見の平均値、それによって普通か否かが決められるのだ。


 真田は自分の事を中央点からマイナス五点くらいだと認識している。普通の許容範囲内だろう。だが、他者は真田の事をマイナス九十点くらいだと認識している。かなりの変人の部類だ。これらを擦り合わせると、結論として真田 優介は変人だ。


 少し人と接する事が苦手と言うが、他者からすれば絶望的に苦手であるようにしか見えない。電話が苦手という人は探せばいくらでも居るのだろうが、誰かに電話を掛けようと思うだけで体が震え、頭が痛み、耳が遠くなり、目が霞み、吐き気をもよおすほどストレスを感じて体調を崩す人間はどれほど居るだろう。もし居るのだとしたら、一度勇気を出して電話を掛けてみると良いだろう。意外と恐ろしいものではないと分かるはずだ。


 だが、その一歩をまったく踏み出せないでいる人間が一人。もちろん変人・真田 優介である。ベッドの上に正座して、目の前には携帯電話を置いて。その顔はこみ上げる吐き気を堪えるかのように歪んでいる。電話を原因とするストレスから来る体調不良。そんな人間がここに居た。



 時刻は午後八時。夕食も食べて一息ついた所でフッと浮かび上がった疑問が頭から離れず、電話をするべきか、そもそも電話が出来るのかと悩んでいるのだ。

 誰に電話を掛けるのかと言うと、そんな相手は一人しか居ない。宮村 暁。つい最近に出会ったばかりの、真田の唯一の友人である。電話帳に登録されている他人は一人だけ。その後、剣士だの老人だのを始めとして一気に知り合いが増加する事は、この時は知る由もない。


 その宮村との出会いと戦いときたら大変なものだった。今さらそれを思い返すつもりも無いが、その時の事は買ったばかりの真新しいノートの最初の方に書き記されている。それをいつか懐かしく読み返す日が来るのだろう。読み返す楽しみが湧き上がるほど多くの内容を書く事が出来るように、それを目標としている。今この瞬間も書き残すには悪くないシチュエーションであると言えるだろう。もっとも、読み返した時に改善されているから懐かしく微笑ましく思えるのであって、改善の見込みが無かったならただ胸を抉られるだけなのだが。


 宮村の土下座謝罪の日。その夜は何となく学校で待ち合わせて合流し、そしてノートを買った。それは良いのだが、問題はその後。つまり今日だ。

 果たして今日は会うのか、会わないのか。悩みどころである。勘で学校に行って誰も居ないのは嫌だ。そして行かない事によって宮村を放置するのは申し訳ない。だから、電話をして確認しようと思ったのである。


 メールをすれば良いと思うだろうか。だが話はそんなに甘くない。真田がそんな逃げの方法を思い付かなかったはずがないのだ。メールで連絡できるならメールで、ネットで予約できるならネットで。それが真田の生き方だ。だが、交換できた連絡先は電話番号だけだった。誰かと連絡先を交換するという経験に欠けるあまり、メールアドレスの交換という発想が少しも思い浮かばなかった。メールで連絡できるなら、と言っても相手は特定の個人ではなくサポートセンターなどへの問い合わせだ。連絡先交換の必要など、無い。


 さて、そんな事で悩み続けておよそ三十分。これは世界一ムダな時間だった事だろう。この時間で何かを生み出す事が出来た訳でもなく、そしてこの時間が完全に水泡に帰す瞬間まで訪れてしまった。そう、睨み続けていた携帯の画面が急に切り替わって、そこに宮村の名前が表示されているのだ。


 向こうから電話が掛かってきてしまった。どうせ電話が掛かってくるのならば、この悩んだ時間は一体何だったのだろう。三十分前に戻って悩むのを止めてゲームでもしていろと伝えたい気分だった。


『オーッス、真田?』

「あ、はい……」


 思わず緊張した声で返してしまう。最後に電話で人と話したのはいつだっただろうかと考えてみれば、具体的に思い出す事はもはや出来ない。恐らくは一人暮らしを始めた直後辺りだと思われるが、そうだとするとその相手は一応、他人ではない。最後に他人と電話で会話をしたのは……考える事も恐ろしい。少なくとも微塵も思い出す事が出来ないのは確かだ。


『お前さぁ、今夜学校行く?』

「えっと、あー……はい、そうですね、そうしようかと」


 傍から聞けばおかしな会話だ。しかし当事者たちにはよく分かる。宮村はどうしようと思っているのか、同じ事を聞こうと思っていた、そんな考えを言う事も出来ず、曖昧に肯定する。まだまだ未熟。


『おう、分かった。じゃあ……十一時くらいに』

「はい、分かりました」


 顔を合わせればまた違うのだろうが、電話越しではこれが限界。事務的なその返しはあまり友人には思えない。通話が切れると、気付かぬ内に心臓が異様なまでの速さで動いている事が分かる。ジッとしていても疲れてしまうほどだ。

 もう少し慣れればきっと電話でも楽な気持ちで話す事が出来るだろう。そうは思った真田であったが、同時に別の事も考えていた。


「メールアドレス、教えてください」

「はぁ?」

「今すぐ。さぁ、ハリー!」


 顔を合わせて、挨拶もしないまま交わした会話がこれだった。電話でも楽な気持ちで、否、それ以前に電話などしなければ良い(・・・・・・・)。電話番号しか知らない事が全ての原因なのである。本当の原因は真田の性格である事は完全に棚に上げて見えなくなっていた。


 首を捻りながら「そういやアドレス知らねぇな」などと呟いている宮村の姿に、メールで連絡を取るなど微塵も考えていなかった事、そのコミュニケーションに困っていない性格を察して何故か腹立たしく思えてくる。人がどれだけ苦労していると……などという、俗に言う八つ当たりだ。これでも自分の事を普通だと心から思っているのだから面の皮が厚い。


「よしよし……今後、僕への連絡は基本メールにしてもらいます。良いですねっ!」

「いや、まぁ……良いけどさ」


 真田の発する謎の圧に宮村もタジタジだ。こんな事に限って真田は本気、そしてやたらと強い。自分が楽になる事に対して全力を尽くす。


 この変人に付き合う事が出来る人間は限られているだろう。その相手に出会えなかった不運も少しはあったのかもしれない。だが、これからは大丈夫だ。これからは少し違う。これまでとは変わった人生を歩む事が出来るだろう。この変人を受け入れられる相手に出会えたのだから。


「……お前の考えてる事はマジで分からん。マジでちょっと引くわ……」


 きっと、きっと大丈夫だと信じたい。

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