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策と言うものは一つであるべきではない。どれだけ上手く事を進めたとしても、此方では操りきれない『相手』が存在するのだ。考えられる状況と同じ数だけ策は立てておくべきである。
とは言えども、そんな事は不可能。歴史に名高い軍師であろうとそのような事は出来ない。何故ならば、それで全てだとは断定できないためだ。自分の考えで全てに対応できると判断する者は、そんな驕った者は優秀たりえない。予想だにしない展開が待ち受けているかもしれないと謙虚に、考えるのはこれくらいにしておこうと大胆に。大切な事だ。
何が言いたいのか、と問われるならば、「『全状況に対応は出来ません』という当たり前の事実を改めて強調したいのだ」と答える事になる。
基本的な策は三人で囲んで戦う。その中で誰が撤退しても体勢を立て直す事は出来た。その予定だった。
予定から外れてしまった事と言えば相手の性格的な面よりかはむしろ、魔力感知能力の高さだろうか。それによって思っていたよりも早く、思っていたよりも多くの仲間が撤退を余儀なくされてしまった。
この時、真田はある事実に気付いていた。どこかのタイミングから水溜まりが増えなくなっているという事実。そしていつの間にか梶谷の魔力を感じなくなっているという事実。
流石に賢明である。梶谷の魔法は直感か、あるいは魔力感知によるものか、ほぼ通用していなかった。全てが回避され、そして性質上、仲間によって潰される事もあった。相手が後衛の位置まで認識できると分かった以上は変に粘らず潔く撤退した方が良いだろう。それは良い。それ自体は良い事なのだ。
問題があるとすると、とうとう友軍が二人になってしまったという事だろう。相手が強力だとしても数で押し切る事は出来る。戦いにおいて数というものは重要なファクターだ。今回の戦いも数の有利に頼ったもの。
此方の一人一人の戦力を一とした時、相手は四はあると言って良いだろう。だから六人ならば対抗できるのだ。二人では対抗できないのだ。
ここで少し話を戻そう。この戦いのために色々と考えた。その中で、最後に残るのは真田と宮村の二人である可能性が最も高いと考え、事実その状態になっている。現在の状況は予想通りなのだ。むしろ本命。なのでもちろん、この状況への対応も考えている。
真田と宮村が残った場合の対応。『もはやどうしようもありません』、これに尽きる。
手詰まりである。この二人だけでは勝ち筋が見えない。当初の意味合いとは違うかもしれないが、全状況に対応など出来ないのである。
(うぅん、酷い目に遭った……)
コンマ数秒ほど、利が生まれないほどの差であるが、真っ先に正気に戻ったのは真田であった。近隣からは天気も悪くないのに雷でも落ちたのかと他人事に思うような光。ただ現場に居た人間にとってはそんな事では済まない。数秒間、ものの見事に意識を飛ばされていた。光に破壊力を感じる日が来るとは。
そんな中でもどこか遠くの方で篁の声が聞こえた気がしていた。まるで夢の中のような記憶であるが、きっと現実だろう。去り際に何かしら言っていたのだ。具体的に何を言っていたのかは正直分からない。でも何となく頑張ろうと思えた。
(でも参ったなぁ……宮村君はまだ退いてくれないだろうし)
真田の目覚めとほぼ変わらないと言えるタイミングで目を覚ました敵と宮村はニヤリと笑いながら睨み合っている。なんともライバル然とした光景だ。この様子だと、ダメージなど負っていない宮村は大人しく撤退はしないだろう。勝ち目無しの現状でも戦おうとする。真田としてはこのまま宮村には退いてもらいたいところなのだが、取り敢えずぶつからないと納得はしてくれない。そして正直その気持ちも一応程度ならば分からなくもない。それがまた困った所だ。
(余裕ある内は戦うんだろうなぁ……丁度良い所で指示出せれば良いけど)
死なないように、かつ納得できるように。そのラインの見極めが難しいところである。自分の事ならばまだしも他者の体力など分かるはずもない。
しかしとりあえず今現在の宮村が非常に元気である事だけは手に取るように分かる。この威勢の良さが嘘でない事だけは確実だろう。
「この宮村 暁がお前をぶっ飛ばしてやるぜ! 覚悟しやがれ! ふはははは! ……あ、真田にはちょっと手ぇ貸してもらうけどな」
「そこは相場はタイマンだと思いますけど」
決まらないと言うべきか妙な所で現実的と言うべきか。役立たずの真田でも少しは役に立つ事はあるだろうが、それにしてもこれほど当たり前のように助勢を求められるとは。もっとも、仮にタイマンでもタイミングを見て介入するつもりであったが。
「へっへっへ……真田 優介を殺す前にテメェもぶっ殺してやるよ、宮村 暁。でもまぁ、その前に……」
「あ?」
勿体付けるようにして笑ってから、男はチラリと周囲に視線を投げかける。一体なにを始めようというのかと疑問に思う宮村を尻目に、再び口を開く。
「おう、さっきっからジロジロ見てやがるお前ら! コイツらを殺ったら、次は……楽しみにしておきなぁ!」
『……う、あああぁぁぁぁぁっ!』
男の声に弾かれたかのように、どこからかいくつもの声が聞こえてきて、そして遠ざかる。どうやら篁達とはまた別の場所に潜んで戦いを観察していたらしい。
最強の魔法使いにチームで挑んだ戦い、しかも掲示板を使って堂々と戦いを挑んだのだ。これほど注目を集める戦いはそう存在しないだろう。あるいは漁夫の利でも狙っていたかもしれない。最強と言えど消耗していれば何とかなると踏んだか。
しかし蓋を開けてみれば押されはしたもののチームのほとんどを撤退させ、まだまだ余裕を見せ、しかも持ち前の感知能力で自分達の存在にも気付いている。これはまさに恐怖。逃げ出したくなるのも当然だ。
「――さて、これで邪魔なヤツらは消えちまった。始めるとするか」
誰も居なくなった戦場で男は笑う。実に楽しそうに、嬉しそうに。気に入らない敵を叩き潰せる事か、もうすぐ戦いが終わる事か、それとも想像以上に敵が牙を剥いたからか。何が男の感情に作用したのかは分からない。ただ分かる事は、そのみなぎるやる気。もっと言うなら殺る気、つまりは殺意。
男と対峙する宮村の斜め後方、少し離れた場所へと素早く移動。今の仕事は時々ちょっかいを出しながらタイミングを見て指示を出す事。そして何よりも邪魔をしない事。この位置ならばそれらの仕事はこなせるだろう。戦況はまず間違いなく動き回る宮村に敵が接近を試みる形となる。最初の立ち位置としては丁度良いはずだ。後は臨機応変に。少し行き当たりばったりになってしまうが、これで真田の準備は整った。
「まあ、知らねぇヤツの横入りがあったら俺達の勝ちじゃなくなっちまうし? その辺は感謝しといてやるよ」
「もう勝ったつもりでいる馬鹿な前座に、身の程を教えてやる必要があるみてぇだ」
挑発的な言葉を吐く二人。既に戦闘態勢は整っている。
片やボクシングの構え。左足を一歩前に出して、踵を上げる。スイッチ状態ではない、通常の構えだ。一瞬の隙を見付けて渾身の一撃を叩き込む、そのための構え。
片やこなれたような格闘技の構えではない。正対したまま両腕で顔面から胸の辺りまでガード、正面からの攻撃は絶対に受けまいとする無敵の盾。
単純に考えて宮村は不利だ。勝ち目は無い。しかし、宮村は乗ってくると強く、今は想定以上に乗っている。自分の手で倒してやろうとする気持ちがそこまで強かったと思い至らなかった真田のプラス方向の誤算だった。そして相手も絶対無敵の最強の魔法使いではないと分かった。一応ではあるが真田も力を貸す。
もしかすると、勝ち目が無いと言い切るのは早かったのかもしれない。敗北は確定した未来ではないはず。
まだ粘れる。終わりは近付いている。それでも、最後の瞬間まで戦いの行方は分からないはずだ。




