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暁降ちを望む  作者: コウ
三つ首の
158/333

(目立つ役目は二人に任せて、俺は確実に攻撃をする……まずは小手調べ!)


 敵は宮村の攻撃を防御している。そしてこの戦いのメインのターゲットとなる真田を常に意識している。つまり今、作戦上アタッカーとなる日下はほぼフリーの状態。もちろん完全に、とはいかない。空いている手は日下に向けられており、時折視線を動かしては動向を確認している。

 それでも間違いなく隙は存在した。最強と謳われる、そんな相手と戦っているとは思えないほど見事な隙だ。しかしこのままの情勢が長くは続かないだろう。限りある隙を如何に攻めるか。意味を持った行動をする。そこで日下は文字通りの小手調べをする事にした。


「ってぇ!」


 向けられた手首を斬り落とすようなイメージ。左足を踏み込みながらの鋭い小手打ち。もちろん効果が無いであろう事は予想していた。手首など予想していた無効化魔力場の中心とも言える場所、しかしその場所に効果が無いと分かる事にも意味がある。


(効いてない! やっぱり小手への攻撃は無効かっ)


 敵が日下をチラリと見る。結局ダメージなど欠片も与えていないためか、そこまで脅威として認識はされていないようだ。すぐにその視線は宮村達の方へと向けられた。


(肘から先、それはきっと間違いない――面、胴、突き、下半身も狙える。胴は手から近い、狙うのは難しいか? 面と足、上下に揺さぶれば!)


 刀を一度、鞘に収める。そして脱力。抜刀、椿落としの構えだ。低い位置から首を狙う、その軌道は足と首、使い分けによってどちらでも攻撃する事が出来る。脱力しながら殺気も抑えている今、攻撃を狙っている日下に対しても敵はほぼ意識をしていないに等しかった。


(日下君のカバーはもう少し放っておいても良いな。今は行動を抑えて、意識を宮村君に六割、僕に三割ほど向けさせる!)


 目立つ役回りの宮村と、ついでに真田は日下が狙われ始めた時に頑張って自分達に意識を向ける事も仕事だ。しかし今はその必要が無い。それならば上手く戦況をコントロールする事が今の仕事である。宮村を目立たせながら、自分も視界に入り続ける。同時に自分が狙われないようにする。そのために自分の力を敢えて抑える、それも必要な事だった。


 両腕に纏った炎を小さくして、敵の視界から少しだけ逃れる。完全には消えず、時折その姿を見せる事によって意識を調整しようとした真田であったが、その時、敵の目がギロリと音を立てたと錯覚するほどの鋭さで向けられる。


「手ぇ抜いてんなよ、真田よぉ!」

「――っ」


 敵はそう言って思い切り地面を蹴った。急激な動作は集中していた宮村と日下の視界から消えたようにすら思える素早さ。真田の視界からは消えない。それどころかその姿は徐々に拡大されていく。接近されているのだ。


 光景はまるでコマ送り、少しずつ近付く目のギラギラとした輝きがまるで呑み込もうとしているかのように大きくなる。伸ばされる腕、敵の姿が見えていたはずの目はいつしか迫る手の平だけを捉えていた。攻撃を仕掛けようとしていたなどの理由で一瞬でも反応が遅れていれば掴まっていただろう、転がるように回避した真田の顔を指が掠めて行った。ほんの一瞬だけ、体がガクンと重くなったように感じて、そしてすぐ元に戻る。


(クソッ、思ったより僕への意識が強い! 僕が抑え過ぎてもこっちに向かって来るのか!)


 真田を仕留める事が出来なかった、それは相手にとってさほど問題ではないようだ。少し真田を見て口の端を歪めるように笑って見せてから、再び攻撃を始めた宮村の相手を始めている。

 調整などと考えて力を抑えた事が気に入らなかったのだろう。つまり、そんな考えに基いた作戦の実行は難しいと考えて良い。今回の作戦、前衛組の目立つ順は常に宮村、真田、日下だ。状況に応じて自分の立ち位置を変化させるのが真田の役割。しかし、これによって真田が下がる事を封じられてしまった。


 この目立つ順というのは出来れば守るという程度のものではない。誰も退却せず三人が揃っている限りは厳守せねばならない。だがそれは破られてしまった。真田が優先して狙われてしまった。その事が宮村を焦らせ、攻撃の手を激しくさせる。


(真田が狙われた……なら俺がもっと引き付けねぇと!)

(宮村君、違う! そっちが頑張り過ぎると相対的に僕が力を抑えてるみたいになる! 何とかリセットしないと)


 言葉を介さずに考えを伝える事は極めて難しい。真田は全体の調和を図った、そして宮村は真田のカバーをしようとした。どちらも基本的には間違っていない考えであるが、今回の場合は真田の方が比較的正しかった。あるいは宮村が比較的間違っていたと言うべきか。

 右腕を伸ばしては引き、また伸ばしてはまた引く。鞭のように放たれるスピードを上げた右ジャブの連打。それだけ防御も難しくなるが、不可能と言うほどではない。二発の風弾を同時に放つ事ができない以上、どうしても片手防御の域を出ない。空いている方の手は常に他の攻撃(主に日下)に対する防御に備えている。それでいて意識は真田の方に強く向いている。


 目立つ順は変動していない。しかし少しばかりテンションアップし過ぎている向きがある。宮村が先導して上げつつあるのだ。このままでは、いざと言う時により目立ってカバーする行為が難しくなってくる。可能な限り常に少なくとも一段階はギアを上げられる状態を維持するべきである。

 宮村を一度大人しくさせて仕切り直す事が必要。同じように考えたのかは分からないが、そこで動いた人物が二人いた。


「ぐぅっ……何しやがった!」


 突如として戦闘領域を眩い閃光が包んだ。一瞬だけの光、それでも敵の意識までも白くするという大きな効果があった。何も見えない中で防御は不可能だと判断したのか、敵は飛び込みでもするかのように横に大きく回避。しかしそこにも攻撃の手は存在する。


「ふっ! 椿落とし!」

「ちぃ、足か……っ」


 脱力していた日下がその力を解放。大きく踏み込んだ右足。低くなる体勢。鞘の中を走り抜き放たれた刀は地面スレスレを滑り、そして上昇する。本来のように低い位置から首を狙った一撃ではない。体勢を立て直そうとする敵の足を刈り取る斬撃。

 だが、相手が素早く立ち上がろうとして手を地面に突いていたのが悪かった。狙っていた足とほぼ同じ位置に相手の腕はある。日下の放った鎌鼬は斬り落とそうと企んでいた右ふくらはぎの辺りよりも先に腕に当たる。その瞬間に、鎌鼬は消滅・魔力が吸収。隙を見て足を狙っていた事に気付いたのだろう、ここに来て初めて敵は日下へハッキリと意識を向ける。


 渾身の一撃は無効化されたが、それでも日下の攻撃は終わってはいない。攻撃の連携が彼の持ち味でもあるのだから。振り抜いた右手首を返し、刀を左手に持ち替え、膝を伸ばして姿勢を高くしながら真上から振り下ろす。大上段から足元まで真っ二つ、収束していくような刃の軌道は大輪の花が萎れていくイメージ。


「暮朝顔!」

「上、いや前……上ぇ!」


 振り下ろされた斬撃は上から、しかし鎌鼬を飛ばすならば前から。勘なのか、それとも偶然にも先程防いだ攻撃から推測したのか。敵は二択の問題に正解した。頭上で両腕を十字の形に組んで防御。


 そんな二人の攻防を、真田はただ見守っていた。本来的にはここで真田が注意を引かなければならないのだが、これが真田の不器用な所である。どうしても彼の魔法は派手すぎる。両腕に大きな炎を纏ってそれを振るう、真田の魔法は敵味方など関係無く焼き払ってしまうのである。ここはゲームの世界でも何でもない、フレンドリーファイアだってし放題だ。なので正確に真田の役目を表現するならば、常に敵の視界に入り続けている事である。しかし今、三人の描く三角形は日下を頂点とした二等辺三角形になりつつある。敵が日下との攻防を繰り広げているとなると真田と宮村に対して背を向ける事となるのだ。


 それ自体は望む所。だが真田は攻撃が出来ない。ならばここで動くのは宮村だ。彼が攻撃を仕掛けて日下と宮村の両方に意識を向けさせ、真田が加わる事によって宮村・真田側をメインにさせる。けれど宮村は動かない。真田が視線を向けてみればすぐに理由は分かった。


(あれは、マリアちゃん!?)


 宮村のすぐ近くにいつの間にかマリアの姿があった。どこからか光速で現れて、宮村に何事かを伝えているのだ。


「抑えて、優介とバランスを取ってって伝えろって……」


 伝えるマリアの顔は意味を完全には把握していないのか少しキョトンとしている。だがその言葉を受けた宮村は少し考えたものの理解を示す。こういう状況下における頭の回転の速さは本当に助けられる。


「バランス? ――なるほど分かった、悪い。すぐ下がれ」

「言われなくてもそうするもん!」


 そう言ってマリアはバタバタと両手を振り回しながら、そんな格好には似つかわしくない光速移動で瞬く間に消えてしまった。また周囲を回りながら介入するタイミングを計り始めている事だろう。


(篁さんか梶谷さんか……メッセンジャーに使うなんて、助かるなぁ)


 現場の空気、感覚が(一応その場に居るとは言え)傍から見ているのによく分かっている。真田と宮村の考えの違いを即興の連絡手段で正してくれた。頼りになる仲間達である。これでまた息を合わせる事が出来るはず。つまり、今するべき事は状況のリセット。


「仕切り直しを、もう一度ぉっ!」


 自らを奮い立たせるように無理して柄にも無い叫びを上げ、真田は両腕を激しく燃焼させる。敵ではなく、自分の目の前の空間を焼くような感覚で腕を振るえば、それは目くらましの炎の壁と化す。そしてそれに合わせるようにして再び起こる強力な発光現象。光が視覚を奪い、炎がそれ以外の感覚をも麻痺させる。


 見えないのはやはり一瞬だけだ。だが、次の瞬間には既にリセットは完了している。難しい事ではない。思い切って走るだけだ。二等辺三角形を逆にしただけ。日下の方を見ていた敵の視界には今は宮村と真田が立っている。こうして強引に注意を向けてしまえば良い。何度も何度も同じ手を使うと対応されてしまいそうなのが不安な、回数制限付きの大技である。


「チッ、火は良いけど光は……」


 炎の壁ならば敵はいくらでも消滅させる事が出来る。しかし触れる事の出来ない光となると話は別だ。篁の光による目くらましは非常に有用。


 状況をリセットしたは良いが、また何事も無かったかのように日下を狙われては堪ったものではない。そのためには先制しなければならない。その考えが一致したのかどうか。単純に攻め気な性質のせいかもしれないが、このタイミングで真田と宮村、二人の攻撃が連携した。


「やあっ!」

「オラァ!」


 連携と言っても特別な事ではない。真田は同じように味方を巻き込んだりしないよう炎の壁を発生させる程度だ。しかし、その壁は宮村の姿を隠し、弱点となる弾道の予測が一気に困難になる。風弾が壁を破り、炎は間髪入れずに穴を塞ぐ。本当の不可視の攻撃の完成だ。


「くっ……野郎!」


 敵は体を小さくしながら両腕で全身を守る。そうしなくては防ぐ事が出来ないのだ。体を小さくしたその姿勢、それは次の動きを極端に制限する。相手に先んじてペースを掴む、成功した。

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