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暁降ちを望む  作者: コウ
三つ首の
164/333

「逃がさねぇ!」


 相手が退いたならば同じ分だけ、宮村も距離を詰めつつ右ストレート。防がれても構いはしない。ただ当てる(正確には消滅させられるが)だけで良い。そこに確かな意思があるならば。その一撃は敵の精神に届き、確実にダメージを与える。


「ぐぅ……」


 押している。その光景を最初は予想など僅かほどもしていなかったせいか、恐ろしさすら感じるほどだ。

 そして敵は耐えている。攻撃に転じようとすれば、宮村はその手の方へと攻撃を仕掛けて防御を強いる。風弾を飛ばす遠距離攻撃、それは攻撃そのものを無効化されてしまう事も充分過ぎるほどあり得るが、魔法使い本体の魔力を無効化されても攻撃は防御されるまで生きるという事。攻撃をされた以上、敵はそれを防御するしかないのだ。どれだけ宮村の魔力を無効化しても常に全力で放たれる風弾が当たっては怯む事は避けられない。


 いつしか、敵の攻撃をする手は少しずつ緩んでいった。伸ばされる手もすぐ防御に戻る事が出来るよう速度が落とされている。完全に宮村の支配下だ。

 その様子は嵐に飛ばされぬよう耐える葉っぱのよう。今は何故かと言いたくなるほど奇跡的に枝に掴まっているだろう。荒れた中、ある意味で安定しているとも言える。だが、ほんの少しでも状況のバランスが崩れたならばいとも簡単に散らされる存在。


(宮村君……勝てるなんて思うな!)

(油断はしねぇ、俺に負ける要素が無いワケじゃないんだ……)


 二人の思考は見事に一致していた。吹き荒ぶ嵐、だがそれが葉を飛ばすまで続くかどうかは分からない。宮村も風弾を放つ一瞬でも前に魔力を無効化されてしまえば、そのまま押し返されてしまう。


(向かって右が来たら右左、左が来たら左右……右左、左右、右左左右ぃっ!)


 相手の手が伸びた方から攻撃をして、その直後にもう一方も攻撃。防御させて相手の精神を擦り減らす。万に一つでも当たったならば儲けもの。

 相手の精神を蝕みながら、自らの精神もまた蝕まれている。じわじわと、互いにゆっくり心を侵食しあう、牛歩の陣取り合戦。落ちるのは果たしてどちらが先か。


(宮村君……一人で何とか出来るか? 勝算があって近付いたのか!?)


 真田は声を出す事も憚られる。小さな音一つでもバランスを崩す事に繋がってしまうかもしれない。そして近距離戦闘では真田も介入できない。視界に入るだけでも結果が変わりかねない。


 上手く戦えばここで勝利を決める事が出来る。もう少し力が上回れば勝てるのだ。そこに、この場に居る唯一の《もう少しの力》である真田は、真田だけは絶対にその力を加える事が出来ない。

 出来る事と言えば信じる事だけ。真田には宮村の考えは読めない。どのように考えてこうして接近したのか、その理由が分からないのだ。ただのちょっとした思い付きなのかもしれないとすら思えてしまう。それでも信じて、今は見守る事しか出来ない。


(左右左右右左左右……まだまだ、もう少し。もう少しだ……っ!)


 相手の動きを視認。脳が直感的に反応。それに対応する動作。全てを最適化。魔法を行使する機械となってただ拳を振るう。それでいて人間・宮村 暁も存在していて戦況を見ている。決して調子に乗らないように、決して勝機を逃さぬように。チャンスの神様の前髪の上から顔面を思い切り殴り飛ばす、そんなつもりで。


「クソがぁ……テメェなんぞにぃぃぃぃい!」


 攻められない。宮村の集中力の前に攻撃の手は全て途中で退き返さざるを得なくなっている。最初こそ動きのあった戦いであったが、今はもう二人とも足が止まっていた。宮村に距離を取るつもりは無く、敵も後退する事を許されない。この場所、この位置で勝負は決まる。


(心臓がバクバクいってやがる……ビビってるのか、楽しいのか、それとも普通に疲れてんのか、何にも分かんねぇ。とりあえず、何かもうマジで気分悪くなってきたな……ちゃんと呼吸してないっつーか、出来てる気がしねぇよ。もう……終わって良いだろ? やっぱこれアレだよ、疲れてるだけなんだよ。もう止めにして休みてぇよ……)


 冷静な自分と機械と化した自分によって隠れていた、少しだけ弱い自分が顔を出す。脳裏には何年か前の昔の光景が浮かんでいた。


 本格的にサッカーを始めたばかりの頃。よく居る体を動かす事が好きな子供は正直に言って自分の実力に自信を持っていた。だが、自分と言う井戸の外には、自信を踏み砕く実力を持った人間がいくらでも居た。何より劣っていたのは体力。試合で走り続けるような体力を、彼は遊びの中で培ってはいなかった。

 体力を付けるため、走って、走って。心臓は痛み、胃からは何かがこみ上げる。そんな時、頭の中ではずっとこの弱い自分が喋り続けていた。こんな事は終わりにして、もう休みたい。そんな事をずっと考えていた。


 結果的に、その子供の持っていた才能は確かであった。身体能力の高さは本物で、指導を受ければ技術はすぐに吸収した。

 最後には不本意な形でサッカーを辞める事とはなったが、自分の力が伸びていった事、試合で活躍できるようになっていった事はとても楽しかった。弱い自分の言葉に流されていたならば得られない喜びだ。


(まだまだまだまだまだまだだ! まだ終わってやらねぇ! もっと走ってやる! もっと、もっとぉ!)


 耐えるのだ。苦しみ、辛さを耐え忍んで乗り越えた先に、きっとそれが意味を持つ瞬間が訪れる。例え最後は報われなかったとしても、その瞬間には命を削るだけの価値がある。


「コイツ、もっと激しく……っ!」


 宮村の腕がスピードを増す。もはや敵の動き出しを待つ事もない。殴って殴って、敵はガードを固めっぱなし。一撃で致命的なレベルで動きを止める事も可能な顔面を狙う連続攻撃、それに対して敵は両腕で顔を隠すようにしている。防戦一方。

 攻める宮村もひたすら攻めてはいるが、そこからの展開が何も無い。本当にただひたすら、愚直なまでに同じ攻撃を繰り返す。


 魔法を使うのも疲れるのだ。両者とも魔力を全開にしているが、このままの戦いが続けばただ防御している敵よりも体中を動かすためにも魔力を使っている宮村の方が先にガス欠になるだろう。


 敵を沈めるための決定打、宮村にはそれが必要だった。一撃で叩きのめす、最高のフィニッシュブロー。



(……ガードが上がってるぜ)



「な、ぁあ!?」

「――ッシ!」


 敵の視界から、至近距離で宮村が消える。いや、消えたように感じただろう。再びの瞬間移動。しかし、移動はしていない。


 瞬間的に、宮村の体は沈み込んでいた。左足で踏み込んで、姿勢を低く。そこからは敵の完全にノーガードの顎が実に良く見える。


 その姿は、傍で見ていた真田の目に、脳にしかと刻み込まれた。低く沈み込む体、伸び上がる拳。真っ直ぐに顎に向かって、魂ごとぶつける一撃。これこそが、宮村が最初に考えていたたった一つの勝ち方。


 そして、辺りを静寂のざわめきが騒々しくも密やかに支配する。鼓膜に叩きつけられる無音という名の音。


 真田の目の前にある二人の姿。片方はパンチを放って左拳を突き上げた格好のまま静止している。どこか神聖な像を思わせる、美しい形だ。もう片方は、地面に尻餅をついて呆然とその姿を見詰めている。まるで礼拝者のような、神の裁きを待つ罪人のような。


 そして消極的騒音は積極的な騒音へと転じる。尊いその沈黙を破ったのは、拳をゆっくりと下ろす神像。


「――秘密兵器……超接近戦専用ブロー、アッパーカット……へへへっ……ちょっと、ビビっちまったか……」


 よろよろと立ち上がろうとする敵の手首。魔法使いの第二の心臓であるそこに、腕輪は健在(・・)だった。

 宮村のアッパーカットに対して、敵は強引に思い切り上体を反らしたのだ。拳も風弾も、両方が空に吸い込まれていく様を、あまりの無理な動きによって転びながら敵は見ていた。自分が避けた事が信じられない、そんな事を言いたそうな目をしている。


 決まるはずだった。愚直な攻撃が敵のガードを上げ、顔面の高さで固定させた。至近距離ならば少しの動きでも視界から消える事が出来た。宮村は遠距離戦闘しか出来ないと思っていた相手の予想を裏切る攻撃だった。


 ただ踏み込みが、速さが、勢いが、足りなかった。


 宮村はスポーツと共にあった。サッカーを始めて、努力を重ね、辞めて、今は一応ボクシングの勉強をしている。どちらも才能を見せ、そして怪我の一つもする事が無かった。

 左足首の痛みが恐ろしいのだ。先程の強引なブレーキ、そしてその時に感じた痛み。負傷自体は腕輪の力で治しているが、痛みの記憶は脳から消えてくれない。走り続けた男が初めて感じた痛み、怪我の恐怖。それが踏み込みを甘くした。


「っ! 宮村君!」


 そんな光景に見惚れている場合ではない。既に敵は立ち上がろうとしているのだから。もっとも敵も意識が完全に戻っている訳ではない、まだ何となく本能で立ち上がっているだけだ。

 そこで聞こえてきた真田の声は二人の意識を覚醒させるだろう。だが、この際それも仕方がない。どちらが先に覚醒するか分からないより、よーいドンで同時に起こした方が勝算がある。


 危機を感じて真田の手に力が入る。今ならば魔力を振り絞る事が出来そうだ。拳を固く握り締め、両腕を激しく燃焼させるようなイメージ。炎が包み込み、そしてそれがどんどんと強く大きくなる。


「っけぇぇ!」


 両腕から発せられた巨大な炎、それは真田が腕を閉じるように交差させた動きに従って喰らい付くように二人を左右から飲み込もうとする。離れた位置から巨大な炎で直接燃やす、言うなれば遠距離からの近距離戦闘。これまでは仲間も巻き込む事になるために不可能だった行為だ。

 しかし今は違う。少し接近している程度ならば単純に巻き込んでしまうが、接近し過ぎている状態ならばまた話は別。防御せざるを得ない敵が自動的に宮村を守ってくれる。それも左右の攻撃に対処するため両手を使って。


(宮村君、どうする!?)


 少しだけではあるが隙は生まれた。今の状況は非常に良い。戦いは間違いなく一つの区切りを迎え、宮村もやる事はやった。真田が強引に介入する事なく撤退させる事も可能。

 この隙に撤退するのか、あるいはまだ納得できないと戦うのか。その判断を宮村本人に委ねる。


 どうやらその意図は宮村にも無事に伝わったようであった。拳に力が入る。重心を低く。そして、一瞬の逡巡の後――全力で後退。


「真田、俺はここまでだ! お前もすぐに戻って来いよぉ!」


 後方に居た真田とのすれ違いざま、宮村はそう、叫ぶように口にする。魔力圏に接触する寸前で真田が自らの体から炎を切り離し、すぐにでも自然に消えてしまう炎の残骸をさっさと無効化し終えてフリーになった敵は、その姿を追う素振りも見せない。逃げる気があるならそれは放置して真田と戦う、そう考えての対応である事はすぐにでも分かった。


 真田が敵を引き付けて仲間が撤退する。最初に決めていた作戦の通りだ。その後、真田も秘中の秘の策を用いて撤退。その予定だ。宮村の言葉もそれを覚えていたためであろう。


 これは敗北だ。相手を殺す事も叶わずに逃げ出す。敗北以外の何でもない。

 しかし、あるいはこれは勝利でもある。敵の能力を把握し、ほぼ戦力を欠く事もなくもう一度挑戦する事が出来る。ミクロ的視点では敗北であるが、マクロ的視点では勝利への一歩である。


 そう、ほぼ(・・)戦力を欠かなかったのだから。


(秘密の作戦、かぁ……まあ、無策なんだけど)


 何故だか笑いがこみ上げてくる。自分がこんなにも面白いと思ったのは初めてだった。自らの手で勝利を掴むビジョンを持たず、自らを無事に逃がすための策も持たない。武装ゼロ、丸裸の人間が《最強の魔法使い》の前に立っているのだ。こんなに馬鹿で愉快な冗談は無い。


(でも、みんなだけでも割と何とかなりそうで良かったと思うべきか)


 真田はこの戦いにおいて、ほとんど役に立っていなかった。せいぜい注意を集めるか、視界を遮るか。その程度の貢献だ。


 それはつまり、真田が戦いに参加しなくてもこれほど戦えるという事に他ならない。

 真田への注意は他の誰か、例えば宮村辺りが因縁を作れば同じ役回りが出来る。視界を遮る事については篁の方が優秀だ。位置が特定されるために危険ではあるが、それについての対処は後で考えれば良い。マリアのように常に動き回っていれば特定できても追う事は難しくなるだろうし、接近戦に光明を見出した宮村が常にマークしていれば追う行動を封じられるかもしれない。


 真田が囮となる事によって再戦時の戦力が全員無事に撤退する作戦。短く言うと《真田による全員無事に撤退する作戦》だ。屁理屈のようではあるが、言ってしまえばこれこそが秘中の秘である。


 仲間は無事、戦力のダウンも最低限、敵は真田と好きなだけタイマンで戦えて、真田も今後は頭脳労働という形で安全圏から戦いに参加できる。誰にもどこにも損が無い。何と素晴らしい作戦であろうか。


(僕が本当に殺されなければ良いけど……)


 不安があるとすれば、それくらいか。

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